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第3話:重すぎる愛(バグ)への処方箋

朝食後

私は部屋で

「どうすれば一日中ダラダラ過ごせるか」という

極めて重要な安眠計画を練っていた。


そこへ、廊下から慌ただしい足音が響く。

続いて、それを制止する張りのある声。


「旦那様、どうかお待ちください。奥様はまだ御休み中で……!」


初老のメイド――この屋敷を取り仕切るメイド長、アンの声だった。


(……あ、これ。社長が進捗確認に現場へ突撃するやつだ)


前世でも何度も見た光景だ。

報告を待ちきれず、深夜だろうが関係なく開発ルームに現れる上司。


(まずい、隠れて――)


私は布団に潜り込もうとして、ふかふかの絨毯に足を引っ掛けた。


「あだっ……!」


小指をベッドの角にぶつけ、涙目で悶絶したその瞬間。


バタン!

扉が勢いよく開いた。


アンは一歩も引かなかった。

小柄な背中だが、その立ち姿からは、この屋敷を預かる者の覚悟が滲んでいる。


――だが、それでも。


彼女の前に現れた人物を見て、私は悟った。


(あ、無理だ。これは止まらない)


辺境伯カシアン・G・バウムガルト。


彫刻のように整った顔立ち。

だが、緋色の瞳は血走り、その全身から漂うのは明らかな不眠の気配だった。


「……リゼット」


絞り出すような声。


「今朝、君が使用人たちに『労いの言葉』をかけたそうだな」


(そこ!?)


たった一言の福利厚生が、即座にトップへ報告される。

どれだけ報連相が徹底している職場なのよ、この屋敷。


カシアンは私の前に膝をつき、祈るように手を握った。

その手は、驚くほど熱い。


「以前の君なら、そんなことは……。体調が戻ったのか。

それとも……死を悟って、最後に慈悲を……」


(発想が重すぎるのよ)


「君に、話がある。しばらく……別の屋敷で過ごす気はないか」


(配置転換!? 窓際族への左遷!?)


「ここは危険だ。魔物の動きが活発になっている。

君の身体は……強くない」


視界に、淡く光る文字が走る。


【別邸生活(疎開)のメリット】

・安眠時間:大幅アップ

・リスク:現場不在による破綻確率・高


(却下)


私はゆっくりと首を振った。

聖女のような微笑み――営業用のそれを浮かべて。


「……お気遣い、ありがとうございます。

 ですが……私、こちらに残りたいですわ」


「……なぜだ?」


問いが重い。


「……旦那様のいる場所こそが、私の居場所ですから」


(※本音:社長の目が届く場所が一番安全です。倒産フラグは監視下に置きたい)


カシアンの瞳が、わずかに揺れた。

不眠不休で戦い続けてきた男が、想定外の仕様変更に戸惑うように。


「……君は、変わったな。……分かった。無理にとは言わない」


彼は立ち上がり、扉へ向かう。

その背中は、これから戦場へ向かう英雄のように悲壮だった。


(このまま行かせたら、無茶する)


「……あの」


小さく呼び止めると、彼が振り返る。

アンが、わずかに息を詰めるのが見えた。


私は、ビジネスメールの末尾に添える程度の軽さで言った。


「……どうか、お身体を大切に。無理をなさらないでくださいね」


――たったそれだけ。


なのに。


カシアンは目を見開き、扉の取っ手を強く握りしめた。


「……君が、それを言うのか」


一拍。


「……ああ。……心得た。君を……一人にはしない。必ずだ」


バタン!


扉は乱暴に閉められ、彼は逃げるように去っていった。


「…………」


部屋に残ったのは、静寂と、呆然と立ち尽くすアン、

そして――無表情のまま控えていた若いメイドの姿。


私はそのまま、ベッドに倒れ込んだ。


「……重い。愛が、物理的に重すぎるのよ」


労いの一言を「生涯の誓い」として受け取ってしまう男。

放っておけば、きっと「妻を守るために自分が死ぬ」選択をする。


(……この人、自己犠牲バグ持ちだ)


布団を引き寄せながら、私は静かに決めた。


(まずは――社長を寝かせるところからね)


【新規目標:旦那様の「自己犠牲フラグ」をへし折ること】

【優先度:最優先(死活問題)】

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