06 二人でご飯
「ここがユーマの家かい? 素敵な家だね」
「僕の家っていうより、親戚の叔母さんの家なんです。身寄りの無い僕を、叔母さんが引き取ってくれたんだよ」
「へぇ、そうなのかい。優しい人なんだね」
「うん、とってもね」
優真が初めて他の契約者と戦い、無事初勝利を収めた後。
二人は優真が住んでいる家に帰宅していた。
海沿いにある、一階建ての一軒家。
周囲に他の家はなく、ぽつんと建っていた。
因みに、恐怖によって気絶してしまった横峯を屋上に放置する訳にもいかなかったので、シキがどこかに運んでいった。
運ぶ方法についても驚きものだ。シキがひょいと手を振ると、横峯の身体が宙に浮かぶ。まるで魔法みたいだが、それもシキが使える悪魔の力の一つらしい。
シキは横峯をどこかに運んだが、どこに運んだのか優真が知ることはなかった。
優真はカギを取り出し、開錠してから玄関のドアを開ける。
「ただいま……って、誰もいないんだけどね」
「あれ、叔母さんはいないのかい?」
不思議そうな声音で、シキが靴を脱いでいる優真に問いかける。
「うん。叔母さんはカメラマンっていって、写真を撮る仕事をしているんだけど、世界中を飛び回ってるからほとんど家にいないんだ」
「そうなんだ。それは寂しいね」
「寂しいけど、僕は一人の方がいいから」
そう言って、優真は寂しそうな顔を浮かべる。
優真にとっては一人の方が都合がいい。
彼の近くにいると、黒い化物――穢れによって、叔母である不和 夏美までもが、不幸に遭ってしまうから。
一人でいるのが寂しくないといえば嘘だけど、自分を引き取ってくれた優しい夏美に危害を加えたくはない。
「はぁ~~、疲れたぁ」
優真はリビングのソファーに身体を投げ出す。
思っていたよりも疲労がきていたようだ。
身体的にも、精神的にも。
それはそうだろう。
彼の人生は、今日で大きく変わってしまったのだから。
シキとの出会い。悪魔の契約。
パートナーとの命をかけた戦い。
摩訶不思議な驚きの連続で、中学生のキャパシティを大きく越えていたのだ。
「疲れただろう、大丈夫かい?」
「大丈夫……です」
「よく頑張ったね。ねぇユーマ、一つ聞いていいかな」
「なんですか……?」
「私の契約者になって、後悔していないかい? 恐かっただろう。他人から殺意を向けられるのは。これからもそんな戦いは続くけど、君は耐えられるかい?」
「……」
即答することはできなかった。
横峯から、誰かからあんな暴力を振るわれるのは初めてだった。
痛かったし、恐かったし、すぐに逃げ出しかった。今回は勝ったけれど、次の戦いで命を落とさないとは限らない。
これからもずっと、あんな恐い思いをするのは嫌だ。
嫌ではあるけど、後悔しているかは自分でも分からない。
少なくとも、初めて友達ができたのも確かだから。
優真は身体を起き上がらせ、シキを見上げて自分の気持ちを伝える。
「正直言うと、やめておけばよかったって思ってます。でも、シキと友達になれたことも僕は凄く嬉しくて、シキの為に戦いたいっていう気持ちも嘘じゃないです」
「そうかい……それを聞けて私も嬉しいよ」
「あ……あはは」
照臭いことを言ったなーと恥ずかしそうに頭を掻く優真に、シキはこう提案する。
「ねえユーマ、私に敬語を使わないでおくれよ。なんだか距離を感じてしまって寂しいんだよ」
およよと、涙を拭く仕草をするシキ。
え~と困った表情を浮かべる。相手は悪魔だし、恐らく自分よりずっと大人だと思うから言葉の使い方は気をつけていた。
「私達は契約した、対等な存在だろう? それに“友達”じゃないか。友達に畏まった話し方はしないだろう?」
「友達……そうで……そうだね。じゃあ、これからは普通に喋るよ。友達と喋るようにね」
「うんうん、是非そうしよう」
あははと嬉しそうに笑う人と悪魔。
すると不意に、優真のお腹からぐ~~と可愛い音が鳴る。
「あっ……いっぱい動いたからかな。お腹が空いちゃった。そういえば悪魔もお腹が空いたりするの?」
「そりゃ~空くよ。悪魔も人間と同じように食べてないと生きていけないからね」
「じゃあご飯作るから、一緒に食べようよ」
「えっ、ユーマは自分でご飯が作れるのかい?」
シキの疑問に、優真は「うん」と頷いた。
彼は実質の一人暮らしが長い。
という事は、家事全般は一人で行わなければならなかった。
掃除や洗濯に炊事。沢山できる訳ではないが、生活していく上で必要最低限の家事はできるようになっている。
それはご飯も一緒だ。
夏美には過分な生活費を貰っている。面倒臭ければコンビニ弁当や宅配にしてもいいのだが、優真はできるだけ自炊に拘った。
