09 悪魔の武器
「アンタを殺しにきたの」
「えっ? ――っごへ!?!?」
不意打ちだった。
セツナに腹を蹴り飛ばされた優真は、ごろごろと地面を転がる。
痛みに腹を抑えながら、優真は混乱する頭でセツナを見上げる。
「が……はぁ……な、なんで……」
意味が分からなかった。
何故突然蹴られたんだ。
そんなに怒らせるような事をしてしまったのか?
アンタを殺しにきたって……どういう意味だ?
思考がぐちゃぐちゃになっていると、セツナは虫けらを見るような冷たい眼差しを向けてくる。
「弱っわ。それでも悪魔のパートナーなの? 無警戒にも程があるわよ」
軽蔑するような表情に、氷のような凍てつく声音。
クラスの生徒達と仲良く話していた時とはまるで別人だった。
「突然……なんなんだよ。何でこんなことするんだ」
「あらやだ、まだ状況が理解できてないの? 頭も悪いみたいね」
「どういう意味だ」
「こういう事よ」
セツナは右手を上げる。
その右手から、バチバチと弾くような音が聞こえ、電気が放出されていた。
電気を纏うという超常現象を目にした優真は、ようやく察すると驚愕した。
「まさか……契約者!?」
「やっとわかったみたいね。これでアンタを殺す理由も分かったでしょ?」
転校生のセツナは悪魔の契約者。
それが事実ならば、彼女が優真を襲う理由も頷ける。
『魔王の儀』は勝ち残りのバトルロワイアル。自分以外の契約者は全員もれなく敵なのだ。
でも、だからって、まさか彼女が契約者だとは思ってもみなかった。
「さぁ、丸焦げにしてあげる!」
「――っ!?」
セツナは優真に手を向けると、その手から電撃が放出される。
真っ直ぐに飛来してくる電撃を、横にダッシュしてギリギリ回避した。
しかし、すぐに追撃がやってくる。それも一撃目よりも広範囲だ。
優真は逃げ切ることができず、電撃を浴びてしまう。
「うわぁぁああああああああああ!!」
絶叫を上げる。
身体が痺れ、炎で焼かれるような痛みが襲ってくる。
こんな痛み、今まで一度も味わったことがなかった。できれば味わいたくなどなかったが。
「はぁ……はぁ……」
「あら、意外と頑丈ね」
普通の人間ならば、雷に打たれたら一瞬で焼死しているだろう。
だが契約者である優真は身体能力が向上し、銃弾で撃ち抜かれても死ぬことはない。
その耐久力は霊力に比例し、霊力が高い優馬は耐久力も並外れていた。
「どうして悪魔の力を使わないの? 見せてみなさいよ、アンタの力を!!」
セツナは再び雷撃を放ってくる。
それに対し、優真は身体から闇を出現させた。
どろっとした不気味な闇は、電撃から守るように眼前を塞ぐ。
バチチと電撃が闇に衝突するも、突破されることはなかった。
(よかった……上手く使えた)
ほっと安堵する優真。
悪魔の力を使うのはこれで二度目だったが、無事に発動できて安心した。
「気持ち悪い能力ね」
ここでセツナは、初めて顔を歪ませる。
優真の近くでうねうねと動いている闇。中心には大きな目玉があり、そのビジュアルは不気味かつ不快。
視界に捉えているだけで吐き気を催すほどの見た目だ。
それだけではない。
あの闇から発せられる気配は、身体が震えてしまうほどの恐怖を与えてくる。
強気なセツナであっても、額から冷や汗が滲み出てしまうぐらい圧倒されていた。
「ならこれを受けてみなさい」
セツナは身体から電気を放出するが、その電気は二匹の鷹となる。
「一千万ボルト・飛鷹!!」
「――っ!?」
二匹の鷹は、甲高い鳴き声を上げなから不規則な動きで迫ってくる。
優真は闇を動かして前方に球状の膜を張った。
それにより一匹は防ぐことに成功したが、もう一匹は迂回して背後から襲ってきた。
「ぐあああああああああああああああああ!!!」
先程よりも威力が高い電撃を喰らい、悶絶する。
肌が焼かれ、意識が今にも飛びそうだった。立っていることはできず、優真は膝をついてしまう。
(痛い……痛いよ……何で僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ)
激痛に心が折れてしまう。
そんな情けない姿に、セツナは苛立たしそうに舌打ちを慣らした。
「ちっ、ほんっとにダメね。なんでこんなに弱いのかしら。力の使い方が全然なってない。折角強い力を持ってるのに宝の持ち腐れだわ。それに頭も弱いしね」
言いたい放題だが、優真は何も言い返すことができない。
「それに何で反撃してこないのよ。もしかして戦わないつもり?」
「……っ」
図星だった。
優真には攻撃する意志が見られない。それは相手がセツナだからだろう。
初めて戦った横峯の場合は、全く知らない相手だったし、明確な殺意を持って攻撃された。
だから、死にたくないという無意識の防衛本能に従って反撃することができたのだ。
だが、セツナは違う。
同じクラスの転校生で、しかも女の子だ。攻撃するのに躊躇ってしまう。
元々戦いに向いていない性格の優真が、同い年の女の子に攻撃を向けるのは躊躇してしまう。
「甘ったれが……ムカつくわね。いいわ、そんなに死にたいなら死になさい。三千万ボルト・輝虎!!」
今度は虎だった。
きっとさっきの鷹よりも威力は高いだろう。あれを喰らってしまえば、今度こそ焼け死んでしまう。
咆哮を上げながら突進してくる電撃の虎を前に、優真は覚悟を決める。
「いけ」
蠢く闇から、数本の触手が放たれた。
