第17話:爆睡騎士団と、口パクの黒嶺竜
ようやく手に入れた、静寂。 ふかふかの枕に沈み込み、私は夢の中で「全自動・二度寝システム」の最終調整に勤しんでいた。
だが、その至福は、大地を震わせる咆哮によって無残に引き裂かれた。
「………………はぁ?」
【設計図からの警告:致命的なエラーが発生】 【対象:ランクS『黒嶺竜』】 【現状:咆哮の振動が、安眠許容値を大幅に超過。ユーザーの有給(睡眠)が強制終了されました】
私はパジャマのまま、のそりと寝台から這い出しました。 頭は鉛のように重く、視界は睡眠不足の不機嫌さで赤く染まっている。
窓の外を見れば、月を覆い隠すほどの巨大な翼が屋敷の上空を旋回していた。本来なら、ここで騎士団が鉄壁の迎撃態勢を整えるはず。だが、外は不気味なほど静まり返っている。
(……あ、そうだった。私が全員『強制的にスリープモード』へ移行させたんだったわ)
庭の騎士たちは、私の睡眠魔法によって文字通り爆睡中。伝説の災厄が襲来しているというのに、あちこちから規則正しいいびきさえ聞こえている。
「……奥様。お目覚めですか。……あの方々、この震動の中でも実によく寝ておいでですわ。奥様の術が『完璧すぎた』せいで」
背後から、ジャネットが冷静に、けれど少しだけ困惑を滲ませて声をかけてきた。
「……ジャネット。あのトカゲ、うるさすぎるわ」
「左様でございますね。……カシアン様はお一人で武装し、裏庭で迎撃の準備をなさっていますが。……あの巨大な災厄を相手に、お一人ではあまりに分が悪いかと」
私はバルコニーへ出て、夜空を仰いだ。黒嶺竜。伝説の暴君は、再び咆哮を上げようと大きく顎を開く。
(カシアン一人に任せて、屋敷を壊されたらホームレスまっしぐらよ。私のニート拠点を物理的に消させるわけにいかないわ……!)
私は、空中に見えない設計図を展開する。睡眠不足の脳で、凄まじい速度の術式構築が始まる。
「ジャネット。……あいつ、ランクSのくせに燃費が悪そうな鳴き声ね。……ちょっと黙らせてくるわ」
「……奥様? 今、何か恐ろしく不穏なことを仰いましたか?」
「ただの環境整備よ。……カシアンが手を出される前に、あのトカゲの頭脳……いえ、精神を少し揺さぶっておくわ」
私は不機嫌MAXのまま、指先を空へと向ける。ドラゴンの周囲の空気を、魔力で直接書き換え、演算を開始する。 ……が、焦りすぎて一歩踏み出した瞬間。
「わわっ!?」
脱ぎ捨てていたスリッパの片方を踏んづけて、私はバルコニーの手すりに思いっきり顔をぶつけた。
「痛たたた……鼻が、鼻が折れる……!」
鼻を押さえて涙目になる私。だが、ランクSの竜は伊達ではなかった。私の魔力の高まりを察知し、その紅い瞳をこちらへ向け、口内に破滅の光を収束させたのだ。
「……リゼット! 逃げろーーーーー!!」
地上からカシアンの悲痛な叫びが聞こえる。ドラゴンの顎から放たれる黄金のブレス。……それが放たれる直前、私は鼻の痛みにキレながら、実行キーを叩くように指を弾く。
【術式展開:局所的沈黙空間】
カッ、と光が溢れた瞬間。音も、衝撃も、すべてが「不自然な虚無」に飲み込まれる。
【騎士アルフレッドの視点:庭園の悪夢】
「……ん、ああ……。よく寝た……」
俺は、夜間訓練をしていたはずなのに抗いがたい眠りに落ちたことだけは覚えている。だが、目が覚めて最初に見た光景は、死を覚悟させるものだった。
上空に、あの伝説の黒嶺竜。そして、その顎から放たれたはずの『滅びの光』が、奥様が立つバルコニーの前で、まるで見えない壁に阻まれたかのように「消失」していた。
いや、消失ではない。音もなく、光の粒子へと「分解」されている。
「……奥様……?」
部屋着姿で、鼻を真っ赤にしながら(?)眠たげに指を動かすリゼット様。その背後には、平然とトレイを持つメイド。 そして、その頭上では……最強の竜が、まるで「声の出し方を忘れた」かのように、口をパクパクとさせて困惑していた。
「な、何だ……。何が起きているんだ……!?」
俺は、震える手で剣を握ることすら忘れ、その「静かなる神威」をただ見上げることしかできませんでした。




