08 科学の先生
「アタシはセツナ。セツナ・神代・アニストン。よろしくね」
転校生の少女――セツナが意気揚々と自己紹介をすると、クラスの生徒達は盛り上がってしまう。
「すげー!! マジで外国人だぁ!! めっちゃ金髪じゃん!!」
「可愛い……お人形さんみたい」
「日本語も上手だよね~」
彼女で目につくのは、やはり日本人離れした外見だろう。
ハーフツインというのだろうか。明るい金色の髪は二房に纏められ、腰もとまで伸びている。
パッチリとした大きな目は、瞳の色がサファイアブルーのように青い。
高い鼻に、すっきりとした輪郭の顔。白い肌には、一つもシミが見当たらなかった。
身長は優真と同じくらいの百六十前後だが、足がすらっと長かった。
まごうことなき美少女。
町中ですれ違えば、十人中八人は振り向いてしまうだろう。
美少女外人転校生に男子生徒はおろか、女子生徒も羨望の眼差しを送っていた。
(綺麗な子だな~)
それは優真とて同じ。彼だって年頃の男の子だ。
可愛い子がいたら見惚れたりもするだろう。
まぁ、だからといって関わろうとはしないのだが。
教室が騒めき立つ中、教師がパンパンと手を叩き鎮めようとする。
「は~い静かに~。神代は父親が日本人で、母親がアメリカ人のハーフなんだ。今まではアメリカに住んでいたんだが、一身上の都合によって日本に来ることになったらしい。
お前等、仲良くしてやってくれ」
「「は~~い!!」」
「それじゃあ神代は榊の隣の席に行ってくれ」
「はい」
「榊、神代が困っていたら助けてやってくれよ」
「えっ……あ、はぃ」
突然名指しされ、キョドってしまう優真。
まさか転校生の席が自分の隣の席だと思わなかった。
そういえばおかしいとは思っていたのだ。
教室に入ったら、隣の席に新しい机が置かれていた。変だとは思ったが、気にすることはなかった。
因みに優真の席は、窓側一番後ろというオイシイポジションである。
コツコツと歩いてきて、セツナは自分の椅子をガララと引く。
椅子に座ると、優真に振り向き、にこりと微笑みながらこう言ってきた。
「よろしく」
「え……ぁ」
美少女に挨拶され、優真はまともに返すこともできずキョドってしまう。
そしてふと気づくのだ。男性生徒達から、怒りの視線が針のように突き刺さってくるのを。
彼等はきっとこう思っているのだろう。
なんで根暗なんだよとか、羨ましいぜとか、調子に乗ってるなとか。中学生の男の子が考えてることは大体そのようなものだ。
(うぅ……別に僕は悪くないじゃないか)
「はっはっは、ユーマはクラスの人気者だね」
(笑いごとじゃないよ。はぁ……)
楽しそうなシキの物言いに、優真は胸中でため息を吐く。
美少女外国人転校生の隣の席。
これから大変になるだろうなぁと、優真はもう一度大きなため息を吐いたのだった。
◇◆◇
「ねぇ神代さん、私達と一緒にご飯食べよう!」
「ええ、いいわよ」
「おいおい、俺達だって神代さんの話を聞きたいんだけど」
「なによ、男子ってほんとに分かってないんだから。こういうのは普通女子に譲るものでしょ!」
「そーよそーよ!」
案の定大変なことになっていた。
転校生と話そうと、生徒達は次々とやってくる。
授業の合間にある小休憩では、男子も女子もひっきりなしに我先と声をかけてくるのだ。
大勢来るので、隣の優真も圧迫されてしまう。
なるべく邪魔にならないように、優真は机にうつ伏せにして寝たふりをしていた。
それでも、会話の内容は聞こえてくる。
アメリカで暮らしているセツナが日本語がペラペラなのは、どうやら父親から教わっていたからそうだ。
それと、神代は父親の苗字で、アニストンは母親のファミリーネームらしい。
他には、好きなものやボーイフレンドはいないのかとか、日本のアニメが好きでよく見ているだとか。
そして今は昼休みで、一緒にご飯を食べようと男子と女子が争っている。
こんなところでは静かにご飯が食べられないと、優真はひっそり立ち上がって教室から出た。
「ユーマはあの子と喋らないのかい?」
「まさか……僕みたいな奴が気軽に喋られる訳ないよ。彼女も嫌だろうし、僕も目立ちたくないし」
「ふ~ん、人間は色々と面倒なんだねぇ」
「面倒なんだよ」
シキと小声で話しながら、優真は階段を登っていく。
ポッケから鍵を取り出して開けようとするが、
「あれ……開いてる」
すでに鍵は開いていた。という事は、既に屋上に誰かがいるという事だ。
優真以外に屋上に来るといったら、きっとあの人しかいないだろう。
そう思い、優真は扉を開けて屋上にいた。
「お~不良少年、昼休みに屋上で飯とは、生意気な奴じゃねぇか」
「やっぱり佐久間先生だったんですね」
先客の予想は合っていたらしい。
優真が親し気に他人と話しているのが意外だったのか、シキが尋ねる。
「知り合いかい?」
(そうだよ。佐久間先生っていって、一年生の時の担任だったんだ。屋上の鍵を内緒で貸してくれたのも先生なんだよ)
「ほう、それはいい人だね」
佐久間 宗司。
優真が一年生の時の担任で、担当している教科は理科科学である。
ぼさぼさに伸びた髪。しまりのない怠そうな顔つきと丸眼鏡。
科学だからか、いつも白衣を纏っている。
