第18話:ドジっ子聖女と、無理やり雇用された竜(ノア)
「……っ、リゼットーーーー!!」
カシアンの絶叫が夜空に響く……黒嶺竜の口から放たれた、すべてを焼き払うはずの黄金のブレス。だが、その光の束は私のバルコニーに触れる直前、まるで「透明な壁」にぶつかったかのように四散し、光の粒子となって消えていった。
(……ふぅ。光の屈折率を書き換えて、別の方向へ逃がしたわ。眩しいのは安眠の敵なのよ)
「なっ……ブレスを、消した……!?」
絶句するカシアンを尻目に、私はさらに指を動かす。寝不足で限界の脳が、逆に冷徹な演算を加速させていく
「ジャネット。あの子、まだやる気みたいだけど……『重力負荷』を当てるから、衝撃に備えて」
「承知いたしました、奥様」
私は視界の設計図でドラゴンの座標をロックする
(ランクS……。個体名は『黒嶺竜』。……ふん、重厚な装甲ね。なら、中身を弄るより、物理的に重くして動けなくしてあげるわ!)
【術式展開:局所的重力増幅】
「ガッ……!?」
空中で優雅に旋回していたドラゴンが、突然、見えない巨大な槌で叩かれたように高度を落としていく。翼が悲鳴を上げ、その巨躯が有無を言わさず地面へと引き寄せられる
「……逃がさないわよ。私の睡眠時間を奪った代償は、労働で返してもらうんだから」
私はさらに畳みかける。ドラゴンの足元に、魔力の鎖――**【制約のコード】**を編み上げ逆らえば心臓を強制的に止める、極悪な利用規約
「グオォォォ……ッ!」
ドォォォン!! と地響きを立てて、黒嶺竜が裏庭に墜落した。 ……と、ここで私は勝利のポーズを決めようとして、派手にやらかした
「よしっ、決まった……ひゃわっ!?」
興奮して一歩踏み出した足が、墜落の余波で揺れた床に滑り、私はバルコニーの手すりに向かってダイブ。
「ごふぉっ!!」
勢いよく顔面を打ち付け、私はそのままカエルのように床にへばりついた
「……あ、鼻が……。鼻の中に、熱い液体(鼻血)が……」
「リゼット……! 君が、君がやったのか……?」
カシアンが剣を握りしめたまま、バルコニーの私を見上げる。私は慌てて、鼻を押さえながら「儚げな聖女」を装う
「……旦那様……。私、怖くて……必死にお祈りを……うぅ、鼻が……(※マジで痛い)」
「お、祈り……? 祈りだけで、古の王を墜落させたというのか……! そして、その反動で鼻から血を流すほどに命を削って……!!」
カシアンは、もはや恐怖を通り越して、神々しいものを見る目で私を凝視している。そこへ、地に伏したドラゴンが最期の抵抗を見せようと首をもたげたが、私の(不機嫌と痛みで据わった)視線とぶつかった瞬間、ピタリと動きを止める
(いい? あなた。今すぐ静かにしなさい。さもないと、あなたの存在そのものを消し去るわよ)
「……クゥゥゥン……」
先ほどまでの暴君が、嘘のようにしおらしくなった
「……懐いた、のか? あの黒嶺竜が、リゼットに……?」
「……ええ。きっと、この子も寂しかったんですわ。……名前は、『ノア』と呼びましょうか」
【ミッション完了:黒嶺竜の捕獲・再雇用】 【副作用:カシアンの信仰心が、鼻血のせいで「命を懸けた聖女」として修正不能なレベルまで増大しました】
「……奥様。素晴らしい『新規契約』でございますね」
ジャネットが私の背後で、鼻血を拭くためのハンカチを差し出しながら一礼する
「これでこのドラゴンが周囲の魔物を間引いてくれるでしょう。……奥様の安眠は、このノアの働きにかかっておりますわね」
(そうよ。明日からは、このノアにパトロールをさせて、私は二度寝を謳歌するの!)
【黒嶺竜ノアの視点:絶対零度の視線】
我は王であった。だが、あのバルコニーに立つ「娘」の瞳を見た瞬間、我は理解した。
逆らえば、消える。肉体が滅びるのではない。我という存在の構成そのものを、あの娘は「不要な不具合」として消し去るつもりだ。
(……それにしても、あの娘。あんなに恐ろしい力を使いながら、なぜ手すりに顔をぶつけて鼻血を出しているのだ? ……もしかして、我を圧倒するための高度な儀式なのか?)
我は首を垂れる。王のプライドなど、絶対的な「理」の前では無意味だ。
(この娘の庭で、大人しく門番をしていよう。……その方が、我も長く生きられそうだ)
伝説の竜は、そうして静かに目を閉じた




