記録:8
「着いたぞ。ここが俺たちの拠点だ」
ふわりと地面に着地する。
特にケガもなく着いた所を見るとフウライが相当風の扱いに長けていることが分かる。
少し歩くと、大きいとは言えないが綺麗に建てられた家が現れた。
他の建物より断然綺麗で目立つはずだ。
恐らくエルフ親子の家と同じように目くらましの魔術がかかっているのだろう。
何か訳ありなのだろうか。隠れて住む必要のある人物がいるという事だ。
黒夜はリユウの前に立つ。
いつでも退散できるようにしておいた方が方が良さそうだ。
家に入ると寝室に案内される。
中は思ったより広く、清潔にされている。
なんだかデジャヴだな、と思いつつ二人に続く。
寝室のドアは他の物より豪華で、一目で分かった。
「ヒレシス様、失礼します」
セッカイがゆっくりとドアを開ける。
そこには絹のように綺麗な白の髪を持ち、気品溢れる女性がいた。
手には解剖学の本を持っている。
解剖学とはそれはまた物騒な物だな、と思いつつ黒夜は頭を下げた。
「この度ヤクゼン様の依頼によりこの薬を代わりに届けさせていただきました」
フウライ経由でヒレシスに薬を渡す。
中身を確認したヒレシスは黒夜達に向かってほほ笑んだ。
「本当にありがとう。これが無いと困るのです。助かったわ」
本を傍において、黒夜達に向き直る。
その顔はとても真剣だ。
「話は聞かせてもらいましたわ。私の護衛が失礼な事をしたんだとか」
本当に申し訳ないわ、とヒレシスは頭を下げる。
しかし苦しくなったのか咳き込んでしまう。
相当邪気に中てられているようだ。
リユウが慌てて傍にあった水を渡す。
呼吸を落ち着かせてから喉を潤すと少しマシになったようで、ヒレシスゆっくりと体を起こした。
ありがとう、と笑う彼女はとても魅力的でリユウは顔を赤くして照れている。
「私の名前はヒレシス。以後お見知りおきを」
微笑む彼女は白い髪の毛も相まって儚げだ。
放っておくと消えてしまいそうに感じてしまう。
護衛を付けたくなる気持ちも分からないではないだろう。
「僕は藍本。こっちは助手の」
「黒夜だ」
リユウが握手をしようと差し出した手を握ろうとしたヒレシス。
しかしその手がボロボロな事に気づくと血相を変えた。
「大変、ケガをしているわ」
そういえばとリユウは自身の手を見る。
黒夜と路地裏に隠れた際にできた擦り傷が沢山ある。
黒夜は言わずもがな足に深い切り傷が二つ。
おまけに二人を捕らえる時鎌が当たっていたのか首元にも傷があった。
「今治しますね。黒夜さん、もう少し近づいてもらってもよろしいですか?」
黒夜は渋々近づく。
警戒するのよりも傷の痛さが気になってしまった。
治してもらえるのなら素直に甘えておいた方がよいのだ。
ヒレシスが何かを呟くと、二人の傷があっという間に治っていく。
傷なんて最初からなかったかのように綺麗になった手を見てリユウは嬉しそうにはしゃいでいる。
「でもいいのかよ。そんな簡単に魔術使って」
ヒレシスは邪気に中てられたのだ。
そういうことは控えるべきというのは明白だろう。
「これくらいのケガなら平気ですわ。骨折は厳しいのですけれど」
回復魔術はケガの具合によって使う魔力の量に差が出る。
簡単なかすり傷なら気にしなくても良いとヒレシスは笑った。
「けれど、そこまで酷いケガじゃなくて良かったですわ」
ヒレシスがちらりとフウライ達を見るも、気まずそうに目を逸らすだけだ。
ヒレシスが傍にあるイスに座るよう促す。
立ったまま話すのもと大人しく座る事にした。
「うちの精鋭二人をその程度のケガだけで抑えちゃうなんて、二人とも強いのですね」
フウライが綺麗な所作でお茶を注ぎ、二人の前に差し出す。
この廃れた場所でどうやって手に入れたのか疑問だ。
しかしとてもいい香りで、お茶請けにもよく合う。
決して安いものではないだろう。
「俺たちは嵌められたんですよ!」
セッカイはまだ気に食わないのか怒ったように噛みついてくる。
黒夜が足を引っかけた事を説明するとヒレシスは呆れたように笑った。
「単純なのが仇になったわね。いいじゃない、自分の弱点を知れたんだから」
悔しそうに唸るセッカイを他所にヒレシスは続ける。
「そう、お二人はとてもお強い。そんなあなた方に私も少し頼みたい事があるのです」
ふわふわとしていた空気が一気に引き締まるのを感じる。
ヒレシスからの圧を真に受けて足が竦みそうになるが、何とか耐える二人。
セッカイ達は慣れているのか平気な顔をしているのが少し癪だ。
「ある男にこの手紙を渡して欲しいのです。とっても簡単なお仕事ですわ」
