8月23日(土)サイゼにて
一応待ってみたけれど、予告通りかすみさんは現れなかった。
そして土曜の昼。僕は同期の原田さんと、駅前のサイゼリヤにいた。
「で、どうしたの? 原田さんが相談ごとなんて」
「急にごめんね。週末、予定あったんじゃない?」
「まあそういうのは全然ないんだけどね」
「それもそうか」
「……くっ」
早速、先日の仕返しを喰らってしまった。
向かい合わせに座った彼女は、もちろん職場で見慣れた事務服ではなく私服姿。水色の涼しげなブラウスがおそろしく似合っていた。
ちなみに僕はカメレオンのように大衆に溶け込めそうな紺のポロシャツだ。
「そういえば間違い探しの絵柄が変わったんだよね」
注文を終えた彼女は、おなじみの間違い探しのシートとにらめっこをはじめた。
ちなみに今日は彼女がおごってくれるそうだ。僕は彼女を狙ってないので、遠慮なくご馳走になることにした。
「それ、なんかちょっと簡単になった気がする。こないだ来たとき全部見つけたよ」
「あ、ネタバレやめてね!」
大きな瞳も表情も真剣そのもので、童顔美人っぷりがますます際立つ。テーブル横を通った男子学生のグループが彼女をガン見して「クソかわいくね?」とか漏らして行った。可愛いのは確かだがクソは不要だ。
「……というか相談があるんじゃ? 話しにくいなら、焦らなくてもいいけどさ」
「あーうん……ねえ、話しかけるから何個見つけたかわかんなくなったよ?」
「それはごめん」
「ふふっ」
頭を下げる僕に、口元を抑えて笑う彼女。なんだろう、客観視するとものすごくいい雰囲気の男女みたいになってしまってる気がする。お尻がむずむずするような感覚。
「ほんと変わらないよね昔から。なんで葛木くんは、そんな自然に優しいんだろ」
「……ひとからよく思われたいだけだよ」
かすみさんにも同じような返しをしたことを思い出す。正直に言えば深く考えてはいないし、優しくしている自覚もない。
「きみにはずっと、そのままでいて欲しいな」
一瞬だけ彼女は、視線を下に向けて寂しげに微笑んだ。はじめて見る表情だった。
「でね、相談ごとって私のことじゃないの」
「え? じゃあ、誰の……」
「男友達っていうか……まあ要するに、葛木くんのことなんだけど」
突然に自分の名前を出された僕は混乱した。先日の深夜に突然、登録したてのLINEで「相談に乗ってほしい」と言われた時も、なんで僕に? とは思ったものの、元同級生だからこその何かがあるのかと納得したのだが。
「心配なの。きみの後ろの、その影が……」
彼女は俺の背後に視線を向け、言葉を続ける。
「……どんどん大きく、濃くなっているから」
「……え……?」
「ちょっとした伝手で調べたんだけど、きみのアパートって事故物件なんでしょ? 会社が家賃に補助出す物件として指定してるの、ベースが相場よりだいぶ安いからだって」
「そうなの?」
そのへんの話は初耳だった。伝手ってなんだろう。まあ、彼女を狙っている社員はあらゆる部署にいるらしいけど……。
「だから、部屋に行ってもいいかな?」
「…………は!?」
「言ったじゃない。ちょっとくらいなら、祓えるから」
間違い探しと同じくらい真剣な表情で、彼女は言った。