記録:5
酒場で飲んでいる人達を全員避難させるのは骨が折れた。
誰も話を聞かない上に寝始める者もいたのだ。
地下で大火事が起きている事も知らずに呑気なものだ。
駆けつけた騎士団によって火は鎮圧される。
大男の仲間以外に死人はいないようだ。
「助けてくれてありがとう、ランポさん」
騎士団に事情を話し、ケガを手当してもらっていたルマが傍にやってきた。
そこまで酷いケガではなかったのか、リユウの周りををそわそわと歩いている。
「無事で何よりだよ。さ、遅いし家に帰り給え」
そう言ってルマを帰らせようとするリユウ。
見返りを求めないのが彼らしい。
「じゃ、じゃあ家まで送って!お礼もしたいし」
ルマはリユウの手を掴む。
どうやら引っ張ってでも連れて行く気らしい。
「しかしだねぇ」
行く気がないのか、お礼をされるのがむず痒いのか。
ルマを傷つけないように控えめに抵抗するリユウ。
そんなリユウの肩に黒夜は呆れたように手を置いた。
「この子だけで帰らせるのは不安じゃねぇか?」
誘拐されたばっかりなんだしよ、と付け加える黒夜。
観念したのかリユウは力を抜いた。
ルマは嬉しそうにリユウと手をつないでいる。
大人しく着いていくと向かっている方向が少しおかしい事に気づく。
街からどんどん離れて森に入り始めたのだ。
獣道とまではいかないが、お世辞にも整備されているとは言えない道が続く。
魔物の気配も時々感じる。
日は暮れはじめ、禍々しい雰囲気に変化していく。
リユウが異世界に来た時とはまた違う雰囲気だ。
「着いた!ここが私の家だよ!」
いつの間にか目の前にはこじんまりとした家があった。
ルマに言われるまで存在に気づかなかったのだ。
目くらまし系統の魔術が使われているのだと直感的に感じる黒夜。
警戒しておいた方がよさそうだとルマから少し距離を置く。
リユウはルマに引かれるまま家の中に入ってしまった。
「ただいま~!」
家の中の電気はついたままだ。
他に誰かいるのだろうか。
その疑問はすぐに晴れた。
窓際で誰かが縫物をしているのが見えたのだ。
「遅かったわね、ルマ」
距離があるにもかかわらず、その声はしっかりと聞こえた。
女性の声なのだが、落ち着きがありどこか中世的にも聞こえる。
「お母さん!体の調子は平気なの?」
ルマが急いでその女に駆け寄る。
お母さんと呼ばれた彼女はゆっくりとこちらに振り返った。
「後ろの人間は誰?」
その目付きは鋭く、リユウ達を貫く。
固まっているリユウに代わって黒夜が前に出る。
「お初にお目にかかる。今日そこのお嬢さんと知り合った者だ」
所作は何処までも丁寧だが、その目は負けじと女性を睨み返している。
そのせいで睨み合いが発生してしまった。
「あのね、この二人は私を助けてくれたんだよ!」
ルマは二人の間に立ち、慌てて今日の出来事を話した。
途中から女性の目の色が変わり、ルマにケガがないか確認を始めた。
「勘違いだったようね。失礼したわ」
女性は何処からかティーセットを取り出した。
紅茶でいいわよね、と湯気を立てたティーポットを傾ける。
注がれたのは綺麗な赤みがかった紅茶。
芳醇な香りが部屋を包む。
「確かキッチンにお茶菓子かあったはずよ」
そう言ってルマに取りに行かせる。
その間に二人は傍にあったイスに招かれた。
素朴なイスは案外座り心地がいい。
「私の名前はルネ。娘を助けてくれた件、感謝するわ」
二人の前に差し出されるティーカップ。
飲め、という事なのだろう。
何処か高圧的なルネの態度に黒夜は青筋を立てる。
しかしそれを態度に出さない辺りはできた男だ。
「わざわざこんな所まで来たって事は、何か用でもあるのかしら」
カップを持ち上げ紅茶を飲むその姿はとても品がある。
何処かの貴族令嬢のようだ。
「用と言う程のものはないのだよ。ルマクンに招待してもらったのでね」