その理由としては、少しでもお金を使わないようにする事と、たまに帰ってくる夏美に手料理を振る舞うと、喜んでもらえるからだ。
優真はキッチンに立つと、調理を開始する。
その手際に、シキは感心した風に声をかけた。
「ほう、中々上手いじゃないか」
「ははは、そんなことないよ。それよりシキは、食べられないものとかある?」
「う~ん、私は特にないかなぁ。なんだって食べれるよ」
「それなら良かった」
悪魔にも好き嫌いとかあるかと思っていたが、シキにはないらしい。
安堵した優真は調理を続け、三十分ぐらいで完成した。
「おお、美味しそうだ。これはなんていう料理なんだい?」
「これはオムライスだよ。ご飯に卵を乗せた料理なんだ」
優真が作った料理は、オムライスとサラダだった。
お店に出るものと比べれば拙いが、中学生が作ったにしては上場の出来である。
食卓に座ると、優真は手を合わせる。
「いただきます」
「ユーマは何をしてるんだい?」
「えっと、なんていえばいいのかな。お祈りみたいなものだよ。食材や、作ってくれる人に感謝の気持ちを込めるんだ。まぁ、日本人しかやらないんだけどね」
「へぇ、面白いね。ならば私も、ユーマに習ってやってみようかな」
そう言って、シキは骨の手を合わせる。
「イタダキマス」
羊の悪魔が「いただきます」をしている光景がなんだかシュールで、優真は心の中でくすりと笑った。
シキはスプーンでオムライスを掬うと、大きな口に運ぶ。
「美味しい、美味しいよユーマ!」
「そ、そうかな?」
一口食べてから、パクパクと食べるシキを見て、優真の顔が綻ぶ。
自分が作った料理を美味しいと言ってくれるのが、とても嬉しかった。
そしてなにより……。
「どうしたんだい? 食べないのかい?」
「食べるよ。ただ、ちょっと楽しいなって思ってね。僕さ、いつも一人で食べるんだけど、凄く寂しかったんだ。でも、今日はシキが一緒に食べてくれるから、楽しいんだ。
誰かと一緒にご飯を食べるのって、こんなに楽しいんだね」
「ユーマ……」
子供の純粋な笑顔を浮かべる優真を見て、シキは胸が締め付けられてしまった。
同情、憐憫……いや、それとはちょっと違う。
シキはこの感情を言い表す言葉を持ち合わせていないが、それはきっと庇護欲に近いものだった。
「安心してくれ、ユーマ。これからは私が君とご飯を食べるから。なんていったって、ユーマと私は友達だからね」
「うん、ありがとう」
仲良くご飯を食べ終わった後、優真はシャワーを浴びる。
風呂に浸かるほどの元気はなかったので、軽く汗を流した。
シキはどうすると尋ねたら、本人曰く大丈夫らしい。
悪魔は風呂に入らないのだろうかと疑問を抱く優真だった。
ご飯を食べ、汗を流したら後はもう寝るだけ。
ユーマは自室に行くと、ついてきたシキに問いかける。
「シキはどこで寝たりするの?」
「私のことは気にしなくていいよ。基本的に寝ることはあまりないし、眠たくなったら一人で寝るからさ」
「そう? じゃあ悪いけど、先に寝ちゃうね。もう限界なんだ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
すーすーと、すぐに小さな寝息を立てる。
よっぽど疲れていたのだろう。十秒もしないうちに眠りについてしまった。
「今日は頑張ったからね」
シキは寝ている優真に近づき、優しく頭を撫でる。
「本当に凄かったよ。悪魔の力を、最初からあれほど使いこなせるとは思っていなかった。やはり私の目に狂いはなかったようだ」
優真と横峯が戦っているところを、シキは隠れてずっと見ていた。
そして心底驚いたのだ。
シキの力である闇を、完璧に使いこなしていたことを。
いや、完璧どころの騒ぎではない。優真の力は、シキの想像を遥かに越えていた。
優真から出てきた闇。
それはおぞましく、醜く、悪魔のシキでさえも一瞬だが震え上がるほどの恐怖を抱いた。
恐らく“あれ”が、優真だけが見えている穢れの姿なのだろう。
高い霊力だけでも申し分ないが、シキにとって優真の闇は大きな収穫だった。
やはりこの子は、素晴らしいものを持っている。
自分を魔王にしてくれるのは、優真しかいない。
「私と友達になってほしいと言ってきたのは、少々驚いたけどね」
あれには驚かされた。
普通の人間なら、願いを叶えられると聞いたらもっと欲を張るだろう。
だが優真は、悪魔のシキに友達になってほしいとお願いしてきたのだ。
変わった人間だが、それが優真の良い所でもあるのだろう。
「ありがとうユーマ。私の契約者になってくれて」
シキは期待する。優真の可能性に。
彼ならばきっと、過酷で困難な『魔王の儀』を乗り越え、自分を魔王にしてくれる。
そう、確信したのだった。




