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007.魔法適性測定(2)

「それなら、明日でも行くか? 今は夜だし……」

 冒険者ギルドという言葉を聞いたら、柚希も少しわくわくするけれど、今は夜だ。


「……明日の朝では、時間的には不都合なのです。今行く方がいいと思いますのです」

「いや、こんな時間に冒険者ギルドに行くのか? 外には化け物がいっぱいいるぞ」


「瑠楠王朝に冒険者ギルドは存在しないのです。だから、外国に行くのですわ」

「外国?」


 確かにギルドという組合は、中世ヨーロッパで発達した組合だとか、本で読んだことがある。


 日本文化圏のこの地域では、それがないと言われたら、それも納得できる。


「聖エリキス王国へ行くのです」

 聖エリキス王国。

 確かに、武器屋のおじさんから聞いたことがある。


「でもどうやって……」


 言わなければ何も分からない。

 徒歩で向かって行くのか? それとも……

 いや、まさか、転移の魔法?

 美羽はそんな魔法が使えるのか?


 そう思ている柚希だが、予想外れであった。


「何考えているのです? 空間転移の魔法はさすがにできませんわ」

「そ…そう……」

「まったくだから魔法の使えないやつは……」

 彼女は呆れ顔をする。「空間転移の術式が、どれだけ複雑だと思いますのです?」


「いや、分からないが……」

「柚希はフォルマ―の最終定理は知っていますか」

「それは知っている」

「それを解くくらいの複雑さですよ」

「……」


 フォルマ―の最終定理は、一見簡単そうで実際人間たちは解くにも350年もかけたのだ。

 魔法使いの美羽が、それくらい複雑な術式だと、そう言ったのなら、たぶんそうだろう。


 自分は魔法使いではないから、術式はどういうものなのか、まずそれも分からないし、口を挟むこともできない。


「異世界では魔法使いがたくさんいますのです、元の世界の数学者よりも多いのです。だから空間転移の術式も掌握している魔法使いが何人もいます。でも、莫大な魔力量が必要だから、私くらいの魔法使いを百人束にしても、空間転移が使えるほどの魔力量も集められないのですよ。瑠楠にできる人は、十人にも足していないのですわ」


 彼女の話では、大賢者レベルの魔法使いじゃなければ空間転移はできないそうだ。

 そう言われて、ますます行けそうもない気分だった。


「それなら、どうやって聖エリキス王国に行くのだ?」


 美羽は例の黄金製の鍵を取り出して、戸口のところの鍵穴に差し込むと、ドアを開く。


 まぶしい光が室内に流れ込む。


 なぜだろうか、夜なのに、外はまぶしい。


「ほら、外国です。時差があるから、今は朝の八時なのですよ」

 美羽は異空間の部屋を出る。

 逆光を浴びている彼女の後姿はすごく綺麗で、柚希は恍惚として彼女の後ろを追っていく。


 周りの景色を見ると、自分は今、外国にいることは、すぐに分かった。


 ヨーロッパ風の建築は、テレビでしか見たことがないのに、今はこうも普通に自分の目の前に広がる。


 いかにも外国っぽい街並みだった。

 瀟洒な古い基調の煉瓦造りの民家、狭くも精巧に作られた歩道、街灯も道しるべも看板も、道端に置かれるとまたそういう雰囲気にぴったりなもので、本当に外国なんだなあと、気が動転してしまう。


 まったくどういう仕組みなんだ?


 魂が抜けたように、メイド服姿を気にせずに外に出ると、後ろのドアが勝手に閉めた。

 そこには、誰も住んでいない朽ちた廃屋が一軒あった。


 美羽はぼうとしている柚希の手を取り、路地裏を抜けて、大通りへ出る。


 美羽は人々を避けながら、さらに中央区域に向かって歩く。


 当地の店は、店の主人が客寄せのため大声を出して、通行人を呼び止める。

 また、街の誰かの雑談の声が聞こえた。

 すべては外国語だった。


「Tivaco ävs bii kersuppe.」

「miscyia, tivacobanaii zenpi bii sutur.」

 酒場のところに、二人の酔漢が美羽に向かって、何かを言っているようだ。


「shopc mii amki cottolbana munn’p tivia kersuppe.」

 彼女は簡単にお辞儀をして、言った。


 何を言っているのか分からないが、彼女はすぐにその場を去っていく。


「み、美羽、待って……」

 足が速すぎる。

 身体の弱い柚希はもう息切れしてしまって、眩暈を覚える。


「なあ、先のは、何だったんだ?」

 急に黄金の鍵を取り出して、ドアに差し込んで開けたら、外国にいた。

 驚かれた柚希はその鍵のことを聞いた。


「先って? ああ、柚希が汚い排水溝に落ちて、汚い水をいっぱい飲んじゃったところですか? 水が臭すぎたせいで気絶してしまった貴方を私が救い、そしてその恩を返すために、一生私に仕えると、貴方がそう約束した、その話ですか?」

