8月14日(木)近畿地方がどうこう
あれから彼女のことが頭から離れず、ほとんど寝付けなかった。
単純に考えたら、この部屋で亡くなった女の子ということになる。
あの若さで、いったい何があったのだろう……?
たしかに哀しげな、または寂しげな眼差しをしていた。
病弱そうにも見えたけど、半透明で青白い幸薄顔のせいかも知れない。
というか、なぜ今になって突然現れたのだろう。
あと、消える前に彼女が口にした言葉は、本当に「また、あした」だったのか。
そうだとして、僕はどうすればいいんだろう。
起きて待つべきなのか、昨日と同じように一回眠るべきなのか。
考えたところで何もわからないのだけど、考えずにはいられず、そのうち朝になっていた。
マーガリンを塗りこめたトーストとインスタントコーヒーで朝食を済ませながら、テレビをつけてみる。大阪万博の最寄り駅で電車が止まって帰宅困難者が3万人、みたいな驚きのニュースをしていた。
昨日もしこっちの電車も止まってたら、僕もお墓参りから帰れず実家に泊っていただろう。
そうしたら、彼女には会えなかったかも知れない。
「……あ、そうか……」
そこでひとつの可能性に気付く。
昨日の8月13日はいわゆる「迎え盆」で、ご先祖様を家にお迎えする日だ。
昨日以前の彼女はこの部屋にいなかった。だから霊現象も起きなかった。
そういうことじゃないのか?
「──近畿地方に、何かありますね」
僕の問いかけに答えたのは、怖い映画のテレビCMだった。たしか、ちょっと前に話題になっていた小説の映画化だったと思う。短い映像に詰め込まれた不穏さは、僕の知る本物の幽霊よりよっぽど怖そうだった。
──よし。
僕は決意して、重い腰を上げる。まずはシャワーを浴びなくっちゃ。
◇ ◇ ◇
「……ただいま……」
夕方に外出から帰宅して、なんとなくそう口に出してみる。
この部屋のどこかに、今も彼女がいるのだろうか?
カタッ
「……!?」
まるで返事をするように、部屋のどこかで何かが鳴った。
今までなら、部屋のどこかで音がしても「家鳴り」で片付けていただろう。
家鳴りは「建物の素材が乾燥や湿気を吸収・放出する際に伸縮することで発生する自然現象」なので霊現象ではない、とchatGPTが言ってた。
でも今は、そうとは限らないんじゃないかと思ってしまう。
それにしても疲れた。
例の映画を見に行ってきたのだけど、めちゃくちゃ怖かった。
昨日ほとんど寝てないから、途中で眠ってしまわないかと心配だったけど、それどころじゃなかった。
あと周りがほぼほぼカップルだったのも別の意味で怖かった。
怖がり疲れてさすがにもう眠かった。
寝室のベッドに横になる。
本物より遥かに怖い映画を見てきた僕にもう怖いものはない。
「さあ、いつでも出て来い本物!」
…………。
返事も家鳴りもない。そうしてすぐに僕は、睡魔に屈したのだった。