8月28日(木)悪夢とコロッケそば
午前二時を過ぎても、かすみさんはなかなか現れなかった。
どうしたんだろう。ベッドに腰掛け待つ。右隣に彼女の仄白い光は現れず、暗い部屋にはただ時間だけが流れていく。
「ね、ここ座っていい?」
どこかで聞いたその声とセリフは、左隣から聞こえた。
視線を向けると原田さんが座っていた。ただ、雰囲気が少し違う気がする。
「え!?」
彼女は、セーラー服を着ていた。見覚えがあるそれは中学時代の制服だ。髪型もあの頃と同じポニーテールになっている。
『……どうしたの?』
問い掛ける声は右側からだった。慌てて振り向くと、かすみさんがいた。いつもの幸薄顔で、原田さんと同じセーラー服姿で、髪は肩上で切り揃えられている。
「……な……」
なんだこれ、どうなってるんだ。意味が解らない。
「原田さん、なにこれ!?」
慌てながら左側に視線を戻すと、そこに座っていたのは原田さんではなくて、見たことのない中年男性だった。彼はセーラー服を着ていて、苦虫を噛み潰した顔をしている。
「いッ!?」
焦って反対側を向くと、かすみさんも知らない中年男性に入れ替わっている。彼は穏やかに微笑んで、こう言った。
『おはよう、高野くん』
そこで目が覚めた。ベッドに寝転んで本を読んでいたはずが、いつの間にか眠っていたようだ。ちなみに読んでいたのは「近畿地方のある場所について」の文庫版だ。かすみさんを怖がらない耐性を付けるためだったけど、最近はすっかりホラーにハマってしまっている。
「もう、やっと起きた」
ぼやけた視界の中で、そんな僕を上から覗き込んでいるのは原田さんだった。
「ああ、ごめん、寝ちゃって……」
目をこすって起き上がり、よく考えると彼女はなんで堂々と男の寝室にいるんだろうと疑問が浮かぶ。なんというか、警戒心とかないんだろうか。
「気にしないで、私も話し込んじゃったから。そろそろ始発の時間だから帰るね。もう太陽も昇るから、送ってくれなくて大丈夫」
スマホの時計を見ると五時ちょい前。外はまだ薄暗い。
「いや、そういうわけには……」
「そう? じゃあお言葉に甘えて。ちょっと、高野くん借りてくね」
いつもかすみさんの座るベッドの端を見て、声をかける彼女。
「だいじょうぶ、ちゃんと返すから。うん、またね」
あいかわらずやたらフレンドリーに会話する二人。蚊帳の外の僕。
しかしいくら原田さんのコミュ力が凄くても、初対面でこんなに仲良く夜通し語り明かしたりするだろうか。その疑問がふと、薄れかけていた夢の中の光景を──お揃いのセーラー服姿の二人を思い出していた。同時におじさんたちのことも思い出してしまって目まいがした。
何かが、記憶のはしっこに引っかかる。小骨が刺さったようにすっきりしない。
「ほら、送ってくれるんでしょ」
「ああ、うん」
原田さんに急かされて部屋を出る。
駅前で彼女を見送った帰り道、富士そばのコロッケそばを朝ごはんにした。隣でそばをすする知らない中年男性は、ちゃんとスーツを着ていた。