008.魔法適性測定(3)
冒険者ギルドは、シャリアンには支部が五つもある。
美羽は一応冒険者で、通い詰めのギルドがあるから、いつもそこで依頼を受ける。
「ぼくも冒険者になりたいけれど、どうすれば冒険者になるんだ?」
冒険者ギルドの出入りする冒険者の群れを見て、柚希はわくわくしながら弾みのある声で言った。
「十五歳以下の冒険者は、Dランク以上に昇格できない規定があるから、柚希の今の年齢では、冒険者になるのは推奨しませんよ。低ランク冒険者の受けられる依頼は、荷物の運搬、下水道や馬小屋のゴミ掃除など、報酬の低い重労働の依頼ばかりなのですわ」
なぜか美羽はいつも諦めさせるような口を利く。
それはネガティブな性格のせいではなく、ただ先輩として忠告しているだけだ。
「そうなのか? 冒険者と言ったら自由とか、一攫千金とか思わせるけれど、楽な仕事でもないというわけか」
柚希は少し落胆したように言った。
「柚希なら、もう少しのんびりしていいと思うのですわ」
「ふん~、分かった。じゃあ、今日は適性測定の一件だけにする」
「時間もあるし、町の散歩もするのです。ついでにシャリアンのあちこちを案内して差し上げますのです」
「じゃあ、ようやくぼくの魔法の才能も認められることだし、お祝いに、今夜は料理でも作ってあげようか。こう見ても、ぼくは結構料理がうまいぞ~」
「適性測定はまだやっていないのです。才能があるというのは早まった結論なのです!」
「何を言っている? ぼくは転移者だぞ! チート能力など転移者にとってはお約束のことなんじゃない。そんなことも知らんのかね美羽、まあ、すぐに分かるさ。きっと、すごい何かが目覚めるに違いない!」
柚希はこつこつとフラグを立てる。
「夢の見すぎなのですよ。ふむ、柚希みたいな凡人には相応しくもやりがちな夢なのですね。ほしいものがあれば、自分の努力次第で手に入れる方がいいじゃありませんか。過程も態度も重要ですよ」
そう言って、彼女は決めポーズをする。
彼女の決めポーズは、両手を後ろに組むことです。
淑やかで穏やかな姿勢で、その姿勢を語る時はつい敬語を使う傾向がある。
はにかむような表情でもなければ無表情でもない。今日会ったばかりの人の性格は、把握しにくいところもあるというか、その仕草だけでは、性格の垣間見どころか、どういう心情の表しなのかも分からない。
柚希はそこで自分の幼馴染のことを思い出した。
柚希の唯一の友達、異性の幼馴染。
二人は結構差があるんだなって思って、つい思い出してしまった。
「じゃあ、駆け引きでもする?」
リアクションとして、柚希も決めポーズをする。
ちなみに柚希の決めポーズは猫背だ。
その決めポーズをすると、ただ相手をなめているような姿勢になってしまうから柚希はあまりしない。
根暗な性格になり果てたように見えるその猫背は、猫というより、まったくゴリラのようである。
元々完全勝利の狙いだろう、柚希はにやっと笑って駆け引きの話を切り出した。自慢気な美羽の出鼻をくじくこともできるし、才能があることも測定で証明される。一石二鳥だ。
美羽は柚希のところへ歩くと、柚希の背中を叩く。
「猫背はやめなさいのです。メイド服姿に釣り合わないのです」
メイド服の方の心配か? ふん、笑えるのは今だけだぞ。
背中が叩かれて、柚希は「ぷはっ」と変な声を出されて、元の姿勢に戻った。
「なんだよ。ぼくの決めポーズに文句があんのか?」
「それは決めポーズなのです? 猿の真似だと思いましたわ」
「なんだってー!」
「猿みたいですっ」
「どうせお前みたいな可愛い決めポーズはできねえよ!」
「決めポーズを変えたら?」
「言うに事を欠いて……、そのポーズはぼくのすべてだ!! 変えたらぼくというキャラはこの世から消し去ってしまう!!」
「柚希なら、お腹を前に突き出して、仁王立ち姿の方が似合うかもしれませんよ」
「こうか」
ご主人様の命令を絶対守るメイドである。
「なんかものたりないのです。ちょっと拳を前に出してくださいのです」
「ふむふむ」
「そして中指だけを立て舌を出してください」
「しねえよ!」
「死ねとか言うのはやめてくださいのです。そう言われても私は死にはせん」
「死ねとか言っていないよ!」
「駄洒落と思ったのですが、違うのです?」
「そんな低レベルの駄洒落はしていねえ」
急に人を蔑むような姿勢をしろと言われたんだ。あれは絶対にやってはいけないやつ、アニメや漫画だったら絶対にモザイクをかけられるやつだ。
だから自分はしないと言っているだけだ。
「で? 駆け引きはどうするつもりなのです?」
美羽は話題を引き戻す。えっと、元はどういう話題何だっけ?