簡単なお仕事だという割に物凄い形相だ。
依頼を断ろうものなら一刀両断されそうな勢いさえ感じる。
リユウは覚悟を決めたのか足を組み、ヒレシスに向き直った。
「誰に、渡したらいいのだね?」
リユウの目を見てヒレシスは少し笑う。
しかしそれは一瞬で、すぐに元の顔に戻った。
「エルケーという男に直接渡してください。『私は無事だから』と」
エルケー、何処かで聞いた事のある名前だが思い出せない。
黒夜は妙な違和感を感じながらもキッチリと伝言をメモした。
「それだけでいいのかね?」
リユウの気遣いに感謝するも、これでいいと断るヒレシス。
「あの男にはこれで十分なのよ」
ヒレシスは何処か寂しげな表情で外を見ている。
依頼時の時の威圧感といい、何かありそうだとリユウは少し心を躍らせる。
これは大きく進展しそうだと勘が告げているのだ。
「エルケーは魔王軍本部にいるのです」
その言葉に黒夜は飲んでいたお茶を噴き出した。
何かあるどころではなかった。ありまくりじゃないか。
「ほう、魔王軍本部とな!それは一体何処にあるのだね!?」
リユウが身を乗り出して問う。
その勢いに押されるヒレシス。
急にワクワクしだしたリユウに困惑しているのだろう。
「ごめんなさい。私も詳しくは知らないのです。最重要機密ですのよ」
申し訳なさそうに言うヒレシスにリユウは肩を落とした。
魔王軍には何かあるとリユウの直感が言っている。
こっちの世界から人が流れてくるのは九割がた魔王軍の侵略によるものだろう。
ならばいずれ魔王軍の者と話をしなくてはとリユウは考えていた。
そこに丁度良く依頼が来たのだ、魔王軍本部に向かう良い口実ができたというワケだ。
「こうなったらこの僕が直々に探しに行かねばなるまい!」
喜々として立ち上がるリユウ。
こういった探偵っぽい事や冒険が大好きな男なのだ。
そんなリユウを止めるのは黒夜の役目。
リユウを野放しにしておくと命がいくつあっても足りないといつも言っている。
しかし今回は何も言わない。
それどころか上の空で話をまともに聞いていなかったようだ。
それに違和感を持ったリユウが肩を叩く
「ん?どうしたんだい白露クン。顔色が悪いぞ」
リユウに声を掛けられようやく焦点が定まる。
しかしその顔は青く、少し震えているようだ。
「体調でも悪いのかい?すぐにでも休んだほうが」
リユウが背中に触れようとした瞬間、リユウの手は弾かれた。
他の誰でもない、黒夜によって。
バチン、とかなりの勢いで弾かれたリユウの手は赤くなっている。
ハッとした後、黒夜はリユウの手を見て慌て始めた。
「すまんリユウ。俺、疲れてるみたいだ」
すぐに謝りリユウに痛くなかったかと聞く黒夜。
しかしリユウの耳には届かなかった。
初めてだったのだ。黒夜がリユウの事を拒絶したのが。
初対面の時もかなり警戒されたが、叩かれたり払いのけられたりはしなかった。
「い、や。大丈夫なのだよ。ずっと動きっぱなしだったからね。疲れるのは当たり前だ」
そう言うリユウの顔は戸惑いを隠せていない。
空気を察したヒレシスは今日はここで休んでいってと客室に通してくれた。
お互いに謝り、仲直りはした。
黒夜もリユウも普段の調子を取り戻し、何事もなかったかのように一日が終わる。
リユウはその日、夢を見た。
『ねぇあれ見て、コスプレかな?』
『うわ…すごい格好だな』
『見た今の人!すやばい格好だったね、顔はいいのに』
『あーいうの、正直イタいよね』
『関わらないのが一番だよ』
『お前と知り合いだって思われたくねーんだよ』
『あんま近寄んないでくれる?』
『お前の髪の毛、キモイんだよ!』
は、と目を開け飛び起きる。
冷や汗が止まらず、髪の毛が顔に張り付いてしまっていた。
混乱していた頭が次第に冷静になり、喉が渇いている事に気がつく。
「白露クンは、寝ているようだね」
自分より早起きな彼が寝ているという事は、今は真夜中といったところだろう。
喉を潤しながら別の事を考える。
しかし今まで言われてきた陰口が、頭に響いて離れない。
悪夢を見るのなんて、久しぶりだ。
「大丈夫、大丈夫。僕には白露クンがいる」
大丈夫、一人じゃない。
大丈夫。大丈夫。まだ見放されていない。
自己暗示のように何度も繰り返す。
こうでもしないと動悸が止まらない。
「きっと環境の変化で疲れていたのだね」
もう寝てしまおう。
そう気持ちを持ち直し再び布団に入る。
寝つくのにしばらくかかったが、気がついたら意識は遠のいていた。
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