レディに誘われては断れないのだよ、と笑うリユウ。
黒夜が説得しなければ断っていた口が何を言うか。
そんな意味を込めて目線を送るがリユウは気づいていない。
キッチンから戻ってきたルマが茶菓子を並べる。
どれも高級なのだろう、とても綺麗なものばかりだ。
この世界は中世えヨーロッパ辺りの時代背景だと伺える。
しかし食事に関しては日本にも引けを取っていないようだ。
都合のいい世界だな、とリユウは少し呆れた。
「何かお礼をしたいの!なんでもいいから!」
ルマがリユウの隣に腰を掛ける。
リユウも懐かれたものだ。
「僕は見返りを求める為に助けたわけじゃないのだよ」
困ったように笑うリユウを見てルマはむくれる。
このお茶美味しいねぇ、ほら白露クンも飲んで。
なんて言って黒夜の方を見るリユウ。
話題を変えようと必死なようだ。
「人間、名はランポと言ったわね」
ルネがリユウを凝視する。
そんなルネを前にリユウはタジタジだ。
誤魔化すように紅茶を飲むのは日本人だからだろうか。
「綺麗ね。今時こんな人間がいるなんて驚きだわ」
ルネはリユウの頬に手を伸ばす。
手が触れる前に黒夜が叩き落したがルネは笑ったままだ。
「不用意に触ってんじゃねーよ。何をしでかすか分かったもんじゃねぇ」
そう言い睨む黒夜。
ルネはそんな黒夜を無視してリユウに笑いかける。
「今、困ってるんでしょう?助けてあげてもいいわよ」
リユウは驚いた。
何故困っている事を知っているのだろうか。
丁度いい、この人たちにこの世界の現状を教えてもらえたら。
しかし見返りを求めるなんて。
二つの思考がせめぎあう。
傍から見れば突然百面相を始めた変人だ。
リユウの思考が分かったのか黒夜が耳打ちをする。
「これは依頼料だと思え。俺たちが生活するのに必要な事なんだ」
まるで悪魔の囁きのように聞こえるそれはリユウの思考をまとめるのに十分だった。
「じゃあいくつか教えて欲しいことがあるのだよ」
待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべるルネ。
隣のルマも嬉しそうだ。
「言ってごらんなさい。知識には自信があるのよ」
真っすぐルネに向き直してから口を開くリユウ。
「この世界の現状が知りたいのだよ。色々事情があってね」
リユウは別世界から来たという事を隠しながら置かれている状況を説明する。
納得したのかルネは詳しく説明を始めた。
「今、世界的な戦争が再開してしまったのよ。魔族陣営と人類陣営としてね」
そのせいで不況が続き、生活が困窮している者も多いそうだ。
八百屋の男が店が潰れると言っていたのは戦争が関係しているからだろう。
「どうしてこの街の人達はその戦争について話してくれないのだね?」
世界的な戦争なら何処に諜報員がいるか分からない。
そうだとしても戦争をしている事くらいこの世界で暮らしていたら分かる事だ。
何もそこまで誤魔化さなくても良いだろう。
「戦争というより、魔族側から奇襲をかけられたみたいでね。民間人からの批判が絶えなかったの」
ルネは紅茶を一口飲み、続ける
「だから王が口封じの呪いをかけたのよ。戦争について何も話せないようにね」
本当に愚かだわ、と呆れているのか嘲笑する。
魔法というのは何処までも便利で、恐ろしい。
そのような手段を使う者が頂点なら人類側が劣勢なのも頷ける。
「じゃあなんでキミは話せるのだ?」
これは当然の疑問だろう。
人間が口に出来ないことを何故易々と話せるのか。
八百屋の男の誤魔化し様を見ると、話せばただじゃすまないのだろう。
ルネは驚いたのかキョトンとする。
「あらそんなの、私がエルフだからよ。気が付かなかったの?」
純粋で単純な質問が面白かったのかルネは笑いながら答えた。
あまりにもあっけらかんと告げられた真実に開いた口が塞がらないリユウ。
