8月25日(月)深夜裁判
原田さんから連絡のないまま、日付が変わる。
せめて駅までは送っていくべきだったんじゃないかと後悔しつつ「大丈夫?」とだけLINEを送っておいたが未読のままだ。明日、社員食堂で会えればいいけど。
『だいじょうぶ?』
かすみさんの声。いつの間にかベッドの右隣に仄白く現れていた彼女が、困り顔で覗き込んでいる。
「あ、うん。かすみさんはもう新月のほうは大丈夫?」
『うん』
小さくうなずき返して『美人だったね』と続けるから、僕はものすごく動揺してしまった。
きっと原田さんのことを言っているのだろう。
「そっそうかな? まあ、見方によってはそうとも言えるかも知れないね」
目を逸らしてどうにか答える。
というか、あの場にかすみさんも居たということになる。そもそも彼女がずっとこの部屋にいて、午前二時にだけ姿を現すのか、それともこの時間にだけ活動できるのか、そのへんのシステムもわかっていなかったのだけど。
──というか視えるタイプの原田さんはもしかして、かすみさんと鉢合わせしてあの状態になったのだろうか? いや、でもかすみさんを見てあんな感じになるか?
『美人だった』
「うんまあ、そうかもね」
『好きなの?』
「……え?」
こちらを覗き込んだまま、詰め寄る彼女。なんだこの状況は。まさかこれは、かすみさんが妬いてるのだろうか?
『やっぱり、好きなんだ』
「いや、そんなことは」
『美人なのに?』
「美人ならいいってもんじゃない」
『じゃあ何がいいの?』
「それは、やっぱり」
『やっぱり?』
「いやその」
『ほんとは、好きなんでしょ?』
逃してくれそうにない。いつもの困り顔なのに、なんだこの圧は。
もう、はっきり言わなければ許してもらえなさそうだ。
僕は覚悟を決めて、息を大きく吸い込む。そして、その言葉を口にした。
「僕が好きなのは、かすみさんだから」
『……えっ……』
「えっ」
てっきり僕からその発言を引き出そうとしていると思ったのに、そうでもない反応に困惑して顔を見ると、彼女は両手を添えた頬をピンクに発光させていた。
『……直球すぎる……』
「ええ……」
難しすぎる。とは言え、僕の優柔不断が招いた状況のような気もする。ここは、はっきりしないと。
「もう原田さんは連れてこないよ。黒い影とか、無害だから大丈夫って伝えるから」
『ううん、そうじゃないの』
しかし彼女は頬から手を離すと、困り顔に真剣な表情を浮かべた。それはどこか悲壮な決意にも見えて、最近薄れていた未亡人感をまとって僕の胸を鷲づかみにする。
『できるなら、また連れてきてほしい』
「え……?」
まままさか……連れてきて、どどどうするつもりなんだ……?
ホラー映画由来のいろいろな想像が僕の脳内を駆け巡る。
『お話がしたい。藍ちゃんと』
しかし彼女の言葉に僕はなぜだか、妬みでも怒りでもなく、原田さんへの親しみのようなものを感じていた。