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8月18日(月)みえちゃうタイプ

 ──寝過ごした。

 

 カーテンの隙間から朝日の差し込むベッドの上で、満充電のイヤホンを手に握りしめ、僕は目覚めた。時計はすでに朝六時。ショックで呆然とする。


 しかし昨日でお盆休みは終わり、今日から仕事だ。彼女──かすみさんとお話ができることを楽しみに夜を迎え、十時過ぎにちょっとだけ仮眠を取ったのが昨夜の最後の記憶。そこからいきなり突き付けられた「このあと仕事」という事実に僕はもう泣きそうだった。


「うう……がんばれ……今夜がある……うう……」


 もはやゾンビのようにベッドから立ち上がり、うめき声を上げながら準備を済ませて、僕は部屋を後にした。


「いってきます」


 かすみさんに聞こえていればいいなと、声に出しながら。



◇ ◇ ◇



「ね、ここ座っていい?」


 昼休み。社員食堂のはしっこのテーブルでひとりアジフライ定食を味わう僕の前に、彩り鮮やかなサラダとパスタの乗ったお盆を置いたのは、同期の原田さんだった。

 

「あ、うん。いいけど」


 僕の返事を待たずに彼女は、正面の席に腰掛けていた。同期の男子社員たちほぼ全員が狙っていたとされる彼女は、いつも明るい笑顔を振りまく妹系童顔美人だ。ちなみに僕は狙ってないというか、まあ、彼女の笑顔はちょっとまぶしすぎる。


「久しぶりだね」

「うん。原田さんは元気だった?」

「私は元気だよ。それぐらいしか取り柄ないんだし」

「それもそうか」

「いやそこはさ、そんなことないよ!でしょ」

「ソンナコトナイヨ」

「棒読みやめて」


 そんな美女と僕がなぜこんな自然にトークできるのかと言えば、なんのことはない。小中学校の同級生だったおかげだ。新入社員研修で再会したときにはお互いに驚いたものだ。そして周囲の同期男子たちからすさまじい質問攻めにされた。

 おかげで、コミュ力の低い僕もそれなりの横のつながりを保つことが出来ている。


「で、そっちは最近、変わったこととかない?」

「──え?」


 心臓がドキリとした。実際、変わったことはありまくりなので。


「夜中に目が覚めたり、やたら疲れたりしない?」


 学生のころと研修のときは降ろしていた長い黒髪を今はお団子にまとめ、くりくりの瞳でこちらを覗き込んでくる。一体、なんなんだろう。


「変なもの見えたりとかさ」

「いや、ぜんぜん……うん、ぜんぜん大丈夫だけど。どうしてそんなこと聞くの?」


 彼女は珍しく、少し困ったように目を伏せた。それから、意を決したように口を開く。


「私ね。話したことなかったけど、そういうの視えちゃう(・・・・・)タイプなの。それでなんか、きみの後ろにすごく暗い……たぶん人影みたいなものがくっついてるから……」

「え……」


 思わず振り向く。もちろん、()えないタイプの僕には何も見えない。


「そんなに悪い感じはしないけど、もし何かあったら言ってね」


 ──そのくらいなら私、(はら)えるから。立ち去り際に彼女が手渡してきた付箋(ふせん)には、きれいな手書きでLINEのIDらしき文字列が書き込まれていた。

 血で血を洗う争奪戦が起きかねない物騒な紙切れをあわてて財布の中にしまいつつ、僕は彼女の実家が神社であることをぼんやりと思い出していた。

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