触手は雷の虎を捉えると、侵食し飲み込んでしまう。
それだけに終わらず、触手はそのままセツナに向かって伸びていく。
「やるわね、でもそんなノロマで捕まるアタシじゃないわよ!!」
セツナはその場から駆け回り、迫る触手を躱していく。
彼女の移動速度は凄まじく、人間が出せるスピードの範疇を越えていた。
動き回るセツナを目で追いかけるのが困難で、優真の触手は一向に届かない。
触手から逃げているセツナは、手首に付けてある黒いチェーン型のブレスレットを作動させる。
「鎖……?」
手ぶらのはずだったセツナの手には、黒い鎖があった。
どこからあんな鎖出てくるんだと疑問を抱くが、そんな場合ではない。
何故ならセツナが、こちらに向かって鎖を投げてきたからだ。
「――っ!?」
優真は咄嗟に闇の膜を張ってガードしようとしたが、真っすぐ飛んでいた鎖の軌道が、急に何度も折れ曲がり、側面から左腕を捕らわれてしまう。
「そーーれ!!」
「うわっ!?」
セツナが鎖を引っ張ると、優真も身体を引っ張られ空に吊り上げられてしまう。
今度は鎖を振り下ろし、優真は成す術なくコンクリートの地面に叩きつけられてしまった。
「がはっ!!」
「まだまだぁ!」
「がぁぁああああああああ!!」
背中に衝撃を受け悶絶している優真に、セツナは追撃を与える。
雷を鎖に伝えさせ、電撃を優真に浴びせた。
うつ伏せに倒れる優真から鎖を回収すると、セツナは納得のいかない表情を浮かべる。
「見掛けによらずタフね。普通の契約者だったら今ので死んでるわよ」
(も……もう死にそうだよ)
心の中で突っ込む優真。
自分としても、あれだけ滅多打ちにされて何故生きているのか理解できない。
恐らくは霊力が高いからだろうが、その分苦しむ時間が長くなるだけだから余り嬉しくはない。
セツナは冷めた眼差しで、虫のように這いつくばる優真に問いかける。
「それよりアンタ、なんで“魔装”を使わないのよ。アンタも持ってる筈でしょ? もしかして、この期に及んで手加減してんの?」
「ま……そう?」
聞いたことのない言葉に、疑問を浮かべる。
まそう……魔装か? セツナが使っている鎖が、魔装というのだろうか。
魔装の存在を知らない優真に、セツナは驚愕する。
「あっきれた、アンタ魔装も知らないの? 一体どうなってんのよ。魔装も知らないなんて、アンタの契約悪魔は何を考えてるのかしら。馬鹿なんじゃない?」
「……」
「持っている力を教えないなんてナンセンスよ。勝つ気がないのかしら、それとも――」
口を滑らしているが、優真にはもう届いていなかった。
――“馬鹿なんじゃない”。
その言葉を聞いた瞬間から、優真の感情が大きく揺らぐ。
ふつふつ、ざわざわと、胸の奥から言い知れぬ何かが込み上げてきた。
これはきっと、怒りだ。
どす黒い負の感情が、優真の心からドバっと押し寄せてくる。
「馬鹿に……するな」
「何? なにか言った?」
両手を地面につけ、傷だらけの身体をぐっと起き上がらせる。
セツナを睨みつけ、優真はもう一度告げた。
「僕の友達を、馬鹿にするな」
刹那、優真の身体から膨大な霊力が溢れ出す。
「――っ!?」
その霊力の高さに、セツナの肌が粟立った。
(何よ……この霊力は。いくら何でも高すぎでしょ!?)
突然膨れ上がった優真の霊力に戦慄を覚える。
身体が圧し潰されてしまうほどの重い圧力。
二倍どころの話じゃない。さっきよりも格段に上昇してる。
化物だ……これほど重苦しい霊力は、今まで感じたことがない。
「僕は何を言われたっていい。でも、僕の友達を……シキを馬鹿にするのだけは許さない」
「は、はん! 何いきなりキレてんのよ。馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ!」
「それ以上言うなら、僕は君を許さない」
「やれるもんならやってみなさいよ!!」
セツナは霊力を最大まで高める。
両手を上げて、雷を出現させる。雷の虎よりも激しい雷力が充填され、それを一気に解き放った。
「五千万ボルト・麒麟!!!」
それは角が生えた馬だった。
雷馬の身体からは常時放電され、足が着いている地面は焼け焦げている。圧倒的なまでの電力だった。
劈くような轟音を立てながら、雷の馬は一直線に駆ける。
迫りくる死の雷に対し、優真は右手を掲げて命令を下した。
「喰え」
その命令に従い、優真の側にいた闇が拡大する。
闇の中から三日月の口が出現し、がばぁと大きく開いた。ギザギザな歯が見え、その中にはどこまでも吸い込まれそうな深淵があった。
そして闇は、雷の馬を丸ごと飲み込んでしまったのだ。
「はぁぁああああああああああ!?!?」
大技をいとも簡単に消滅させられてしまったセツナは、顎が外れるほど吃驚する。
しかし彼女は驚いている場合じゃなかった。
闇から無数の触手が放たれ、セツナの手足を拘束し、宙に持ち上げる。
「ぐっ、離しなさいよ!!」
拘束から逃れようとするがビクともしない。
身動きが取れない彼女に、優真は攻撃する。
一本の触手の先端が鋭く尖ると、それをセツナに向けて放った。
「いやぁああああああ!!」
触手の先端がセツナの首元に突き刺さる――その寸前。
「そこまでだ、ユーマ」
「……シキ」
今まで姿を現さなかったシキが、優真の肩にそっと骨の手を添えたのだった。
本日夜にもう一話更新予定です!