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8月24日(日)事故物件にようこそ

 ──けっきょく原田(はらだ)さんに押し切られ、明日の日曜日に下見(?)に来てもらうことになった。


 とりあえず軽く部屋の片付けは済ませておいた。

 かすみさんを待ちながら、どうしたものかと考える。

 正確には新月は23日の夜。昨夜は22日の夜だけど、日付が変わったら23日でまあ新月の夜と言えなくはない。でも新月としては今晩のほうが本番なので、かすみさんが現れるかはわからない。

 

 原田さんの言う「黒い影」は、かすみさんと関係するものかも知れない。だからこそお祓いではなく「下見」だけという約束はしてある。

 それにそもそも、一緒に住んでいる女の子に黙って他の女性を部屋に入れるというのは、男として最低な行為ではなかろうか。いや別に付き合ってるわけでも同棲してるわけでもないけども……。

 

 かすみさんが現れる気配のないまま時間が過ぎる。スマホを見ると、もう八分過ぎていた。


「えーと、かすみさん。もし聞こえていたら、聞いてほしいんだけど」


 こうなったら独白形式でいくしかない。


「明日、会社の同期が部屋に来ることになって」


 暗い部屋の中でひとり喋るのは、なかなか妙な感覚だった。              


「その人がね、いわゆる()えるタイプで、僕の後ろに嫌な感じの黒い影が見えるからって、心配してくれて。うん、すごくいい人なんだけどね。それで、もしかしてここの部屋があんまり良くないかも知れないから……ってことで、見に来てくれることになって」


 うまく説明できているだろうか。伝え忘れたことはないか。そもそも聞こえているのか、というのはあるけど。


「……あ! ちなみに同期って言うか、小中学校の同級生でもあるんだけどね。原田さん……原田 (あい)って女の子で」


 ガタッ


 部屋のどこかで音がした。家鳴りにしてはタイミングが完璧すぎた気がする。

 やっぱり気に入らなかったりするのだろうか。


「……もし、かすみさんが嫌なら断ろうと思うんだ。だから遠慮なく……」


 そのとき、視界の右側に白い光が見えた。同時に微かに『いいよ』とかすみさんの声が聞こえて、視線を向けたときにはすでにその姿は消えた後だった。


「……ありがとう」


 わざわざ現れてくれた彼女に感謝の言葉を伝えた僕は、ひとまず安堵しながら眠りについた。



 ◇ ◇ ◇



 そしてチャイムが鳴り響く午前十時過ぎ。聞きなれないピンポーンの音の大きさにちょっと驚く。荷物は置き配なので、たぶんこれがこの部屋で初めて鳴ったチャイムだ。


「サイゼぶり」


 ロックを外して玄関ドアを開けると、立っていた原田さんは眩しい笑顔で小さく手を振る。

 これが「あざとい」というやつなのかも知れない。僕は関係性と言い訳で自己防衛しているけど、一歩間違えたら簡単に撃ち抜かれてしまうだろうなとわかる。


「……どうぞ」

「お邪魔します。一人暮らしなのに、けっこう片付いてるね」

「まあね」


 目を逸らしながら招き入れる。今日はシンプルな白のTシャツにロングスカート。けっきょく何を着ても様になる。

 しかし、靴を脱いで一歩部屋に踏み込んだところで彼女は、いつまでもその場に突っ立ったままだった。


「原田さん?」


 彼女は部屋の奥をまっすぐ見詰めて、呆然としていた。


「……大丈夫?」


 そのとき僕の脳裏に浮かんだのは、先日まで見まくったホラー映画のお約束(よくある)シーン。霊能者がお祓いしようとして、悪霊のあまりの強さにさじを投げたり、あるいはその場で返り討ちにあって──場合によっては命を落としてしまうという、あれだ。


「原田さん、大丈夫!?」


 慌てて駆け寄ると、彼女は呆然としたまま両目から涙を流していた。呼吸が小刻みで、過呼吸になりかけにも見える。


「原田さんっ! ──(あい)ちゃんッ!」


 とにかく彼女の視線を遮るように正面に立って、細い両肩を掴んで揺り動かす。思わず小学生のころの呼び方をしてしまう。


「……あ……」


 それでようやく、僕と目が合った。息を整えながら両手で涙をぬぐう。


「……ごめん、今日は帰るね」

「そのほうが良さそう。無理しないで」

「うん。あとで、連絡するから」


 部屋を出る寸前にもういちど「ごめんね」と口にした彼女の視線は、僕の肩越しに部屋の奥を向いていた気がした。

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