本とお札
討伐完了の知らせが届いてから間もなく、町は急に慌ただしくなり始めていた。
治療所から窓越しに見える通りにも沢山の露店が組み立てられ始め、荷馬車の行き来も多くなっている。
「露店や屋台がこんなに⋯荷馬車も次々と入って来てますし、まるでお祭り前みたいですね?」
「ええ、祭りみたいなものよ。一部の冒険者や商人にとってはこれからが本番とも言えるわね」
討伐された魔物から得られた素材やドロップ品が売りに出されるので、それを目当てに訪れている人も多いようだ。
ダンジョンで得られる装備品よりもさらに性能の高い物が売りに出される事もあるようで、冒険者にとってはより良い装備を得るチャンスにもなる。
また、遠方から持ち込んだ品々を祭りで売ってその利益で素材や装備の仕入れを行うなど、商人にとっても大きな儲けを出す商機となる。
「知らせがあってから治療所に来る人はほとんど居ませんけど、受付側は大変な事になってますね⋯」
「今居るだけでも全体の一部のみで帰還組はまだまだ来るから、これからを思うとちょっと同情するわね⋯」
入り口側に視線をやると、今も大勢の人が入れ替わるように出入りしている。
臨時に増設された席も含めフル稼働する受付カウンターとカードの更新場所には早くも長蛇の列が作られていた。
「こんなに暇になるなら錬金の実験でもしたかったなぁ⋯」
「この状況ではね⋯数日もすれば落ち着くと思うからしばらく我慢してね」
「しばらくお預けかぁ⋯残念」
作りたい物や試したい事が頭の中でどんどん積み上がっていく。
「あ⋯そうだ、討滅戦が終わりましたけど治療所は明日からどうしますか?」
「普段の時間に戻してもいいと思うわよ。露店が気になるなら休みにしても大丈夫だと思うけど⋯どうする?」
外の通りに目を向けると組み上げ終えたお店の数が増えていて、相当な混雑具合になると予想できる。
「うーん⋯気にはなるけど人も多そうだし、そんなに長い時間見て回るつもりはないから休みにする程ではないかなぁ」
「あら、興味津々だと思ったのに意外ね。遠方の珍しい品々を扱うお店もあるのよ?」
「遠くの⋯もしかして売り物に本もあったりします?」
「そうね⋯本だけのお店は無いかもしれないけど、雑貨に混じって売ってたりはするかもね」
「なるほど、雑貨のお店ですか」
(雑貨のお店ならそこまで人が集中しなそうだし⋯探してみようかな)
翌日になり、大きな通りにはいい匂いを漂わせる食べ物の屋台や土産物の露店が並んでいて町は早朝から賑わいを見せていた。
今回のドロップ品などは町の外に作られた会場で競売が行われるようで、素材や武具を扱う店もほとんどがそちらに出店している。
露店通りにも人は居るが屋台の横で食事をしていたり、子供連れで雑貨のお店を眺めている家族を見かける程度だった。
(早い者勝ちだから朝から外に人が流れてくれたのかな、そこまで混雑してなくて助かったよ)
外での取引が終わればここも次第に人が増えていくのだろう、落ち着いて探し物ができる事うちに様々な露店を眺めていく。
子供向けの玩具や様々な地域の工芸品に高そうな装飾品なども見かけるが、目当ての本を扱う店が見つからない。
(んー⋯簡単には見つからないか)
本を探している途中で乳鉢と棒のセットを見かけたので、スキルがあるから不要ではあるが安かったのでダミーとして購入しておく。
硝子製品のお店もあったので密閉容器として使えそうなものがあるか見てみたが残念なことに扱われておらず、店主に聞いてみるも直接仕入れたわけではないので硝子職人への伝手は無いようだ。
そうこうしているうちに結構な距離を歩いていたようで、通りの半分以上を過ぎていた。
「こんにちは、アルステラさん」
「ん?」
名前を呼ばれたので声の方へ振り向くと、講習会で隣の席になった青年が立っていた。
(この前のイケメン⋯じゃなくて、あれ?名前なんだっけ?)
