05 良い教材
「おめでとうユーマ。この戦い、君の勝ちだ」
「シ、シキ……」
緊張が解け、荒い呼吸を繰り返す優真の側に忽然とシキが現れ、労いの言葉をかけてくる。
終わった……終わったんだ。
シキにそう言われ、優真は戦いが終わったことをようやく実感する。
その瞬間、身体にもの凄い疲労感がどっと押し寄せてきた。
「つ、疲れたぁ……」
「初めて悪魔の能力を使ったからね。最初は疲れるものさ。でもすぐに慣れるよ」
「そういうものなんだ……」
そういうもんなんだろう。
そこで優真は、泡を吹いて気絶している横峯を横目に、シキに問いかける。
「あの……この後、どうすればいいんですか?」
「殺せばその時点で終わりだけど、それは嫌だろう?」
「はい」
即答する。
人を殺すなんて優真は考えられなかった。
いくらこの男が悪い人間で、自分を痛めつけたとしても、殺したいとまでは思えない。
「なら、この男から魔石を探して壊すしかないね」
「そ……そうですね」
とはいっても、口から泡を吹いて漏らしている横峯の身体にできれば近寄りたくない。
そこを我慢して、横峯の身体を探すと、優真と同じように首からぶら下げていた。
「見つけたけど、これどうすればいいんですか?」
「闇を纏いながら握れば壊れるよ」
「うん、やってみる」
シキに言われた通り、優真は手から闇を溢れせる。
二度目の能力の行使だが、なんなく使えた。
不思議だ。なんで違和感なくこんな力を使えるのだろうか。
疑問をよそに、闇を纏った手でそのまま魔石を握り潰した。
「これでいいんですか?」
「うん。これでこの男は悪魔の力を失ったし、パートナーも解消された。おつかれ様、ユーマ」
「終わったんだ……はぁぁぁ、疲れたぁぁ」
戦いが終わったと告げられ、優真は地面にへたりこむ。
そんな契約者に優しい眼差しを向けながら、シキはペペラパに近づいた。
「あ……あなた様は……」
ペペラパは、シキが現れてからずっと脅えていた。
羊の悪魔を目にした時から、恐怖で身体を震わせていたのだ。
そんなペペラパに、シキはお礼を告げる。
「ありがとう、名も知らぬ小さな悪魔君」
「あなた様は……シキ様じゃないですか!? なんでシキ様がこんなところにいるんですか!? そんな強い気配は感じなかったのに!! あなた様だと知ってたら、オイラは戦おうなんて思わなかった!!」
酷く混乱しているペペラパに、シキは愉しそうに嗤う。
「そうだろうね。だから私は、敢えて力を抑えて弱い悪魔を演じていたんだよ。姿を見られたら逃げられると思ったから、すぐにその場から離れたしね」
「な、なんでわざわざそんな真似をしたんですか?」
「決まってるじゃないか。ユーマに契約者同士の戦いを学ばせるためだよ」
「ま、学ばせるため……?」
「そうだよ。私はね、実は君のことも把握していたんだよ。君みたいな弱い悪魔なら、ユーマの最初の戦い相手に打って付けだと思っていたんだ。
のこのこ倒されに来てくれてありがとう。君のお蔭で、ユーマは悪魔の力の使い方を覚え、パートナー同士の戦いを知り、痛みや恐怖を知ることができた。最高の授業だったよ」
おぞましく嗤うシキ。
彼は最初から横峯とペペラパの存在に気付いていた。気付いた上で、敢えて自分の力を抑えて弱者と思わせ、優真と戦わせる為に二人を釣ったのだ。
横峯とペペラパはまんまと餌に食い掛り、優真にとって良い教材となってもらった。
全て計画通りである。
自分が罠に嵌められていたと知ったペペラパは、大きなため息を吐いた。
「オイラも運が悪いなぁ。まさかシキ様に目をつけられるなんて。あーあ、折角人間界に降りたのにもう脱落かぁ」
そうぼやくペペラパの身体は、徐々に薄くなっていった。
契約者が敗北したことによって、魔界に強制送還されてしまうのだ。
「君の名前はなんていうんだい?」
「オイラはペペラパっていいます!!」
「ではペペラパ、ユーマの教材になってくれた褒美に、私が魔王になったあかつきには何かご褒美を上げるよ」
「ホントですか!? ラッキー!! 今言った言葉、ちゃんと覚えておいてく――
最後まで話す前に、ペペラパの身体は完全に消滅してしまった。
その光景を、優真も見ていた。シキが教えてくれていたが、あの悪魔は魔界に帰ってしまったんだろう。
自分の下に戻ってきたシキに、優真はこう尋ねる。
「何を話してたんですか?」
「分かれの挨拶をね。それより立てるかい? もう日が暮れてしまうよ」
「あっそうだ! 早く出ないと閉められちゃう!」
日が沈みかけ、あたりは暗闇に包まれようとしている。
シキはそっと手を差し出す。優真は一瞬キョトンとしたが、笑顔でその手を握った。
こうして、優真の契約者になってから初めての戦いは、勝利で幕を閉じたのだった。
◇◆◇
「へぇ……あれがメアリが熱を上げてるシキって悪魔ね」
「そうなのよ~~とっても素敵でしょ~~!!」
市立湘風中学校から遠く離れた高いビル。
その屋上に、一人の少女と悪魔がいた。
「それにしても、シキと契約してる奴はガキね。確かに霊力は高いみたいだけど、ずっとやられっぱなしだったし、ナヨナヨしてるし、なんであんなお子ちゃまをパートナーに選んだのかしら」
「さぁね~~、シキ様のことだから、何か深~いお考えがあるんでしょ」
少女と悪魔は、優真の戦いを最初から観察していた。
その戦いぶりを見て、少女は優真への評価を最低だと考えている。
あんな横峯に殴られ放題で、まともに反撃しないし、自分から戦おうともしなかった。
最後は悪魔の力を使って逆転したが、それは悪魔の力が優れているだけで、決して優真が強い訳ではない。
トドメを刺さなかったのも甘ちゃんだ。あんな甘ったれた性格では、この過酷な『魔王の儀』を勝ち残ることは到底不可能だろう。
「あ~、早くシキ様に会いたいわぁ」
「ダメよ」
瞳にハートを浮かばせ、身体をくねらせる悪魔にそう告げる少女。
「え~なんでよぉ、別にいいじゃな~い」
「この目で見定めなきゃ、アタシ達に相応しいかどうかをね」
シキに立ち上がらせてもらう優真を、少女は冷めた眼差しで見つめていたのだった。
本日夜にもう一話更新予定です!