記録:1
「異世界に行って調査して来いだぁ?」
なんの変哲もない、穏やかな日になるはずだった。
いつものように探偵の依頼をこなして、うまい飯を食って寝る。
最高に幸せな日常。
こんな依頼が来るまでは、だが。
「おいリユウ、いつまで寝てんだよ。飯が冷める」
ソファに寝そべる相棒を揺すって起こす。
いつまで経っても起きる気配がない。
「猫探しで疲れてる事くらい、察してくれてもいいと思うのだよ」
かぶっていた毛布を無理矢理剥ぎ取り、たたき起こす。
不満げに起き上がると頭には寝ぐせが付いており、何だか笑えてくる。
都内の一等地に建てられた少し豪華なマンションの一室を事務所に構える、藍本探偵事務所。
そこまで忙しいわけではないが、探偵一本で暮らしていけるくらいには儲かっている。
シンプルな内装に壁には依頼者の写真が飾ってある。
「実績は目に見えた方がいい」と作られたそのスペースは少し浮いて見える。
『昨日の行方不明者は三人。いずれも痕跡が無く捜査は難航している模様です』
原稿を読み上げる美人なニュースキャスターはいつもと変わらない笑顔だ。
「にしても、物騒な世の中なのだよ。怖くておちおち寝てられん」
そうは言うが、全く怖がっているようには見えない。
「そうだな。まぁお前は行方不明なんてなりそうにないから安心だ」
藍本探偵事務所で働いているのは二人。
一人はこの事務所の所長である、藍本リユウ。
ザ・探偵という格好をしている。
もう一人はその助手の黒夜白露。
シンプルなベストスーツを着ており、彼がこの事務所に来てから依頼が増え始めたようだ。
そんな彼らが受けてきた依頼はよくある浮気調査や人、猫探し、ストーカー調査など
警察に言う程の物でもないが困っている、そんな人を助ける仕事をしている。
ニュースを見ながら朝ごはんを食べていると、事務所の電話が鳴った。
「こちら藍本探偵事務所。依頼ですか?」
黒夜が定型文を言うと少し老いた男性の声が聞こえてくる。
「ある調査の依頼をしたいのだが、直接会って話せないか」
少し圧を感じる口調に違和感を持ったが、せっかくの依頼だ。
断るのはもったいない。
「分かりました。ではそちらに向かいますので住所をお願いします」
「あぁ、助かるよ」
住所を聞き終えるとさっさと切れてしまった。
態度はいけ好かないが、一応は依頼人になるのだ。
金をたんまり搾り取ってやろう。
なんて黒夜は企む。
「ほどほどにするのだよ?嫌われたら敵わんからね」
「分かってるよ。ほらさっさと行くぞ」
普段は頼りになる黒夜だが、こういうお金にがめつい所は不安だ。
リユウは重い腰を上げる。
腰に付けたポーチに探偵グッズを詰め込み、外で待つ黒夜を追いかけた。
メモした住所まで向かうとそこは豪華なホテルのようだった。
天井は高くシャンデリアまで飾り付けられている。
依頼人の部屋までエレベーターで上がる必要がありそうだ。
「随分と金持ちな依頼人だな」
「早く上ろうではないか!きっと景色が綺麗だ」
「分かったから落ち着け」
「よく来てくれたね」
言われた部屋に入ると、そこには我が国日本の総理大臣が座っていた。
テレビでよく見る彼は国民からの印象は良いように思える。
上手く立ち回っている器用な人物だ。
他にも何人かが向かい合うように座っている。
全員初老は迎えていそうだ。
おそらく重役なのだろう。
彼らの雰囲気のせいで空気が張り詰めている。
「さ、座り給え。立ったまま話すような内容ではないからな」
「…失礼します」
促されるままに座ったイスは相当いいものだ。
金持ちは金持ちであるワケが必ずある。
つまりこの依頼人たちは相当な立場の人間であり
下手なことはできないという事だ。
このイスふかふかだねぇ、なんて呑気な事は言えない。
下手な事するなよ、と黒夜がアイコンタクトを送るが、リユウはただ笑っているだけだ。
「さて、早速だが本題に入らせていただこう」
