第9話 魔王軍の残党
ある日、マーヴィさん宛てに手紙が届いた。
「マーヴィさん、お手紙が届いてますよ」
「ありがとう、アウラ」
差し出した手紙を、微笑みながらマーヴィさんが受け取る。指が僅かにふれあい、それだけで胸の高鳴りが抑えられなくなる。
だけど相手は今やこの一帯を治める領主様。
かつての旅の仲間は、住む世界が違う人になってしまった。
本来なら私なんかがそばにいられる相手じゃない。私がこうしてマーヴィさんを手伝えるのは、彼がそれを望んでくれているからに他ならない。
(いつかは……マーヴィさんにも縁談が来るのかな)
どうしても勇者として華々しいダグの影に隠れてしまうけれど、彼も歴とした魔王討伐パーティーの一員だ。
最も危険な盾役を、見事にやりきった人。
マーヴィさんが何も言わないことをいいことに、ダグはいつも彼を前に立たせ、敵の攻撃を集中させたところで戦うという、自分にとって安全な方法をとっていた。
今思えば、不思議な力に守られていたダグが前に出るべきだったのに。
最近では、チェルシー地方を発展させたことで、注目を浴びているとも聞く。
将来のことを考えれば、どこかの貴族のお嬢さまと結婚し、自身の地位を確固たるものにしていく必要があるだろう。
そんなことを考えながら彼の様子を伺うと、先ほどの微笑みが険しさへと変わっていた。
「どうかしたのですか?」
「……魔王軍の残党が、帝都に進軍してきているらしい」
「‼︎」
魔王を倒したことで、その力と繋がっていた魔族や魔物の多くは、ともに消滅した。
残った魔族たちも、出来る限り私たちが討伐したはずだ。
だけどまだ生き残りがいたらしく、魔物の大軍を引き連れて攻めてきたのだという。
大変なことではある。
でも、マーヴィさんがここまで難しい顔をするような報告じゃないはず。
だって、
「魔王ならまだしも、相手は魔族なんですよね? ならダグに任せれば大丈夫じゃないですか?」
どれだけ大軍かは分からないけれど、勇者の力をもつ彼なら簡単に蹴散らせるはず。他を圧倒する攻撃力と技、そしてその身を守る不思議な力があるはずだから。
マーヴィさんは私の言葉に返答はしない代わりに、難しい顔をこちらに向けた。しばらくして、少し言いにくそうに口を開く。
「……ダグに未練はないのか? 実はまだ忘れられないという可能性は……」
「ありませんよ! ダグとのことは、彼がイリス姫を選び、私を捨てたことで終わったんです。あんな手紙まで貰って、好きでいられるほど馬鹿な女じゃないです!」
突然そんなことを問われ、答える口調がきつくなってしまう。
だって私が好きなのは、あなたなのに――
「分かった分かった! 嫌なことを思い出させてすまなかった」
「いいえ、いいんですが、何故そんなことを?」
「……魔王軍の残党討伐に俺も行こうと思うからだ」
「えっ?」
「俺の予想が正しければ……今のダグでは魔王軍の残党を討伐できない」
息を呑んだ。
まさかダグが倒せない敵がいるなんて、思いもよらなかったからだ。
だって彼は、女神に選ばれた勇者なのに。
考え込む私の肩に、マーヴィさんの手が触れた。温かく大きな手に、混乱していた思考が落ち着きを取り戻す。
「俺は今すぐ、ダグがいる防衛線に向かうつもりだ。あんたはこの村で待っててくれ」
「待ってください! それなら私も行きます‼︎ 私は戦えませんが、皆さんの支援ができますから!」
「でも……」
「何を迷ってるんですか、マーヴィさん! 忘れないでください。私だって、魔王討伐パーティの一人だったんですよ? それに――」
胸の前でぎゅっと強く手を握ると、彼の黒い瞳を真っ直ぐ見つめる。
「ダグの役には立てないだろうけど、あなたの役には立てます。そうでしょう?」
以前の私なら、こんな言葉、決して言えなかった。
あなたが、私に自信を持たせてくれたから……
マーヴィさんが目を丸くした。
だけどすぐさま、強い意志を感じさせる視線が返ってくる。
仲間として信頼する気持ちが――
「分かった。一緒に行こう。そしてまた俺を助けてくれ、アウラ」
「もちろんです!」
私たちは頷き合うと、すぐさま旅立つ準備を始めた。