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『魔力炉の最適化? いいえ、二度寝の環境整備です。~怠惰な生活を送りたいだけなのに、なぜか国中のエリートが私を「聖女」と崇め始めました~』  作者: こもり詩


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第3話:騎士の義務、エンジニアの打算

 


 朝食後


 私は自室のソファで、いかにして一日中ダラダラ過ごすかという、人生の『最適化計画』を練っていた。

 そこへ、廊下からバタバタと慌ただしい足音が響く。

 続いて、それを制止する悲鳴のような声。


「旦那様、どうかお待ちください。奥様はまだおやすみ中で……!」


 初老のメイド――この屋敷を取り仕切るメイド長、アンの声だった。


(……あ、これ。社長が進捗確認に現場へ突撃するやつだ)


 まずい、二度寝の時間を削られる――隠れて!

 私は慌ててベッドへ戻ろうと踏み出した足がもつれ、あろうことか小指をベッドの角に強打する。

 私は涙目で悶絶し、そのまま崩れ落ちた。その瞬間。


 ――バタン!


 扉が勢いよく開いた。

 そこに立っていたのは、辺境伯カシアン・G・バウムガルト。

 鍛え上げられた分厚い胸板、夜の帳を思わせる漆黒の髪。

 そして、射抜くような緋色の瞳。

 彫刻のように整った顔立ちだが、その瞳は血走り、全身から「限界」の二文字が漂っている。


「……リゼット」


 絞り出すような声。

 彼は床に蹲る私の前に膝をつき、壊れ物を扱うような手つきで私の肩を支えた。

 その掌は、驚くほど熱い。


「今朝、君が使用人たちに『労いの言葉』をかけたそうだな。……以前の君なら、そんなことは。……いや、体調が悪化して、意識が混濁しているのか?」


(失礼ね。福利厚生……いえ、ただの挨拶でしょうが!)


「君に、話がある。……しばらく、別邸へ移れ。ここは危険だ。君の身体は、この屋敷の揺らぎには耐えられまい」


 視界に、淡く光るステータス画面が流れる。


  【提案:別邸への疎開】

  【メリット:安眠時間の確保】

  【リスク:現場不在により、本邸が近いうちに崩壊します】


(却下よ。この拠点が潰れたら、私の不労所得生活が維持できないじゃない)


 私はゆっくりと首を振った。

 聖女のような微笑み――営業用のそれを浮かべて。


「……お気遣い、ありがとうございます。ですが、旦那様のいらっしゃるこの場所こそが、私の居場所ですから」


(※本音:社長の目の届く範囲が一番安全。倒産フラグは私の監視下に置かせてもらうわ)


 カシアンの瞳が、わずかに揺れた。

 不眠不休で「守るべき対象」のために戦い続けてきた男が、想定外の返答に計算を狂わされたように


「……そんな言葉を口にするとは。……分かった。無理にとは言わない。」


 彼は立ち上がり、扉へ向かう。

 その背中は、これから戦場へ向かう英雄のように悲壮だった。


(このまま行かせたら、あの人、「守る」という義務を果たすために自爆するわね……)


「……あの」


 小さく呼び止めると、彼が振り返る。

 私は、ビジネスメールの末尾に添える程度の軽さで言った。


「……どうか、お体を大切に。無理をなさらないでくださいね」


 たったそれだけ。

 なのに、カシアンは目を見開き、扉の取っ手を強く握りしめた。


「……心得た。私の義務は、君をこの屋敷ごと守り抜くことだ。……案ずるな」


 バタン! と扉が閉まり、彼は逃げるように去っていった。


「…………」

 

  部屋に残されたのは、静寂と、呆然とするメイドたち。

  私はそのまま、ベッドに倒れ込んだ。


「……重い。義務感が、物理的に重すぎるのよ」


 労いの一言を「護衛対象からの重大な要請」として受け取ってしまう男。

 放っておけば、きっと「妻を守るために自分が死ぬ」という極端な最適化を選びかねない。


【診断:カシアン・G・バウムガルト】

【傾向:自己犠牲的な保護責任。放っておくと破滅エンドに直結します】


 私は布団を引き寄せ、静かに決断した。


(まずは――あの社長を無理やりでも『休ませる』ところからね。私の安眠ライフの安定稼働のために!)

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