8月27日(水)ガールズトーク
この部屋に響く二度目のチャイムは、相変わらず思ったより大きな音で心臓に良くない。
「今日じゃなくても良かったのに」
仕事で何かトラブルがあったらしい原田さんが「今日行けるかわからない」とLINEをくれたので先に帰宅した僕だったが、午後九時過ぎになって彼女はやってきた。
「ううん、早く会いたくて」
玄関でドキリとする台詞を吐く彼女の視線が、完全に僕の肩越しに部屋の中を見詰めていたから、会いたい相手が自分でないことを即わきまえる。
僕にだってモテない男なりに、勘違いで相手を困らせることだけはしたくないという矜持がある。
「お邪魔します」
今日の彼女はブラウスにパンツスタイル。まあなんでも似合う。僕の横をすたすたと通り過ぎて彼女はダイニングテーブルの上にコンビニの白い袋を置いた。
「こないだは、ごめんね。びっくりしちゃって」
そして何もない空間に声をかける。彼女には、かすみさんが見えているのだろう。
「うん。うん……私も同じだよ……」
突っ立っていた僕は、原田さんの声が突然に涙声になって慌てる。しかし先日のように過呼吸になりかけるようなことはなく、落ち着いた様子だった。
「うん、そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて……」
彼女はテーブルに備え付けの椅子に腰掛けた。ちなみにそっち側には誰も座ったことがない。
手持ち無沙汰な僕は、彼女たちの邪魔をしないよう身をかがめてテーブルの反対側に行き、椅子を少し引いて座れるスペースを作る。かすみさんのために。
「……ありがとう、って言ってる」
原田さんが微笑みながらそう伝えてくれた。涙はもう引いたようだ。
「幽霊にも優しいんだよ、って惚気てる。ふふふ」
「ええ……?」
「うん。でも、それは自分で伝えたいでしょ? まあ、高野くんが気付けばいいんだけど……」
「…………」
「霊感だけじゃなくすべてにおいて鈍感そうだからなあ……」
「…………」
「ちょっと、かすみったら笑いすぎだって。さすがに高野くんが可哀想だよ」
…………なんだろう、なんか思ってたのと違うぞ。まるで再会からガールズトークになだれ込んだ十年来の女友達同士の会話(の半分)を見させられてるような。
「ええと、じゃあ僕はあっちにいるから、終わったら呼んでね」
「うん、気を使わせてごめんね」
「いえいえ……」
「あ、それでね、これ美味しいから……」
原田さんはコンビニ袋から取り出した白い容器と透明なスプーンを、自分の前にひとつ、かすみさんのいるであろう前にひとつ置く。「天使のチーズケーキ」とラベルが貼られていた。知ってる、ふわふわで美味しいやつだ。
「高野くんは、それ明日になったら食べていいよ」
かすみさんの前に置いたそれを目で示す。お供え物的な扱いになるのだろうか。このへんのシステムはいずれ原田さんにご教示願いたい。
そんなことを思いつつ、僕はひとり寝室に退散するのだった。