ここが異世界で、魔物と呼ばれる生き物がいることも分かっている。
しかしエルフまでいるなんて思わなかったのだ。
所詮人間が考えた空想の生物なのだと。
男のロマンが詰まった生物が目の前にいるなんて信じがたかった。
リユウはそういったものに疎いほうなのだが、それでもこの驚きようだ。
今まで人間だと思って接していたのが大きいのだろう。
黒夜も驚いてはいるが、リユウのリアクションに笑いが止まらなくなっていた。
いくら幼いエルフの耳でも少し形が違う。
そんなルマの耳を見て気が付かなかったのだろうか。
抑えていた笑い声が漏れ出す。
リユウに睨まれるが、そんなものでは止まらない。
「驚いてくれたようで嬉しいわ」
揶揄うようなその声でリユウはやっと正気に戻った。
照れて耳が赤くなっている。
閑話休題、と言わんばかりに咳ばらいをする。
黒夜の笑いもやっと収まった。
「まぁ人間の呪いなんて私からしたら子供の悪戯同然よ」
そう言って残った紅茶を飲み干す。
先程から妙に態度が大きかったのは基本的に人間を見下しているからなのだと察する。
リユウの中のエルフの像が音を立てて崩れていった。
「人間も魔族も私たちエルフに敵うはずないのよ。それなのに愚かな事ばかりして」
何だかルネに睨まれているような気がした黒夜。
悪かったな、と言わんばかりに思いきり睨み返した。
そんな黒夜を鼻で笑うルネ。
恥ずかしさで話を聞いていないリユウは一人お茶菓子を頬張っている。
「こらリユウ、何が入ってるか分からないものを食うなって何回も言ってるだろ」
ルネの事は一旦放っておいて、リユウが手に持っているお茶菓子を取り上げる。
もう食べているから手遅れかもしれないが、念のためだ。
「私の出した食べ物にケチつけるなんて、随分偉くなったものねぇ」
それが気に障ったのか視線がさらに鋭くなる。
黒夜も負けじと目を細めた。
「お前がエルフなら一層警戒しないとだろ。狡賢そうだからなぁ?」
再び火花が弾け始める。
これはしばらくかかりそうだとリユウはルマを連れて席を離れる事にした。
こっそりと家を抜け出し、再び街に戻る。
森にいてもやる事がないのだ。
せっかくなら現世にない店に入ってみようと少し歩く。
すると屈強な人が出入りしている店を見つけた。
「あの建物は一体なんだね?」
リユウの独り言に反応したルマが胸を張って説明を始める。
「あそこは冒険者ギルドだよ!魔物の退治依頼とかを管理したりするとこ!」
どうやら想像通りの場所らしい。
登録している者たちが懸賞金がかけられた犯罪者を連れて来ていたり
魔物の素材を売買している場所だ。
何かあるかも、と中を覗いてみることにした。
中は酒場と造りが似ており、違うのはカウンターの広さだ。
受付嬢なのだろう、制服に身を包み冒険者の相手をしている。
また今度白露クンを誘って登録に来よう。
ここなら生活費もなんとか稼ぐ事ができそうだ。
「助かったよルマクン。この先もなんとかなりそうだ」
キミと出会ったおかげだよ、とルマの頭を撫でる。
役に立てた事に満足したのかルマは満面の笑みだ。
「さて、そろそろ戻ろう」
ルマの手を引き引き返す。
何となく指名手配書が貼られた壁を見る。
そこに見覚えのある男の顔があった。
今日捕まえた男だ。
指名手配犯だと酒場で嘘を吐いたが、本当の事だったようだ。
そういえば大男の身柄を騎士団に引き渡した時。
「このお礼は後日、ギルドでお渡しします」
と言われた。
騎士団はどうやらリユウ達の事を懸賞金目当てだと勘違いしていたらしい。
懸賞金は周りのと比べるとかなり高そうだし、これは期待できる。
この事を黒夜に伝えるべく、リユウは急いで家に戻った。
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