8月26日(火)レバニラとカツ丼
『どうだった?』
かすみさんは、現れるなり問いかけてきた。
もともと困り顔なのでわかりにくいが、不安げに眉を寄せている。
彼女が聞いているのはもちろん、原田さんを連れてきて欲しいという例の件だ。
どう切り出せばいいのか迷いつつ、ひとり社食でレバニラ定食を見詰めていると、無言で向かいの席にカツ丼の乗ったお盆を置いたのは原田さんその人だった。
「や……やあ」
周囲の男子社員がちらちらと盗み見る中で、がつがつとカツ丼をかきこむ彼女。まあ、小中学校時代の真っ黒に日焼けした男勝りっぷりを知っている僕としては、そんなに不思議はないのだけれども。
「昨日は、ごめんね」
あっと言う間に食べ切って、彼女は空の丼を覗き込むように頭を深々と下げた。
「いや、ぜんぜん。心配はしたけどね」
「うん、ありがとう」
丼に向かって感謝する彼女。さすがに周りがざわざわし始めたので、とにかく頭を上げるように促す。
「一体、何があったの?」
「何があったかと言われると、まあ、すごく想定外なことが……」
「……それは、彼女が見えたってこと?」
僕の発言に、彼女は大きな目をさらに見開く。
「え? 高野くんは見えてるんだ?」
「あー、ええと、午前二時から三十分限定なんだけど」
「なるほど、丑三つ時か」
うなずく原田さん。そっち方面ではよくある話なんだろうか。
「ちょうどお盆の夜からなんだけどね」
「え、じゃあなんで言ってくれなかったの?」
「いやまあ、そういうの見えたことないから、言っていいものなのかよくわからなくて」
「でもあの子……そっか……」
僕の目をまっすぐ見詰め、納得したように言葉を飲み込む。
よし、切り出すなら今しかない。
「それで、原田さんにひとつ提案というか、お願いがあるんだけど」
「私も、お願いがある」
「え?」
丼の横に置かれたコップの水を、ひと息に飲み切って彼女は言った。
「私、あの子と話したい」
「……え……?」
というわけで驚くほどすんなりと話は進み、明日の仕事が遅くならなかったら、早速来てくれることになった。
「というわけで、たぶん明日には来てくれると思う」
『うん、ありがとう!』
彼女の笑顔に見惚れながらも、しかし明日は一体どんな「お話」が繰り広げられるのかと胸がざわざわするのだった。