「違う! 大体そのありもしない記憶はどこから来たんだ! そんなにぼくを下僕にする既成事実がほしいのかお前!」

 もう突っ込みする気力も残っていないのに、その突っ込まれる気満々のその事実捏造は、もはや抗うこともできなくなり、突っ込みするしかない柚希は突っ込みをする。


「ああ、前世の記憶と間違っちゃった。転生者は面倒なもんですね」

「前世の記憶じゃねえだろう! お前は転生者じゃなく転移者だ!!」

 またもや突っ込みを入れた。


「えっと、ワープのことですか?」

「まあ、その鍵のことが聞きたいんだ」

「ふむ、いつか言ってあげるつもりですが……。それは空間系の道具よ。つまり、これです」


 彼女は紐で結ばれた鍵を胸から取り出した。

 黄金製の鍵、それは、彼女の言う空間系の道具。


「これは、『虚構のコンフィニー』と呼ばれるアーティファクト。鍵穴の付いているドアに使えば、そのドアは異空間につながるドアになるし、異空間の中に使えば、昔この鍵を使ったことのあるドアのところにワープすることもできるのです。アーティファクトは何って? それは昔の時代に、神々に造られた古代遺物のことですわ」

「古代遺物? つまり骨董品か?」

「骨董品じゃありません! これはマナがなくても発動できる便利な道具で、かなり貴重なアイテムですよ……、どれくらい貴重だといえば、正しい歴史記録の中では、神々に作られた古代遺物は、たったの八十六個しかないということですわ。それこそが一国を滅ぼすほどの力をひめているアイテムで、一般人には見せたくないものなのです。柚希なら特別に見せて上げますのですわ」


 美羽はそのものを柚希の前に出して、柚希に見せる。


 面白いものがあれば、友達に見せてあげるその子供の愛嬌っぷりは、何というか、見ていて心がほかほかになってしまう。

 目の前に出されたものは、一国を滅ぼすほどの力をひめているアイテムとか何だけれど、それを除いてはまあ、二人の子供の微笑ましいやり取りの光景であり、除かなければ、それも面白そうな光景だった。


「そんな貴重なものを美羽は持っているのか?!」

「ふっふっふ、持っているのですよ」

「まじか。なんかすごくないかこれ……、どこで盗んだかお前。まさか国家宝物庫で?!」


「聖エリキス王国の人は、異世界語を使っているのですよ」

「異世界語??……、えっと、待ってくれよ美羽! なんか話題がうまく逸らされていないか?」

 まさか、そのアーティファクトは本当に国家宝物庫から盗んだものじゃないよね。


「異世界では英語みたいなものですわ。多くの国に使われて、今では一番使う人数の多い言葉です。聖エリキス王国の言語だからエリキス語と呼ぶのです」

「エリキス語、か」

 国家宝物庫の一件は完全に逸らされた。


「柚希も習った方がいいのです。これからも使う場面が出るかもしれません」


 目抜き通りを歩く二人は、結構変な格好をしているといえなくもないが、道を歩く人々の身なりを見て、現代的な服を着ている人も多かったような気がする。


 メイド服を着させられた柚希は例外として、昔の紳士用の洋服を着用している人ももちろんいるが、現代風のシャツを着ている人もいる。


 美羽の着ている服は、同じ様式の服は二着もあるから、異世界で購入したのだと推測できる。


 現代の服が存在するという事実が、如実に異世界の文明を反映している。服だけではなく、生活用品もそうだ。


 少なくとも、この時代では、石鹸の製造技術を使って自慢するようなことはできない。


 小説に読んだことがあるけれど、異世界に入った転移者たちは、なぜか石鹸製造屋になりがちなのだ。

 石鹸を作って、そしてそのテクニックを異世界人に自慢する。なぜこうなってしまうのか、原因はまったく分からない。


 いや、お金のためくらいは分かる。

 分からないのは石鹸の製造法についてなぜ大勢の人が知っているということだ。

 まさか自分は流行に遅れているのではないかと思っている柚希は、確かに悩ましいのだが、しかし、最近では石鹸の製造法に飽きたのか、転移者たちは酒の製造法を披露するようになった。


 は?! 嘘だろう!


 まるでそれは自分の開発した技術みたいなやり口は、柚希にはどうしても好きになれないのだが、それ以前の問題だ。


 酒の製造法はそんなに普及しているのか? 柚希には酒がまだ飲めるような年齢ではないから、よく分からないけれど、そんなに簡単に作れるものではないくらいは分かる。

 いや、ここは酒の製造法ではなく料理の作り方にしないかね転移者たちよ。料理のできない人はいっぱいいるんだぞ、少なくとも美羽はできないのだが、まさか酒造りは料理よりも簡単とか言うのかね? 簡単すぎて料理ができなくても酒造りはできてしまう。それこそが人を馬鹿にするにもほどがあると言いたいくらいだ。


 しかしまあ、偶々そういう知識を持っているのなら、お金を稼ぐために現代のテクノロジーを駆使してものを作ってもいいと柚希は思う。

 というより、そんな不勉強な自分に悔しいくらいだ。

 石鹸の作り方も知らないし、酒の造り方も知らない。

 まったくそんなの、転移者失格ではないか。


 元の世界に戻ったら、他にすげえものの作り方でも、ネットで調べようか?


 聖エリキス王国の最大都市、シャリアンのとある街路を歩きながら、柚希の胸中に雑念が止まらない。


 美羽はどちらと言えばお喋り好きな女の子で、そうだとしても、冒険者ギルドもそこそこ遠いので、ずっと喋っては疲れてしまうから、歩いている時間の四割くらいは黙っている。それに柚希はあまり積極的な性格の人ではないので、それで彼女は気を遣ってあげたのだ。


 二十分くらい歩いて、冒険者ギルドのエリキス語の看板がようやく見えた。



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