第13話:自由への脱獄! 聖女(仮)の30分一本勝負
辺境伯領の朝は、今日も「重い」から始まる。
「リゼット、今日は一歩も歩かなくていい。移動はすべて私が抱えて行おう。君の魔力(命)を消費させるわけにはいかないからな」
「…………(抱きかかえられての移動は、使用人たちの視線が痛すぎるからやめてほしい)」
カシアンの過保護は、ついに「歩行禁止令」という斜め上の次元に突入した。彼は私が少し指を動かすだけで「術式を編んでいるのか!?」と色めき立ち、庭を眺めれば「外気が毒か!」と窓を閉める。
【現在のステータス:完全隔離(サンドボックス内実行)】 【リゼットの欲求:誰にも監視されずに、庭のベンチで新作スイーツを食べたい】 【障害:24時間稼働の監視人こと、カシアン社長】
私は、部屋の隅で完璧な所作で控えているジャネットに、視線で「助けて」とSOS(割り込み信号)を送った。
【ジャネットの視点:主人の盲目と、夫人の打算】
私は、トレイを抱えたまま、目の前の奇妙な光景を眺めていた。 我が主・カシアン様は、今や奥様の周囲数センチの空気にすら殺気を飛ばすほどの過保護ぶりだ。対する奥様・リゼット様は、儚げに微笑みながらも、その瞳の奥で「どうやってこの男を巻き、菓子を食べるか」という、熟練の職人のような演算(計算)をなさっている。
(……旦那様は、奥様を『命を削って奇跡を起こす聖女』と信じておいでですが)
私の目には、そうは映らない。 奥様が時折見せる、あの恐ろしく無駄のない指の動き。あれは祈りなどではない。……あれは、現場の非効率を秒単位で削ぎ落とす「職人の仕業」だ。
(おそらく奥様は、単に『楽がしたいだけ』なのでしょう。……ふふ、あんなに有能なのに、目的がこれほどまでに堕落しているお方は初めてですわ)
私は、旦那様の「重すぎる愛」に引きつった笑顔を浮かべる奥様に、そっと助け舟を出すことにした。
「旦那様。……少々、よろしいでしょうか」
「何だジャネット。私は今、リゼットの拍動(※手首を握っているだけ)を確認している最中だ」
(※旦那様、それは単に手を握る口実では?)と内心で思いつつ、私は頭を下げた。
「北側の騎士団詰所にて、魔力炉の調整に関する『緊急の署名』が届いております。……他の方では代行できぬ、領主印が必要な重要書類とのことです」
「……っ、なぜ今! ……リゼット、すぐ戻る。いいか、絶対に動くなよ。……絶対にだぞ」
カシアンは断腸の思いといった顔で、後ろ髪を引かれながら部屋を飛び出していった。嵐が去ったような静寂が訪れる。 私は、長椅子でぐったりとしていた奥様に向き直った。
「……奥様。カシアン様は、騎士団の詰所まで行かれました。あそこは広大ですから、戻られるまで最短でも『45分』はかかりますわ」
「ジャネット……! あなた、やっぱり私の福利厚生担当(共犯者)よ!」
奥様は、先ほどまでの「儚げな聖女」が嘘のような素早さで立ち上がった。そして、何もない空間をピアノを弾くように叩き始める。
「よし、設計図(UI)起動! 警備の騎士たちの視線を3度ずらす! 庭の隠しルートに『誰にも見つからないパッチ』を適用! 30分一本勝負のピクニックよ!」
【緊急クエスト:自由への脱獄(30分限定)】 【協力者:有能メイド・ジャネット】 【報酬:こっそり隠しておいた『特製ベリータルト』】
奥様は、私の用意した隠し通路(洗濯物の搬送路)へと軽やかに飛び込んでいった。
私は、誰もいなくなった部屋で、奥様が食べ残した……ふりをして隠していった「味のない健康食」を片付けながら、独り言を呟いた。
「……あんなに鮮やかに世界の理を書き換えながら、向かう先がお菓子の隠し場所だなんて。……カシアン様がこの『不真面目な天才』の正体に気づく日は、当分来そうにありませんわね」
私は、窓の外で木陰に隠れてタルトを頬張る「辺境の至宝」を眺め、少しだけ、本当に少しだけ、口角を上げた。




