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8月22日(金)新月だから

 日付変わって8月22日、金曜日。

 昨日はもう三十分も前から電気を消してかすみさんを待っていたけど、今日は何となく、部屋を暗くすることに抵抗があった。

 この部屋の前の住人が、二人連続で亡くなっている。いや、もちろん一人は想定していたけど、二人連続となると話が違ってくる。

 中村さん、いい人なんだろうけど、そこまでは知りたくなかった。

 いやでも、知っておくべきだったことなのかも。もしかしてこの部屋に、住人を「衰弱死」させる何かがあるというのなら。


 ──何か。それは。


 もうすぐ二時だ。電気を消して、いつも通りベッドに腰掛ける。

 すぐに、仄かに白い光がベッドの隣に灯る。


『こんばんは』


 ワイヤレススピーカーから聞こえる微かな声。こっそりボリュームを上げておいても彼女は、聞こえるか聞こえないかぎりぎりの音量に声を抑えてしまう。


「こんばんは」


 答えながらベッドの右隣に視線を向ける。どうも彼女、現れる瞬間を見られるのが恥ずかしいらしいので、現れたのを確認してから直接見ることにした。


『ありがとう。きみはいつも優しい』

「そんなことはないよ。かすみさんによく思われたいだけ」

『そっか、下心ありか』

「そうです、下心ありです」

『ふふっ』


 今日も世界一可愛い困り顔に、微笑を浮かべてくれた。 


『どうか、したの?』

「え?」


 そのとき唐突に彼女が、何に対してかわからない疑問を口にする。いや、何に対してなのかは、わかっている。


『最初のころみたい』


 立ち上がった彼女は、滑るように僕の前に移動していた。胸の前で、まっすぐ揃えた両手の指を下向きに──いかにも幽霊っぽいポーズをとってみせながら、口の動きだけで問いかける。


『こわい?』


 スピーカーを通していないのに、微かに彼女の声が聞こえた気がした。条件反射的なあれだろうか。

 そして僕は答えに詰まる。この部屋で死んだのは、彼女ではなかった。では彼女はいったい、誰なのか。なぜこの部屋にいるのか。もしかしたら、彼らの命を奪ったのは、彼女の存在なのではないか。僕のように彼女に惚れこんで、やがて彼女と触れ合うために同じ存在になろうとして……だとか、そんな妄想がうっすらと浮かんでしまっていた。


 彼女をまっすぐ見る。はじめて見たときから大好きな幸薄い困り顔を、さらに目いっぱいに困らせて、未亡人系美少はが僕を見つめ返す。

 自分が今、どう思っているのかをよくよく考えて、考えて、考えて、結論を出す。

 彼女は催促することもなく、黙って待ってくれていた。


「こわく……ないよ」


 それが本心だと思う。なにをどう考えても、彼女に対する恐怖心はもう浮かんでこなかった。ただただ愛しさだけがぽこぽこと湧き出てくる。

 もしかしたらそれは、もう彼女に魅入られてしまったのかも知れない。

 でも、彼女と触れ合えるなら死んでもいいとか、そんなふうには思えない。


 彼女はそんなこと望んではいないはずだ。根拠は、ないけれど。


『うれしい』


 やっぱり、微かに声が聞こえる気がした。もしかして、毎日会っているうちに霊感的なものが身についてきたのだろうか。

 確かめてみたい気がしたけど、彼女は僕の隣に戻っていた。


『それとね』


 今度はスピーカーから、しっかり聞こえる。


『あしたは、会えない』

「え? そうなんだ」


 ちょっと驚いた。なぜだろう。知りたいけど、聞いてもいいのだろうか。


『シンゲツだから』

「しんげつ……ああ、新月か……」


 新月、満月とは逆に、月が完全に全て欠けてしまう、月明かりの失われる夜。


『だから今日もね、早めに』


 そういうシステムなのだろうか。彼女に会えないのなら、明日はそのへん調べてみよう。


「じゃあ、気を付けて」

『うん?』

「あ、わかんないけど、新月は暗いから危ないのかなって」

『ふふっ。ありがとう』


 また微笑を残して、彼女は部屋の暗さに溶けてゆく。明日は会えないのだからと、僕はそれをしっかり網膜に焼き付けた。


 スマホを見るとまだ二時十五分。そのとき画面にポロンと通知が浮かぶ。それは「もう寝た?」という、同期の原田さんからのLINEだった。

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