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8/11

8月20日(水)火球を見た夜

 今日もベッドに腰掛け、電気を消してかすみさんを待つ。

 旧TwitterことXを覗いてみると、日付が変わる前ごろに九州のほうで目撃された巨大な火球が話題(トレンド)になっていた。

 ドラレコが偶然捉えたという動画が投稿されていて、夜空を真昼のように照らしながらオレンジに燃え尽きる流星(それ)はあまりに美しく、現実離れしていた。

 

 現実離れして美しい。彼女と同じだ。現実離れしているから美しいのか、美しいから現実離れして見えるのか、それとも、儚く消えるから美しいのか。


 スマホと照明を消してそんなことを考えていたら、仄白い光が視界の右はしに浮かぶ。

 かすみさんは腰掛けずに、前かがみになってベッドを覗き込んでいる。

 彼女の視界のさきにあるのは、手のひらサイズで白い半球状の物体。


「それ、ワイヤレススピーカー」


 おずおずと指先で触れる彼女。


『まるっこくて、可愛い』


 そこから微かに彼女の声が聞こえた。イヤホン越しでなく、彼女がそこで口にしたように。


『え……!?』


 自分の声に驚いたようにまじまじとベッドの上のスピーカーを見詰めた彼女は、僕の方をちらりと見てから『えい!』とスピーカーの上に腰を下ろしていた。スピーカーは彼女の半透明な体をすり抜け、いつも通りに僕の隣に腰掛けた形になる。


「これで、腕も疲れないでしょ?」

『ふふっ』


 まるで本当に隣に座っているように、彼女の漏らした笑いが聞こえる。駅前の電気屋さんで、ちょっと奮発して高音質のやつを買った甲斐があった。


『ありがとう。うれしい』

「こちらこそだよ」

『こちらこそ?』

「毎日、話しにきてくれて嬉しい。ありがとう」

『……じゃあ、こわくなくなった?』


 言葉のトーンが少し真剣に聞こえたから、彼女の方を見る。彼女は真っすぐ前を、僕の方ではなく部屋の真ん中を見ていた。本当に綺麗で、そして幸薄い横顔。今にも消えてしまいそうに儚い。


「うん。かすみさんのことは、もうぜんぜん怖くないよ。ただ……」

『ただ……?』

「ふっと思う」

『何を?』

「かすみさんが、消えたままいなくなってしまうんじゃないかって。そっちのほうが怖いかな」

『……うん……』


 僕はかすみさんが『だいじょうぶ』と答えてくれるのを期待していた。でも、しばしの沈黙ののちに彼女が返してくれたのは。


『ありがとう』


 僕の目を見て柔らかく微笑むその表情に、見惚れてしまう。これまでの『ありがとう』とはどこか違っていて、胸の奥に生まれた(うず)きは一体なんだろう。むず痒いようで、痛みと隣り合わせのような。


「変なこと言って、ごめんね」

『ううん、いいの』

「あ、そうだ。今日ね、火球が見えたらしいよ」

『かきゅう??』

「あーなんだろ、流れ星のすごいやつ? 見てみる?」

『うん、見たい』


 それからスマホでふたりで火球の動画を見た。暗い部屋にスマホから広がる色とりどりの光が、彼女の透けた体に重なる光景は、怖いくらい現実離れして美しかった。

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