8月30日(土)①作戦会議
『──というわけで作戦会議をはじめます』
スマホの中から原田さんが宣言する。
日付け変わって土曜日の午前二時。ベッドに腰掛けた僕の隣には、仄白く浮かぶ夏澄さんが座っている。そして僕らと向かい合う形で、椅子の背もたれに立てかけたスマホが原田さんに繋がっていた。ちなみに彼女は「準備」のため実家の神社にいるらしい。
『はいっ』
「……はい……」
隣で真剣な顔で返事する夏澄さんの横顔に見惚れつつ、生返事を返す僕。
『はいそこデレデレしない』
おっとバレてた。
『あ……ごめんなさい、藍ちゃん』
しかしなぜか頭を下げて謝る夏澄さんは、つまりデレデレしてる自覚があるのだろうか。
そうだとしたら僕はますますデレデレしてしまうのだが。
『……だめだ、キリがないから進めます。とにかくそのお部屋ね、端的に言うと“霊溜”になっていて、ありとあらゆる霊がそこにわだかまってる』
「そ、そうなんだ……?」
僕の問いに、うなずく夏澄さん。
原田さんの話によれば、この部屋は霊の通り道“霊道”の交差点、しかも六叉路だという。
『要は三本の霊道がこの部屋でちょうど交差してるのね。おかげで霊同士が衝突しまくって、ぐっちゃぐちゃに混ざりながらそこに溜まっていく』
「そ、そうなんだ……?」
うなずく夏澄さんは、それから指を一本立てて天井に向ける。
『あー、そうね。今なら見えるかも。よーく目を凝らして見て』
原田さんにも促されて天井を見る。見慣れた白い正方形の石膏ボードが、ぼんやりと闇の中に浮かんでいる。表面には黒く波打つ模様がたくさん、うねうねと蠢いて……え?
目をこすって、もういちどよく目を凝らす。やはり蠢く模様たちは、やがて巨大な何かを形作っていく。
「……これって……」
三角に尖った耳、まん丸い目、ちょこんと逆三角のお鼻の左右に伸びるおひげ。天井いっぱいに出現する、それはそれは可愛らしい猫の顔だった。
『まあねえ。事故に遭ったりしてさまよってる猫ちゃんの霊の割合が多いから、こうなっちゃうみたい』
「ええ……」
『こんなだから、高野くんの前の住人のおじさんたちは、抗えなかったのかも』
夏澄さんが天井に向かって手を振ると、巨猫は嬉しそうにニャアと鳴いた。
めちゃくちゃ無害そうに見えるけど、二人の中年男性の命を奪った存在だということを忘れちゃいけない。
「……で、どうするの? これを祓ったとして、部屋が霊道の交差点のままなら、またすぐに霊が溜ってしまうんじゃ」
『ほんとはね、高野くんが引っ越せばいいんだけど』
「それは結局、次の入居者が犠牲になるだけじゃないか?」
『だよねー。高野くんならそう言うだろうって、夏澄と予想した通り』
隣では、はじめて見るドヤ顔の夏澄さんが、何度もウンウンうなずいていた。
『なので! 霊道を上下にずらして、交差点を立体交差にします!』
「…………ハァ!?」
僕が思わず漏らした声に反応して、天井の巨猫が他人事みたいにニャアと鳴いた。