さぁ、金持ちの依頼はどんなものかな。
緊張と期待が入り混じった目で大臣を見つめる。
「キミたち二人は知っているかな、最近不自然な行方不明者が出始めていることを」
「あぁ、今朝ニュースでそれっぽい事やっていたよ」
大臣は懐から資料を取り出し二人に渡す。
そこには【今月の行方不明者一覧】と【今月の無国籍者一覧】が載っている。
「面白いことにピッタリなんだよ、人数がね」
表を指さして見せる大臣。
確かに数がぴったりと合う。
「今時無国籍ってこんなにいるのかい?」
「たまたまじゃねぇの」
二人の反応に少し笑いながら今月だけじゃないよ、と
さらに追加の資料を出す大臣。
およそ半年分はありそうだ。
「…ふむ、確かに偶然にしちゃ出来すぎているのだよ」
「流石に不自然だったからね、私たちである程度調べたんだ」
大臣は苦い顔で話を続ける。
黒夜は何となくだが嫌な予感がしてきていた。
「このリストに載っている無国籍の人たちに少し話を聞きに行ってもらったんだ。そしたら彼ら、口をそろえて面白いことを言い出してね」
次は懐からボイスレコーダーが出てくる。
大臣が慣れた手つきでボタンを押すと雑音交じりに音声が流れ始めた。
『お、俺たちはこことは違う世界から来たんだ!本当だよ、信じてくれ!』
『こっちに逃げてくるしかなかったのよ!あっちではいつ殺されるか分からないし…』
聞こえてきたのは夫婦であろう男女の焦っているような声だ。
殴られたのか男の方は滑舌が悪く聞き取りにくい。
『じゃあこの中で見たことのある奴はいるか?』
大臣の仲間の男の声と共に紙を取り出す音が入り込んでいる。
しばらく沈黙が続いたあと、男が声を上げる。
『こ、この人、見たことある。隣の女の人も』
『じゃあ二人の行方は知ってるのか?』
『…俺たちの代わりに、あっちの世界に行ってもらったんだよ…』
そう言った直後、殴られたのか鈍い音とうめき声が聞こえる。
女が泣きそうな声で「あなた、大丈夫!?」と騒ぎ始める。
しかし凄まれたのかすぐに静かになった。
『代わりにって、どういうことだ?お前らの言う“あっちの世界”ってのが危険な場所なら、お前らこの人たちを生贄にしたって言ってるようなもんだぞ!』
『ほ、本当に申し訳ない事をしたと思ってる!けど、俺たちは魔力を犠牲にこっちに来たんだ!』
『こんな状態であっちに戻されたら、私たち死んじゃうわ!』
その瞬間再び鈍い音が響く。
「何となく、分かっていただけたかな?」
この先は聞かせたくないのか、大臣が再生を中断してしまった。
ボイスレコーダーを仕舞いながら神妙な顔で話し出す。
「無国籍者が言うにはあっちの世界、まぁ分かりやすく“異世界”とでも名付けよう。そこから来た、と言い張るのだ」
「異世界の人達が何故現世の人間を生贄にするようなマネをしたのか、分かっているのかい?」
リユウは少し悩みながら質問をする。
ボイスレコーダーから聞こえた音声が嘘をついてるように思えなかったのだ。
殴られ脅されて出た嘘の設定にしては中々に興味をそそられるような内容だったというのもあるが。
「助かる為、としか」
「…なら行方不明者と異世界人にそれぞれ面識はあるのか?」
「そうだね、全員さっきと似たような反応だったよ」
つまり行方不明者は異世界人によって異世界へ連れて行かれた。
「そう推測できるね、白露クン!」
「あー、まぁ、そうだな。馬鹿馬鹿しいけどな」
藍本は大臣の言いたかったであろう事をどや顔で推理できたと自慢する。
いつもの事だ、と呆れる黒夜。
しかも今回は内容が内容で、頭が痛くなってくる。
「はぁ、つまりこれは誘拐犯たちが口裏合わせて異世界だのなんだ言って誤魔化してんだろ?」
「え、そうなのかい?」
思わずため息が出てしまう。
本気で異世界とか信じてんのか、コイツ。
そう思ったらさらに頭痛がしてくる。
今度頭痛薬を買い足さないと、と心のメモに書き足しておく。
