記録:7
街はずれに向かうにつれ、人が少なくなり、閑散としはじめた。
魔族が攻め入ったであろう跡も数か所見られる。
こんな所まで魔族陣営が来ているなんて相当押されているようだ。
「本当にこんなところで生活しているのかね?」
辺りには微かに魔物の気配も感じる。
邪気に対抗できないようなか弱い人間が生活できるとは到底思えない。
予想以上に危ない場所に黒夜は警戒心が高まる。
ピリピリした空気が苦手なリユウはへらへらと笑いながら黒夜に話しかけた。
「いやぁ、一体どこにあるのだろうね。どの建物も少し壊れていて住めそうにないのだよ」
リユウの言うとおり、家が全く見当たらない。
背の高い建物なんてこの世界にないため、見晴らしは悪くないのだ。
エルフの親子の家も言われるまで家があると気が付かなかった。
今回もそういった類の家なのだろうか。
ビュウ、と強い風が吹く。
黒夜は無意識に目を瞑る。
すると足に強い痛みが走った。
「なんだ!?」
すぐに足を確認する。
ズボンが切られたように破け、足に切り傷がある。
何かとぶつかったわけでもないのに、深い傷から血がでている。
次は後ろから風が吹く。
今度は反対の脹脛に痛みが走った。
黒夜は思わずしゃがみ込む。
リユウも異変に気づいたのか隣にしゃがんだ。
「大丈夫かい白露クン!」
足にケガを負いまともに動けなくなってしまった黒夜。
再び風が吹こうとしている。
リユウは急いで黒夜を引きずり、路地裏に入り込む。
ビュウ、と風が吹いたが二人ともケガはないようだ。
「い、一体何なのだね。風が吹いたと思ったら切りつけられるなんて」
リユウは黒夜のケガを手当しつつ辺りを見渡す。
誰かがいるわけでもないし、物が飛んできたわけでもない。
「リユウ、風が吹き込んでるのは俺達がいた道だけだ」
路地裏から見て反対側にある道は風が全く吹いていない。
逆に静かすぎるほどの無風状態だ。
「次風が吹いた場所をよく見てみろ」
何かわかるかもしれねぇ。
そう言う黒夜はまだ動ける状態ではない。
何とかこの場を凌ぐには敵の正体を見破る必要があると考えたのだろう。
黒夜の指示通りに先程までいた通りを見つめる。
また風が吹いたその時、リユウはそれをハッキリと捉えた。
「見えたのだよ!人の形が二人分!」
なんで見えるんだよ、なんて黒夜は密かに思う。
自分で提案しておいてなんだが、尋常じゃない速さだったのだ。
「凶器は恐らく鎌のようなものだよ」
リユウは黒夜の傷を確認する。
「大きさからして白露クンの傷と一致するだろうね」
だからなんで見えるんだよ。
黒夜は改めてリユウの身体能力の凄さを思い知った。
「まぁ犯人が分かれば後は何とかなりそうだ」
黒夜は少し考えた後、リユウにロープ状の物を用意させる。
そうして何かを耳元で囁くと、リユウの口角がゆるりと上がった。
「その案、採用なのだよ!」
「兄貴、いたぞ」
鎌を持った男がもう一人に居場所を知らせる。
指を指して見せた方向には黒夜が無防備な状態で立っていた。
ケガをして動けないからか、焦りを含んだ表情で辺りを見渡している。
「あんな奴にやられたなんて信じらんない」
羽扇を持った男は不満げに言いながらもその目は黒夜を睨んでいる。
「優しい兄ちゃんの事だ、騙されたのかもね」
男が羽扇を一振りすると強い風が吹き荒れる。
鎌を持った男は足場を踏みしめ叫んだ。
「なら一層許せねぇよな!!」
ギラリと光る鎌が黒夜の首を狙う。
慌てて反応するが鎌の先はすでに黒夜の首に触れている。
「兄ちゃんの仇!!!」
鎌の男がほくそ笑んだその瞬間。
「捕まえた」
「は?」
視界は反転し、いつの間にか床を向いていた。
黒夜が上から押さえつけ、身動きが取れない状態になる。
鎌は遠くに弾き飛ばされており、抵抗手段はなくなっていた。
「なんで」
鎌の男が捕まったのをみて羽扇の男は焦る。
先程まで対処出来ていなかったくせに、と黒夜を睨む。
しかしその表情はすぐに一変する。
黒夜は鎌の男しかみえていない。
今がチャンスとばかりに羽扇の男は飛び出した。
「弟から離れろ!」
鎌の男を助け出そうと黒夜に体当たりしようとする。
しかしそれも叶わなかった。
手足が凍り付き、重さによって勢いが殺され倒れこむような形になる。
気が付いたら羽扇の男も拘束されていたのだ。
黒夜が魔法を使う様子はなかった。
羽扇の男は冷静になると急に思い出す。
そういえば黒夜の隣にもう一人男がいた。
魔法の痕跡からしてもう一人にやられたのだ。
怒りに身を任せた事が仇になったか、と項垂れる。
力に自信のない二人は抵抗する気がないようだ。
「いやぁ、思ったより上手くいったのだよ」
リユウが影から顔を出す。
ブイサインをするリユウに黒夜は顔を引き攣らせた。
「お前が予想以上に魔法使えることに驚きを隠せねえ」
黒夜が立てた作戦では転ばせるだけで良かったのだ。
それを手足を凍らせるという荒業に変更したリユウ。
確かに魔法を使った方が確実に捕らえることができるだろう。