「あー⋯、えっと⋯セリスさん?」
「酷いなぁ、ちょっと忘れてたでしょ?」
少し間が空いた事で察したのか、苦笑しながらこちらへ近付いてくる。
「ごめんなさい、人の顔と名前覚えておくの苦手なんです。いつも顔を合わせているなら大丈夫なんですけど⋯」
「あー、そういう人も居るよね。久しぶり、元気だった?」
「はい、セリスさんも変わりないようで。ところでどうしてこちらに?他の二人は?」
「二人?あぁ、ギリーとテッドの事かい?彼らなら外で荷運びの仕事をしているよ、僕は町中の巡回と案内担当なんだ」
「そうだったんですね、あの二人もお元気そうで何よりです」
話を聞くと討滅戦時の講習会メンバー達は輸送や夜間の警備巡回にあたっていたようで、討伐された今となっては商人の手伝いや会場警備などそれぞれに合った依頼をこなしているらしい。
「ところで色々なお店を見ていたようだけど、何か探しているのかい?」
「えっと、他の地域の伝承とか物語が綴られた本でもないかなって探していたんです」
「本?読書が好きなのかい?えーと確か⋯そんなに数はなかったと思うけど、もう少し先に本が並んでいた店があったよ、こちらから見て左側の列にね」
セリスさんが指を差して大体の場所を教えてくれる。
「ごめんね、見回りをしながら流し見ただけだから大体の場所とどんな本かまではわからなくて」
「それでも助かります、ありがとうございます」
「うん、それじゃ僕は仕事に戻るよ。またね」
絵になる笑顔でそう言い残し、セリスさんは仕事に戻っていった。
(うーん、相変わらずの有能イケメンぶり⋯)
セリスさんに教えてもらった場所を探してみると、雑貨に混じって数冊の本を並べてある露店を見つけることができた。
「いらっしゃい、どれも王都から持ってきた物ばかりでラスダンには無いものばかりだよ」
(ん?ラスダン?文脈からするとここの事?)
「あの、この町ってラスダンって名前なんですか?」
「ん?お嬢ちゃん旅人か観光かい?ラスダンと言えばここしか無いだろう?」
「あ、はい。そんなところです」
(名前あったんだ、そりゃあるよね⋯他の土地を知らないから気にしてなかったよ)
「気になる物があったら言っておくれ」
雑貨の他にも高価そうな食器や金属製の燭台など様々な物が陳列されているが、一番気になるのはやはり端に積まれている本。
「そこにある本に物語や伝承が書かれている物ってありますか?」
「ん?これかい?物語となると⋯この三つだったかな。少し読んでみるかい?」
そう言われて本を手渡されたので少し確認してみると、異国の少年が巨悪を討ち倒す英雄譚や滅びかけた国が聖女によって救われる物語に魔物と人が共生する世界のお話など実に気になる内容だった。
(細かい部分まで確認できなかったから異世界への繋がりはわからないけど、ただの読み物としても悪くなさそう?)
「この三冊でおいくらですか?」
「お?買ってくれるかい?そうだな⋯少しまけて三冊で金貨1枚でどうだい?」
(た⋯高いのか安いのかわからない、いや⋯手に入れる機会なんてそう無いだろうし輸送コストを含めるなら⋯)
「買います、金貨は持ってないので銀貨でいいですか?」
「釣りに使えるから細かいのは助かるよ、ちょっと待ってくれ」
店主は本を逆さまにして軽く埃を落とすように上下する、すると一冊からひらりと何かが地面に落ちる。
「ん?⋯なんだ効果の切れた符か?⋯読めんな⋯栞にでもしていたのか?」
そう言いながら適当なページに挟み直して本を手渡してくる。
「え、あの⋯今のお札は?」
「読めない文字だから一応鑑定してみたが魔力も感じないから使えないタダの紙切れさ。前の所有者が栞にでもしてたんだろう、お前さんもそう使えばいい」
「はぁ、ありがとうございます?」
「買ってくれたんだからそりゃこっちの台詞だよ、毎度あり」
(ようやく本は買えたけど、出費は結構痛いなぁ)
露店の並びから少し離れ、購入した本を確認する。
(さっきお札っぽいのが挟んであったのってこれだっけ?)
気になっていたので探してみると、少し厚めなのかすぐ見つけることができた。
(へー、まさにお札って感⋯じ)
視覚から得た情報から数秒と経たずに違和感を覚える。
御朱印のような赤く染まる印と黒字で細かく、筆で書かれたような文字。
(これって⋯漢字だ⋯)