しかし口裏を合わせたとなるとあまりにも人数が多い。
行方不明者はざっと二十人ほど。
こうも多いとどこかで矛盾してくるだろう。
「そして昨日、行方不明者が出る前に異世界人を捕らえることに成功した」
大臣の思わぬ言葉に黒夜は目を見開いた。
いつ、どこに現れるのか分からない異世界人を捕まえたというのか。
それに政府の人間がこんな話を信じていた事が信じられなかった。
「異世界人が現れた現場に不自然な扉が発見されてね。異世界に繋がっているそうなんだ」
「へぇ!ロマンチックなのだよ!」
「私も未だに信じられないね」
つまり今なら異世界に行ける。
大臣はそう言っているのだ
はしゃぐリユウを抑えつつ自分たちへの依頼内容を考える。
「おいまさか、俺たちに異世界に行けってんじゃねぇだろうな?」
黒夜は口元を引きつらせながら問う。
わざわざそんな話をするという事は、つまり。
生贄として選ばれてしまったのだ。
「話が早くて助かるよ。何も知らない民間人を行かせるわけにはいかないんでね」
大臣は笑いながら続ける。
「キミ達への依頼はこうだ。異世界に行き民間人が行方不明になってる原因を突き止め、解消すること」
以上だよ。と契約書を取り出し目の前に置く。
契約内容が事細かに書かれているが、読む気にはならない。
電話口で大まかな説明をせずに呼びつけて秘密事項を話した。
となると元から断るという選択肢がないという事だ。
無事に帰ってこれるか分からない依頼なんて、誰も受けないだろうから。
「ふざけるなよ!誰が受けるか!」
そんなこと分かっていても、黒夜は受ける気なんて毛頭ない。
リユウを異世界なんて場所に放り込んだら何が起きるか分かったもんじゃない。
これ以上幸せな日常を崩したくないのだ。
「一つ聞いていいかね」
「なんだい?」
黒夜の怒号が響いた後の静寂を切り裂いたのは以外にもリユウだった。
リユウはポーチからキセルを取り出し構える。
その行動に全く意味はないが、傍から見れば頭の良さそうな探偵に見える。
「異世界には魔法は存在するのかい?」
突飛な質問に大臣は拍子抜けする。
そんな質問今はどうだっていいのだから。
「魔法の概念が難しいけれど、無いとは言い切れないね。現に不思議な現象が起きているわけだし」
「ふむ」
キセルを仕舞い、今度はメモ帳を取り出す。
しかしペンの類は持っていない。
見かねた黒夜がポケットに入っていたボールペンを渡した。
使う素振りはない。
「あ、あともう一つ質問だ」
腰に手を当てポーズを決めながらボールペンで大臣を指す。
「じゃあ最初に一つとか言うなよ、カッコ付かねぇぞ」
腕を組み突っ込んむ黒夜。
どうも雰囲気が緩くなる。
リユウがあまり話さなかったのはこれが原因かもしれない。
大臣は依頼者がこの二人でいいのか少し不安になった。
「うむ、向こうの世界にカメラはあるのだろうか?」
「今聞くことか、それ!あるんじゃねぇの!」
投げやりに答える黒夜に目を輝かせる。
手帳を仕舞いながらエヘンと胸を張った。
「なら大丈夫なのだよ。依頼完了時に貰う写真は必須だからね!」
大臣の不安がさらに大きくなる。
そんな大臣とは裏腹にリユウは楽しそうに契約書を手に取った。
黒夜に貰ったボールペンで二人の名前を書き込む。
勝手にサインしたのを見て黒夜は眩暈がした。
受けるなんて一言も言ってないし、許可した覚えもないのに。
「よし、良いだろう。この依頼承った!」
今日一番の笑顔で契約書を掲げる。
「馬鹿野郎ー!!!」
汚い字で確かに書かれたサイン。
これでもう依頼を遂行するしかなくなってしまった。
どちらにせよ断れなかったのだ。
仕方ないと言えば仕方ない。
しかし命がかかっているのだ、依頼料はあり得ないほどふんだくってやる。
満足げな顔の大臣連中を見据えて黒夜はどす黒い笑みを浮かべた。
よければ評価よろしくお願いします!!