005.鑑定(2)
鑑定される時の感覚を言うと、後頭部が少し熱いとか、それ以外に何も感じられないが、その熱さを具体的言うと、まるで記憶以外の何かが引き出されているような、何とも言えない複雑な感じだった。
気付くのが難しく、前もって説明してくれないと、知らず知らずのうちに鑑定されても、おかしくない話だ。
美羽の目の中には、光が見えた。
正確に言うと、瞳が発光している。
それは裸電球のようなまぶしい光ではなく、まるで月あかりのような柔らかい光で、妙に繊細感があって、なんだか落ち着く。
瞳の光は、彼女が魔法を使っている時だけ現れるものなのか、それは分からない。
術式生成完了。
美羽の目が正常に戻り、星空が静かな紺青色の海に変わった。
そして、柚希の視界の先には、半透明の四角い囲みが見えた。
「ええ? なんだこれ!」
あまりにも不思議な現象に、柚希は後ずさる。
囲みを視界から外れようと、柚希は頭を振う。
少しのずれが生じて、その囲みはしばらく視界の外に飛ばされていた。しかし一秒後、囲みがまた視界の内に入ってきた。
「これは……、すごい!」
「なのです!」
「感心したよ!」
「面白がっているのですね。ほら、ステータスを見るのです」
柚希はステータスの方に注意を向ける。
【名前:丘野柚希】
名前は、間違っていない。
それは母がつけた名前だった。
名前のせいで、勘違いされることや、バカにされることも多い。
どうしてそんな女の子みたいな名前を付けたのか。昔ではそれほど気にしていないが、今ではその理由が聞きたい。
でも両親は、何年も前にいなくなって、名前の意味は、柚希自分に含めて、知る人はもいなかった。
柚希は鑑定結果の次項を見る。
【性別:■性】
えっと……
は?
口をあんぐりとあけて、もう一度性別欄を見る。
【性別:■性】
それは、まるで何かの環境依存文字が、表示不能になって、こういう形にしか表れないというようになっている。
性別不明のようになっているけれど、柚希は男だ。
「魔法的なミスがあるじゃないか? ほら、性別は正しく表示されていないよ」
柚希はこの件について、まずは美羽に報告する。
「魔法のミスじゃありません! そんな初心者レベルのミスを私は犯すでも思うのです? 字面だけ判断すれば、つまり性別不明ですわ!」
「馬鹿言うなよ。どこをどう見てもぼくは男なのだぞ!」
柚希は怒っているような顔をして言う。
「鑑定術は相手の魔力の波動を読み取って、それを情報に変換するのです。外見からの判断ではありません」
「じゃあ、これはどういうことなんだよ? さすがに男でも女でもないってことはあり得ないだろう」
「もちろん言うまでもなく貴方は男なのですわ。鑑定術は急に判断できなくなっただけなのです。それは、貴方の魔力の波動が特殊過ぎるから……、たぶん、なのです」
「曖昧な言い方だな」
柚希はため息をつくと、考えるのをやめ、人種の鑑定結果を読む。
【人種:フロネシス人】
フロネシス人は、この世界では転生者や転移者を指す言葉だ。
確かに柚希はフロネシス人だ。
今度は正確に表示されている。
うん、大丈夫。
では次、よく使う異能。
異世界に入ってまだ一日目、柚希は天才でもなんでもないから、美羽が魔法を使ったところを見たことがあるからって、それで習得したというのはさすがにないはず。
これはさすがに、「無し」とか「不詳」とかになっているのだろう。
【よく使う異能:?uÓĽĘ?äĢŗÜaę?】
【よく使う異能:?uÓĽĘ?äĢŗÜaę?】
理解不能なので、二回も読んだ。
「……、なあ、美羽、これはやはり、何かの間違いではないか?」
いや、どう見てもミスだ。
彼女の鑑定術は、本当に大丈夫なのか?
