魔竜物語
完結した話を初めて投稿しました。
読み切りですので、お時間の空いた時に見ていただければ。
父は嘘つきだ。
子供の頃、父の言う事を真に受けて馬鹿にされたり仲間外れにされた。
高校生になった今ならわかる。魔竜なんて存在しない。
父はいつも言っていた。
「お父さんは異世界で魔竜を倒したんだ。でも誰も信じちゃくれないから
他の人には言うんじゃないよ? 菜月とお父さんだけの秘密だ」
魔竜っていうのは悪いドラゴンで、口から火を吐き人々から財宝を巻き上げ
女性を攫う国王様でも逆らえないすごい奴。
桃太郎に出てくる鬼なんかよりずっと強いはずだって。
でも父が退治したらもう悪いことはやめるって謝った。
どうやって退治したのか聞いたら「剣と魔法」とざっくりした答え。
父は本当はすごく強いんだ。そうであってほしかった。
「魔竜には勝てても病気には勝てなかったかーっ」
病院のベッドでかすれた声で朗らかに笑う父の鼻や腕にはチューブが繋がれていた。
末期の癌なのだ。
「菜月に渡した腕時計はきちんと付けているか? ブランド物ではないが知り合いの時計師があらゆる厄災から菜月を守るよう様に願いを込めて作ったものだ」
こんな時までやめてほしい……。あらゆる厄災って何?
じゃあ今のこの状況は?防げなかったの?
それにどうみてもただの古びた腕時計。秒針すら無いシンプルな2針。
裏蓋には怖そうな竜の刻印。
どうせ人から見えないから使っているけど、さすがに窓から投げ捨てたくなってきた。
「お父さんはもうすぐ友人に会いに行けそうだ。菜月を残して逝くのは心残りだが
お前はしっかりした子だ。きっと全て上手くいく」
しっかりしてなんかいない。しっかりしていれば
どうしようもなく嘘つきな父との別れがこんなに悲しいはずはない。
上手くなんていかない。きっと何日も泣いてしまう。
その後どうすればいいのかわからない。
「……ごめんな」
心電図のグラフが徐々に弱くなっていくのがわかった。先生を呼ばなければ。
ナースコールを押せばいいのに、携帯で病院の番号をリダイヤルしていた。
私は本当にだめな子だ。
落ち着かなきゃいけないのに、なんで? 大事な時に何故上手く動けない?
ナースコールを押して何を言ったか自分でも覚えていない
とにかく先生と看護師さんが来てくれた。
泣きじゃくって、周りの状況も見えなくて
ただ父がいなくなってしまうことが怖かった。
しっかりなんてしてないからどこにも行かないでほしかった。
「私の力が足らずに申し訳ない……。お父さんに最期のお別れをお願いします」
悪くないのに先生は謝ってくれた。
他にも何か言われたが、頭には入ってこなかった。
それから叔母が来て私の世話をしてくれ
彼女の家から学校に通うことになった。
登校できる様になるまで1週間かかったが
父との別れはまだは引きずったままだ。
「なつ、大変だったね? 落ち着いたらまた一緒にどこかに行こう?」
一番の親友が気を遣って声をかけてくれたがうまい返しが見つかるはずもなく、私はただ頷いた。
「あー、俺もトラックにひかれて異世界に行って冒険してー!」
「チートスキルはやっぱ魔法か?」
何気ない男子の言葉に涙ぐむ。異世界とか魔法とはかしばらく聞きたくないワードだった。
「でかい声で馬鹿な話! 向こうでやりなさいよ!」
「お……おぅ」「ごめ……」
察してか親友が男子を遠ざけてくれた。
彼らからすればとばっちりもいいところなのだが素直に引き下がる辺りいい人なのだろう。
今日は授業をきちんと理解するよう努めてみよう。
何か目標が無いとここに来ることすら挫折しそうだから。
「なつ、一緒に帰ろう?」
親友の声にはっとなった。ここは学校だ。
授業を熱心に聞いたあまり疲れが出てぼーっとしていた。
帰り道、美味しいアイス屋さんがあるというのでそこに寄ることになった。
「今日は私のおごり。待ってて!」
親友がアイス屋さんに駆けていった。私は……。
――ああ、死ぬのか。
親友が離れた少し後、顔を上げるとトラックが車道から外れ真っすぐ私に向かってきていた。
今朝の男子の会話が反芻される。すごいスピードだし避けるのは無理だろう。
これにひかれれば異世界に行けるのだろうか?
それよりも……父に会えるだろうか?
ゴシャッと音がして私にあたる前にトラックは止まっていた。
何も無いところで。前面が大きくへこんでいるが、運転手は無事だろうか?
「なつ!大丈夫!? 怪我は? 怪我はない!?」
親友が狂った様に叫び声をあげていた。
大丈夫、音にびっくりして尻もちを着いただけだから。
そんな顔しないで? かわいい顔が台無しだよ?
障害物の無い所でトラックが大きく破損し停止したこの事件は大きなニュースになった。
超能力だとか、妖怪の仕業だとか、超常現象、宇宙人の実験などなど憶測は多岐にわたった。
でも私の興味はそこにはなく……。
「いやー、本当に不思議な現象ですね」
「ええ、一人の怪我人も出なかったのは奇跡としか言えません」
「運転手の方も意識を失ってはいましたが無事回復していますし
でも気になるのはトラックのこのへこみ方……何か生き物がぶつかった跡の様な」
「そうですね、インターネット上でも話題になっていて、ほらこの形ドラゴンみたいじゃないですか?」
ニュースキャスターが赤線でトラックのへこみをなぞった画像がお茶の間に映し出される。
「お父さんに退治された竜は良い竜になった……」
「よい竜はいつもお前を守ってくれている。お父さんがいなくてもだ」
「だからきっと上手くいく。菜月はお父さんの友達の加護があるからね」
父の言葉が蘇る。魔竜……ほんとにいたんだね。お父さん。
花が咲き乱れ、鳥が歌う。
月と太陽がにらめっこして勝った方が空に残る……そんな場所にて。
「友よ!さっそくヌシの娘に降りかかる厄災を退けたぞ!褒めてよいぞ?」
端正な顔立ちの銀髪の青年が屈託なく笑いかける。
「その調子で頼む。俺とお前の盟約だからな」
30半ばくらいの男性は言葉を返した。
「「魔竜、悔い改めるならこの後善行を積め。そしてまだ見ぬ我が子が生まれたなら加護を授けその子を生涯守ること。さすれば汝の命我が預かろう」」
2人は声を揃え、そして笑いあう。
「人間の分際で我に勝っちゃうからなー。でも病気には勝てなかったのなー」
「まあな、でも見ろ? 異界転移前全盛期の肉体だ。以前より戦えるかもしれん。やるか?」
ムキッと音がしそうな力こぶを見せて男性が答える。
「あー、我よい竜なんで喧嘩はパス。それよりなっちゃんに宝くじ3億くらい当てておく?」
「やめろ、堕落する。1千万くらいにしておけ」
2人はまた笑いあう。菜月の腕に収まる腕時計、竜の刻印もまた笑顔だった。
fin
文をあまり書いたことが無いので、こうした方が良い等あれば教えて頂けると嬉しいです。