「まったく、駆け引きなら女の子にルールや罰ゲームを決めさせるのは礼儀だぞ。女の子って、結構やってはいけないことがいっぱいあるし、罰ゲームをする側になったら、フェアじゃなくなってしまうだよ」
例えるのなら、罰ゲームは坊主頭にするとか、男なら大丈夫だけれど、女の子だったら、そんな罰ゲームは命がけのゲームになってしまう。髪は女の命って言葉もあるし。
「女って鬱陶しい人間ばかりなのです」
「言っておくが、お前も一応女だな」
「一応ってなんなのです?! 端倪すべからざる女の子なのですよ! 可愛くてほかほかの女の子なのですっ!!」
ああもう、こいつもこいつで、結構面倒なところがあるよな。
「柚希はこの国にいてはいけない存在になってしまうのです。この国の法律では、女性を侮辱すると侮辱罪で逮捕されることになっているのです。死刑なのです」
「嘘だろ! まさかこの国の空気は無料ではなく有料なのか? 一口吸うだけで一〇円かかるとか?! 『一応』という表現を口にしただけで死刑だのって、女性は高貴すぎるだろう。この国の女たちの吐いた空気を男に吸わせてはいけないから全部有料になってしまう!」
こんな国だったら住民(男)は国外に逃げられてしまう。それなのに人間が多すぎる。街中だけでも通行人が多すぎて肩と肩がぶつかってしまう。
冗談に決まっているその女性侮辱罪の罪名は、あるかもしれないが、罰金はあるものの、死刑までにはならないはずだ。
何言っているこいつ、危うく信じてしまうじゃないか。
「でもこの国には、男女に関わる法律的な罪名は多いのですよ」
「多いって」
「例えば駆け落ち、例えば浮気による不倫、例えば婚前交渉など、日本にない罪は、この国には存在するのです」
日本に存在しない罪が、この国に存在する。しかも男女関係に厳しい罪ばかりだ。
「……そう言われても、よく分からないって」
柚希はまだ子供だから、そんな罪はあんまり詳しく知らない。
「じゃあ、駆け引きのルールを説明しますのです。よく聞いてくださいのです」
慎重を期して得た結果のようなものの言い方で、美羽はルールの説明をする。
駆け引きを駆け落ちと聞き間違えてしまった。なんということだ。
「適性測定は、私を驚かせるような結果が出たら、私はなんでもしますのです」
なんでもする、という罰ゲームが、女の子の口から聞こえるとは考えられない。
「なん、なんでも?」
「なんでもです」
美羽はもう一度言う。
「よっしゃー!」
柚希はすでに勝ち取ったかのようにはしゃぐ。
今日は人生最高の日か。
ならば今日は最高の日の記念日にしよう。
おっぱい……、いや、まずは全部脱がせようか。
えへへ……
いやちょっと待ってくれ! なんか変なロリコンオッサンの幽霊に取り憑かれたんだけど、気のせい?
十二歳だ。自分は十二歳だ。よし、落ち着こう、クールになれ柚希!
とりあえず深呼吸を……
「そんなにはしゃぐじゃないのです。もちろん正常な範囲内の要求よ」
美羽は付け足して言った。
倫理外の要求は受け付けないようだ。とはいえ、美羽に何をさせようか、柚希にはすぐに決められなかった。
今すぐ決めないと後になると面倒だとか、そんなこともないけど、罰ゲームのことばかり柚希は考えていた。
この勝負に自分が負けるわけがないという自信は一体どこから来たのかも分からないが、まあ、結論から言うと、柚希はまったく魔法の才能がないという現実を知るだけの流れになるが、「まったく」というのは、そういうレトリック的な意味合いを含ませた言葉ではなく、裏があるような大袈裟な言い方でもなく、
そのまんまの意味。
つまり、まったくない、ゼロ、という意味である。