第16話:静寂へのハックと、招かれざる「巨大なバグ」
【カシアン・サイド:魔力結晶の衝撃】
執務室にて、カシアンは震える手で漆黒の塊を見つめていた。 リゼットが「旦那様には、これが一番適合するかと……」と、面倒そうに(彼には恥じらっているように見えた)手渡してきた特注のガトーショコラだ。
一口食べれば、脳を直接揺さぶるような濃厚な甘みと、驚くほど精密に編まれた魔力の奔流が駆け巡る。
「……っ。やはり、これほどまでの術式を込めていたのか……」
他の騎士たちが貰った菓子とは密度が違う。これは、リゼットが自分のためだけに「魂を削り、理を編み上げた」唯一無二の結晶なのだと、彼は直感した。
「リゼット……君の愛は、私には重すぎるほどだ。だが、その想い、無駄にはしないぞ」
【カシアンの精神状態:重度の勘違いと多幸感】 【分析:『自分だけ特別に強力な魔力処理を任された』という選民思想が爆発。好感度が測定不能しました】
彼は燃えていた。リゼットの慈愛に応えるため、この屋敷を鉄壁の要塞にせねばならないと、一人で古文書を紐解き、誓いを新たにする。
「リゼット、君が健やかに過ごせるこの環境、私が命に代えても守り抜いてみせる……!」
【リゼット・サイド:福利厚生の逆襲】
「……うるさい。眠れない。死ぬ」
私の部屋の窓の外からは、「セイッ!」「ハッ!」という騎士たちの野太い掛け声と、鎧が擦れる金属音が鳴り響いている。
(……なんで、クッキー配っただけで、庭が24時間営業のブートキャンプ会場になるのよ!)
騎士たちは「奥様の慈愛を守り抜く!」と、かつてないほどハイテンションで夜間訓練に励んでいる。おかげで私の安眠環境は過負荷(騒音)でパンク寸前だ。
「……もういいわ。こうなったら、全員まとめて『強制終了(寝落ち)』させてやる……!」
私はバルコニーへ出ると、指先で夜空に不可視の設計図をバラ撒いた。
【緊急クエスト:サイレント・ナイト作戦】 【実行:広範囲型・睡眠導入パッチの散布】 【目標:庭にいる全ユニットを3秒以内に強制スリープさせる】
「……いっけぇ!(全員定時退社しろ!)」
私の指先から放たれた微細な魔力粒子が、雪のように庭へ降り注ぐ。直後、威勢の良かった掛け声が、一斉に「ふえっ……?」「心地よい……眠気が……」という呟きに変わり、ドサドサと草むらに倒れる音が響いた。
「よし……。全システム、スリープ移行を確認。これでようやく眠れる……」
満足して布団に潜り込もうとしたその時、背後でパチパチと上品に手を叩く音がした。
「……お見事でございますわ、奥様。百人近い精鋭を一瞬で微睡みの淵へ落とすなど、もはや伝説の軍師の領域でございますね」
「ジャネット……。見てたの?」
「ええ。あまりに静かになったので。……カシアン様がこれをご覧になれば、また『リゼット様専用の子守唄係』を自称されかねませんので、この件は私の胸にしまっておきましょう」
(……ジャネット、本当に助かる。あなたにだけはボーナス(追加スイーツ)を出すわ)
ようやく訪れた静寂。私は深い眠りへと落ちていった。 ……しかし、その静寂は長くは続かない。
北の果て、魔の山脈。雲を切り裂くような巨大な咆哮が響き、屋敷の魔力炉が微かに共振を起こした。
【設計図からの警告:深刻な外的プレッシャーの接近】 【分析:ランクS・『黒嶺竜』の覚醒を確認】 【予測:このままでは、あなたの住む屋敷(全サーバー)が物理的に抹消されます】
私の安眠を脅かすのは、もはや身内の騒音だけでは済まされなくなっていた。