「ふむ、どれどれ……」
美羽は鑑定術を展開して鑑定結果を見る。「ああ、それは私のミスなのです。そんな変な名前の異能はないでしょ、あははは~~、面白いミスなのです」
今度は自分のミスだと承認した。
「いや、先、あんな初心者レベルのミスは犯さないって言っているじゃないか?」
「言ったのです? 記憶にないのです」
彼女は精一杯しらばくれる。
「……」
「ミスをしない人はこの世には存在しないのですよ。これくらいの間違いは、私は一日何百回も犯しますのです」
「ミスが多くないかお前! わざとやらかしたんじゃないよな?!」
「もう一度鑑定しますのです」
美羽はもう一度鑑定術を使う。
今度こそ大丈夫だというように、ほら見てご覧と言った。
確かに人間は多かれ少なかれミスを犯すものだから、今回くらいは別にいいか。
柚希は再び鑑定結果を見る。
しかし、その鑑定結果は変わらなかった。
よく使う異能の名前は、やはり文字化けで表示されている。
そもそも柚希は異能を使ったこともないし、どうすれば使えるのか、それも分からない。
「あれ、おかしいな。ちょっと待ってくださいのです」
美羽も戸惑っている。
「ぼくに鑑定術を使ったことがあるじゃないか? なんで初めて見たみたいな反応をするんだ?」
「……確かに見ましたわよ。でも、あの時雨が降っちゃって、急いで雨宿りに部屋に駆け込んだから、最後までのチェックはやり損なったのですよ」
美羽は解釈する。
「つまり、これを見たのも初めてか?」
「そうね。そのように表示されているってことは、それは私の知らない異能ということになりますが……。私の編んだ術式だから、知らないものが表示されるわけがありません」
美羽は言った。
美羽の知らない異能は、表示できるわけがない。それも当たり前だ。
その鑑定術の仕組みもおよそ想像することができる。魔力の波動とか、相手の記憶を覗くとか、そういう方法で相手の情報を読み取るのだ。
しかし、それを文字に転換するとなると、やはり固定的な波動を文字に転換する。その波動が、知らない波動だったら、文字に転換することも不可能。正しい名称は術式の中に取り込んでいないからだ。
でも、柚希より長く異世界にいる美羽も知らない異能となると、かなりレアな異能ではないか。
「でも、特に習って習得したスキルでもないだろう。ということは、異世界転移ギフト的なやつなのか?」
「分かりません。まあ、貴方の言う通り魔法みたいな異能ではなく、ただのスキルかもしれませんね。無能力者なら、ちゃんと『無し』と表示されるはずなのですよ」
そこで対話は中断した。
手がかりなど一切なし。自分の能力だと言われても、何も分からないのだ。
元の世界でもできる異能だというのなら、それならまだ理解できる。だって、柚希はこの世界に入ってから、異能など使ったことがないはずだ。
◯
「ふむ、別件が入りました。私は元の世界に戻りますのです」
何の兆しもなく、美羽は申し込んだ。
「戻るって、え? 戻れるのか?」
美羽の話に、柚希は驚いた表情を見せる。
元の世界に戻れると言われたぞ、それ、本当なのか?!
元の世界にはまったく未練がない……、いや、友達、つまり幼馴染にお別れの言葉をまだ告げていないことを除いて、ほとんど未練がないから、戻れると言われてもそんなに戻りたくはない。
「ああ……、すぐに異世界に戻るからここで待ってくださいのです」
「いや、でも、ぼくはずっとこの世界にいたいんだ」
柚希は、自分の本音を言った。
「それはやめた方がいいのですわ」
彼女は居残りをやめさせようとした。
「何が問題でもあるのか?」
「転移されたのは魂だけなのです」
言葉の内容は、それは、転移の本質に関しての内容だった。
それは、柚希に言わなければならないことだから、彼女も早めに言っておきたい。
「それって」
「裏世界のと、表世界のと、フロネシス人は、身体が二つもあるのですよ」
異世界の身体と、元の世界の身体。二つの身体が一つの魂を共有していると、彼女は言った。
「じゃあ、元の世界のぼくの身体は、今どうなっているんだよ?」
「別に、ベッドに寝ているだけなのですよ。魂がないから意識はないが、寝ている場所は危険な場所じゃなければ、大丈夫なのです」
「……」
つまり、転移と言っても、普通の転移ではないってわけか。
「魂の転移なのです」
魂の転移、か。
「じゃあ、どうやったら意識が戻れるんだ?」
まさかメニュー画面を呼び出して、そこのログアウトボタンを押すじゃないよね。
「寝たら戻れるのです」
「寝る?」
その問答には、柚希はやはり少し頭が回らないようだ。
「すみません。改めて言います。フロネシス人はね、目を閉じて、180秒経過すれば、両方の世界を行き来することができるのです」
美羽はさりげなく言った。
あっさりと、さも簡単に。
目を閉じるだけで、異世界にも行けるし、元の世界にも戻れる。
いや、目を閉じて開けたら、世界が終末になったと言われた方が、まだ信憑性が高いではないか。宇宙人のミサイルが偶々自分の家の前に落下するかもしれないし、宇宙人などなんでもなく、今回は異世界だぞ……
「こうか?」
柚希は目を閉じる。
納得できないけれど、そう言われたから指示通りにするしかない。
「違うのです! 睡眠状態ですよ」
「……」
「横たわるのです」
「……じ、じゃあ、ぼくはソファーに寝るよ」
手順通りにやるそれは、ゲームのログインとログアウトみたいに理解すれば、慣れるのもすぐだ。
そして、柚希は異世界の方の身体を寝かせて、元の世界へ一旦戻る。
◯
元の世界に戻ったが、今は夜三時半。
夜三時半って、美羽は一体どういう用件で元の世界に戻ったんだ?
まさか宿題がまだやっていないことを思い出したんじゃないよね。
とはいえ、用事もないので、異世界に入るか。
朝になると授業もあるから学校に行かなければならないわけだが、今は夜三時半だぞ。
よし、寝よう。
そう思って柚希は目を閉じる。
時間を数える。
ちょうど180秒になった時、環境の温度が変わったのを感じた。
元の世界の身体を寝かせて、柚希はまた異世界に入った。