性格は大雑把でのんびりや、とてもまともな教師とは言えない教師だ。
優真は一年生の時に、佐久間にお世話になっている。
というのも、彼は優真の境遇を知っており、いつも暗い顔をして一人ぽつんといるのをずっと気にしていた。
それである時、優真は佐久間に呼び出されたのだ。
『僕……なにかしましたか』
『別に何もしちゃいねーよ。ちょっと聞いてみたいことがあってな。お前、何で友達作ろうとしねーの? 話しかけるのが恐いとか?』
『いえ……そういうんじゃ……』
『どうやら言えないみたいだな。まっいいさ、別に友達が居ないことが悪って訳じゃねーしな。人と関わりたくないってんならそれでいいんじゃねぇか。でも、それじゃあ学校も楽しくねーだろ』
『……』
『そこでだ、ほらよ』
『えっと……これは?』
『屋上の鍵だ。お前に貸してやるから、好きな時に使え』
『で、でも……確か屋上って出入りが禁止されてましたよね。それに、こういうのっていいんですか?』
『つべこべ言わず貰っとけ。あそこから見える海は、結構良い眺めなんだぜ。それと、くれぐれもバレないようにしてくれよ。もしバレたら俺がクビになっちまうからよ』
『はい……ありがとうございます』
何故か佐久間は、屋上の鍵を貸してくれた。
いけない事だと分かっていても、優真は試しに屋上に行き、海を眺めた。
彼が言っていたように、屋上から見える海は綺麗だった。太陽が反射してキラキラと光る海も、夕日が水平線上に落ちていく淡い海も、どれも綺麗で目を奪われてしまった。
それ以来、放課後は屋上で時間を潰すようになる。
時々佐久間もいて、「好きな奴はいるか?」とか「もうエロ動画とか見てる?」とかセクハラ紛いのことや、他愛もない話をしたりしている。
きっと彼は、一人で暗くしている優真を気にかけてくれたのだろう。
担任の教師だからなのはあるだろうが、優真にとって佐久間の強引ではない接し方がとても居心地が良かった。
優真にとって佐久間は、この学校で唯一頼れる味方だったのだ。
「昼休みにも来て飯食ってんのか?」
「いえ、いつもは教室で食べてるんですけど……今日は転校生がいて。それでたまたま僕の隣の席になっちゃって」
「あーそういえば居たなぁ、榊のクラスだったのか。って結構オイシイ展開じゃねーかよ、転校生をダシにお前もクラスの奴と話せるんじゃねぇのか」
面白そうに笑いがら言う佐久間。
とても教師とは思えない発言だ。
「そんな事できませんよ……気まずいから、こうして屋上に来ているんです」
「へへ、そうだろうな」
そう言って、佐久間はタバコの火をつけて一服する。
「先生、学校は禁煙ですよ。それに子供の僕がいる前で吸うのは大人としてどうかと思うんですが」
「固いこと言うなよ。今の世の中気軽に吸えねぇんだ。後始末はちゃんとしてっから、許してくれや」
「はぁ……」
「とてもユニークな人間だね」
ユニークどころじゃないよ、ただの変人だよ、と頭の中でシキに返す。
優真はため息を吐きながらコンクリートの地べたに座り、自分で作った弁当を食べ始める。
すると、佐久間が話しかけてきた。
「最近どうよ」
すっごい投げやりで適当な聞き方だった。
「最近は……色々ありましたよ」
特に昨日。
悪魔のシキと出会い、契約して、命をかけた戦いをした。
その内容は詳しく言えないが。
優真の返事に、佐久間は少し驚いた表情を浮かべて、
「へぇ、そりゃよかった」
「なにがいいんですか」
「いつものように何もありませんでしたって言われると思ったんだけどな。色々あったって聞いて驚いちまった。色々あるっていうのは、良くも悪くもお前の人生に何かが起きたってことだ。
それって、結構重要なことなんだぜ」
そうなのだろうか。子供の自分には、今一よくわからない。
佐久間はタバコの吸い柄を携帯灰皿に仕舞うと、踵を返した。
「次は違う話が聞けることを期待してるぜ、少年」
◇◆◇
放課後。
優真は再び屋上に訪れていた。
転校生のセツナは放課後になると生徒達の取り合いになり、優真は逃げるようにやってきたのだ。
「結局、彼女とは一度も話さなかったね」
「いいんだよ別に、僕なんかと話しても楽しくないだろうし」
「そうかなぁ、私はユーマと話して楽しいけどね」
「えへへ」
嬉しいことを言ってくれる悪魔に、優真は頭をかく。
それから海を眺めながらシキと話している時だった。
――キイッ……と。
不意に、屋上の扉が開く。
その音にビクっと肩が跳ねる優真。
ここが使っていることがバレてしまうと焦りながら振り返ると、そこにいたのは――。
「か、神代さん……」
「あら、こんな所にいたのね」
屋上にやってきたのは、転校生のセツナだった。
何故彼女がこんなところに?
クラスの生徒達と話していたのではないのか?
困惑していると、カツカツと足音を鳴らしながらセツナはこちらに歩み寄ってくる。
「話し声が聞こえたけど、他にも誰かいるの?」
そう聞かれ、優真は慌ててこう答える。
「き、気のせいじゃない。そ、それよりどうしたの?」
目の前にまで近づいてきたセツナに尋ねると、彼女はにこりと可愛らしい笑顔を浮かべながら口を開いた。
「アンタを殺しにきたの」