8月20日(水)火球を見た夜
今日もベッドに腰掛け、電気を消してかすみさんを待つ。
旧TwitterことXを覗いてみると、日付が変わる前ごろに九州のほうで目撃された巨大な火球が話題になっていた。
ドラレコが偶然捉えたという動画が投稿されていて、夜空を真昼のように照らしながらオレンジに燃え尽きる流星はあまりに美しく、現実離れしていた。
現実離れして美しい。彼女と同じだ。現実離れしているから美しいのか、美しいから現実離れして見えるのか、それとも、儚く消えるから美しいのか。
スマホと照明を消してそんなことを考えていたら、仄白い光が視界の右はしに浮かぶ。
かすみさんは腰掛けずに、前かがみになってベッドを覗き込んでいる。
彼女の視界のさきにあるのは、手のひらサイズで白い半球状の物体。
「それ、ワイヤレススピーカー」
おずおずと指先で触れる彼女。
『まるっこくて、可愛い』
そこから微かに彼女の声が聞こえた。イヤホン越しでなく、彼女がそこで口にしたように。
『え……!?』
自分の声に驚いたようにまじまじとベッドの上のスピーカーを見詰めた彼女は、僕の方をちらりと見てから『えい!』とスピーカーの上に腰を下ろしていた。スピーカーは彼女の半透明な体をすり抜け、いつも通りに僕の隣に腰掛けた形になる。
「これで、腕も疲れないでしょ?」
『ふふっ』
まるで本当に隣に座っているように、彼女の漏らした笑いが聞こえる。駅前の電気屋さんで、ちょっと奮発して高音質のやつを買った甲斐があった。
『ありがとう。うれしい』
「こちらこそだよ」
『こちらこそ?』
「毎日、話しにきてくれて嬉しい。ありがとう」
『……じゃあ、こわくなくなった?』
言葉のトーンが少し真剣に聞こえたから、彼女の方を見る。彼女は真っすぐ前を、僕の方ではなく部屋の真ん中を見ていた。本当に綺麗で、そして幸薄い横顔。今にも消えてしまいそうに儚い。
「うん。かすみさんのことは、もうぜんぜん怖くないよ。ただ……」
『ただ……?』
「ふっと思う」
『何を?』
「かすみさんが、消えたままいなくなってしまうんじゃないかって。そっちのほうが怖いかな」
『……うん……』
僕はかすみさんが『だいじょうぶ』と答えてくれるのを期待していた。でも、しばしの沈黙ののちに彼女が返してくれたのは。
『ありがとう』
僕の目を見て柔らかく微笑むその表情に、見惚れてしまう。これまでの『ありがとう』とはどこか違っていて、胸の奥に生まれた疼きは一体なんだろう。むず痒いようで、痛みと隣り合わせのような。
「変なこと言って、ごめんね」
『ううん、いいの』
「あ、そうだ。今日ね、火球が見えたらしいよ」
『かきゅう??』
「あーなんだろ、流れ星のすごいやつ? 見てみる?」
『うん、見たい』
それからスマホでふたりで火球の動画を見た。暗い部屋にスマホから広がる色とりどりの光が、彼女の透けた体に重なる光景は、怖いくらい現実離れして美しかった。