しかし難しさは跳ね上がる。
流石エルフは一味違うようだ。
今まで魔法を使ってこなかった人間をこんなに成長させることができるとは。
なんだか己の肉体一つでやってきたリユウを盗られたような気がした黒夜。
夜な夜なひっそりと枕を濡らしているのは秘密だ。
「足にケガを負わせたんなら、次は首か頭だ」
足元がお留守になるかもよ、と黒夜はロープを足が引っかかるように設置した。
更に黒夜自身が餌役としてロープを背にして立つ。
「猪突猛進タイプは周りが見えてねぇ事が多いからな」
リユウは万が一の時の為に近くの姿が見えない所に待機。
動物を罠にかける容量で二人を捕まえたのだ。
「そ、そんな単純なもんにやられるかよ!」
「実際引っ掛かってんじゃねぇか」
そう、これはただ足を引掛けて転ばせただけなのだ。
作戦、というにはお粗末なものだが、効果抜群だった。
しかし黒夜は相手が周りが見えず単純な罠に引っかかりやすい奴だと見抜いたから決行したのだ。
黒夜ばかりに攻撃をしていたのもあるが、路地裏に避難しただけなのに見失っていたのが決め手だ。
流石に頭が切れる相手にこんな事は絶対にしない。
それこそ自殺行為だろう。
相当恨まれてるな、なんて心当たりが無い黒夜は他人事のようだ。
ひとまず自分たちを襲った犯人を確認しようと二人のフードを取り上る。
二人は顔が似ており、髪型や口調が違う以外の違いが分からないほどそっくりだ。
黒夜はそんな二人を見てふと依頼人を思い出す。
ケガで分かりずらかったが、依頼人と同じような顔なのだ。
「で、なんで急に襲ってきたんだよ」
黒夜の質問に鎌の男が目を吊り上げる。
「お前から兄ちゃんの血の匂いがすンだよ!兄ちゃんに何しやがった!」
抵抗はしないが、威勢はいい。
チワワのような奴だ。
兄ちゃん、という言葉に黒夜は納得する。
恐らく依頼人の男の弟なのだろう。
他人の空似で済ませるには顔が似ているし。
何より血の匂いは付いていて当然だ。
彼の手当てをした時にべっとりとついてしまったのだから。
それが兄の血の匂いだと分かるかどうかは別の話だが。
「俺はお前らの兄さんに依頼されてここまで来たんだよ」
懐から邪気避けが入った袋を取り出す。
それを見て二人の顔色が変わった。
「それは兄ちゃんの」
羽扇の男が鼻をならして臭いをかぐ。
納得したのかそれ以上詮索する気はないようだ。
「中身見せろ!嘘じゃねぇだろうな!」
しかし鎌の男はまだ疑っているのか怒鳴り散らす。
はいはい、と袋を開いて見せてやるとようやく大人しくなった。
「兄ちゃんは無事か?」
少しの沈黙の後、鎌の男が睨みながら聞いてくる。
「あぁ。手当はしたから何とか大丈夫だろうよ」
黒夜は笑顔で答える。
実際酷いケガではあったが死に至るほどではなかった。
そこまで心配する必要はない。
その言葉に安心したのか鎌の男はため息を吐いた。
黒夜ももう敵意は無いと判断し、拘束を解いてやる事にした。
「ケガ、悪かったな。この薬やるよ」
鎌の男に渡されたのは小さな瓶に入った塗り薬。
独特な色だが危険な物ではなさそうだ。
早速傷に塗ってみる。
するとあっという間に痛みが引いていき、随分楽になった。
それを見て満足したのか二人は改めて自己紹介を始める。
「俺の名前はセッカイ。こっちは兄貴の」
「フウライだ」
黒夜の依頼人は一番上の兄で、名はヤクゼン。
三兄弟でこの辺りに住んでいるヒレシスという女性の護衛をしている。
ヤクゼンは丁度薬の調合の為に出かけていた所でトラブルにあったようだ。
だから黒夜に薬を運ぶように頼んだのだろう。
「ヒレシス様は邪気に弱い体質の方でな」
前まで住んでいた場所の邪気が濃く、更に酷くなってきた。
このままでは衰弱してしまう、と街はずれに移動してきたのだ。
魔法を使う人間が少ないほど邪気は薄くなっていく傾向にある。
生物が魔法を使うせいで邪気が生まれるのだ。
「俺たちは魔法を使わなくても戦えるから護衛に選ばれたんだ」
それを聞いてリユウは魔法を使ってしまった事を思い出した。
それを素直に謝ると二人は笑う。
「そんな一回使っただけじゃ変わんねーよ」
魔法は便利だが、使い続ければいずれ良くないことが起きる。
強大な力に代償は付き物なのだな、とリユウは反省した。
この世に利益ばかりの物なんて存在しないのだ。
「せっかくだしヒレシス様に会っていけば?迷惑かけちゃったし、その詫びも兼ねて」
フウライが羽扇を取り出し振りかざす。
すると先程よりも強い風が黒夜達の体を持ち上げた。
「ここから少し距離があるから、吹っ飛んで行った方が楽なんだ」
フウライの言葉を皮切りにある方向へと吹き飛ばされた。
風に乗り慣れている二人と違い黒夜達は初めての感覚に戸惑いを隠しきれない。
不安定で今にも落ちそうだが、地面との距離が縮まる事はない。
リユウは途中からジェットコースターのようなものだと楽しむことにした。
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