第15話:魔力結晶(お菓子)の配布と、拗ねる社長
「魔力処理」という便利な建前を手に入れた私は、堂々と「魔力結晶体(※お菓子)」の製造に着手した。 もともと料理は嫌いじゃない。むしろ、正確な分量と温度管理で結果が出るお菓子作りは、プログラミングに通じる快感がある。
(よし。視界の設計図で熱の対流を完璧に制御して……外はサクッと、中はしっとりの『魔力回復クッキー』、環境構築完了よ!)
私は、日頃「脱獄」を助けてくれるジャネットや、私の「消音パッチ」のおかげで快適に働いている騎士たちへの還元として、出来上がったクッキーを配ることにした。
「皆さん、お疲れ様です。これ、余剰魔力を……その、無害化したものですから、食べてくださいね」
「おおっ! 奥様の『聖なる結晶』か!」
「うめぇ……! 疲れが一瞬で吹き飛ぶぞ!」
騎士たちは涙を流して感激し、屋敷の士気はかつてないほど高まった。……だが、ただ一人。その光景を遠くから、捨てられた子犬のような目で見つめている男がいた。
「…………」
カシアン。 彼は、騎士たちが幸せそうにクッキーを頬張る様子を、無言でじっと見つめていた。
(……あ、そういえばカシアンの分、用意してなかったわ。だって彼、甘いものは苦手そうだし。何より、私みたいな素人が作った『不安定な魔力結晶』なんて、領主の体に触れさせるわけにいかないしね)
私はあえて彼をスルーして、最後の一枚をジャネットに手渡した。
「ジャネット、いつもありがとう。これは特別にベリー多めよ」
「恐悦至極に存じます、奥様」
その瞬間、背後から「ズシン……」と重い地響きのような気配がした。
「……リゼット。……私の分は、ないのか?」
「えっ? ああ、旦那様は甘いものがお好きではないと伺っていましたし……それに、これはあくまで『現場の調整』のための試作品ですから」
「……好きだ」
「え?」
「……甘いものは、嫌いではない。それに……君が作ったものなら、たとえ如何なる毒が含まれていようとも、私が真っ先に処理すべきだろう……!」
カシアンは、あからさまに肩を落とし、部屋の隅でいじいじと書類を整理し始めた。
【カシアンの精神状態:深刻な拗ね(エラー発生)】 【分析:自分だけが『特別な魔力処理』から除外されたことに、強い疎外感を感じています】
「……奥様。旦那様はああ見えて、非常に独占欲の強い御方でございますから。……後でこっそり、特大のものを差し上げないと、明日の警備会議がさらに長引きますわよ」
ジャネットが耳元で、冷徹かつ正確なアドバイスをくれた。
(……面倒くさいなぁ、もう。分かったわよ、カシアン専用の『高密度魔力結晶』でも作ればいいんでしょ!)
なんとか彼の機嫌を取り、屋敷は再び平和な空気に包まれた。……はずだった。
だが、この「クッキー配布」によって、屋敷の士気が上がりすぎたことが、新たな「バグ」を招き寄せる。
「奥様! 騎士団の皆さんが、奥様の慈愛に応えるため、『24時間体制の夜間大演習』を、この屋敷の庭で行うと張り切っております!」
「…………は?」
「『奥様に安眠を捧げるための、不眠不休の守護』だそうですわ。……今日から毎晩、庭で騎士たちの気合の入った怒号が響き渡ることでしょう」
【設計図からの警告:致命的な騒音トラブルの予感】 ・24時間演習:防音魔法の限界を超える騒音値 ・騎士の熱意:物理的な振動による寝不足フラグの乱立
(……ちょっと待って。私の福利厚生が、私の安眠を破壊するブーメランになって帰ってきた……!?)
良かれと思ってやった「現場への還元」が、リゼットの最も愛する「深夜の静寂」を奪おうとしていた。




