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40 優真VSゴルド

 


「ここか……」


 銀次がオリバとヘアロと激しい戦闘を繰り広げている頃、優真は一人倉庫の前に立っていた。


 この大きな倉庫が、敵が指定した場所であり、きっとセツナがいるのだろう。

 そして、セツナを倒したであろう強大な敵が待ち構えている。


 緊張する優真は、ごくりと唾を飲み込んで大きく深呼吸する。

 覚悟を決めて、ガララと扉を開いた。


「……」


 倉庫の中は真っ暗闇で、優真は警戒しながら一歩踏み出して中に入る。

 すると突如、ライトが眩く照らされると、部屋の中が明るくなった。


「うっ……」


 眩しさに腕で顔を覆い隠す。

 目が慣れて室内を見渡すと、縄で椅子に縛られているセツナの姿を確認した。


「セツナ!!」


 彼女の身体は傷だらけで、今にも死んでしまいそうなほど衰弱している。

 助けなきゃと慌てて駆け寄ろうとした時、進行を阻むように上から火炎が降り注いできた。


「ぐっ!」


 足を止め、後退して火炎から遠ざかる。

 火炎が収まると、セツナの横に覆面を被った大柄な男が立っていた。


「よく来たじゃないか、Lucky boy」


「誰だ!?」


「私はジャック。ジャック・ザ・リッパーだよ」


「ジャック・ザ・リッパー……貴方がそうなのか」


 両手を広げて自己紹介する覆面の男――ゴルド・ベアボーンに驚愕する優真。

 目の前にいるあの男が、最近ニュースに流れた凶悪犯罪者であり、セツナの両親を殺した殺人者。


 対峙しているだけで身体が竦んでしまう。

 その身に宿る膨大な霊力と、怪しい外見から滲み出る禍々しい雰囲気。

 凄まじい存在感だ。


 今まで出会った事がない恐ろしい人間に、ドクンドクンンと心臓が早鐘を打つ。

 だが、臆してはいられない。

 セツナを助ける為にも、勇気を振り絞って恐怖を圧し潰した。


「セツナは無事なのか!?」


「まだ殺してはいないさ。これから始まるショーの為にも、彼女は生かしておいたのさ。ほら、起きてごらん。仲間が助けに来たよ」


 ゴルドはそう言うと、セツナの口を縛っている縄を解く。

 さらにナイフで肩を刺し、痛みによって強制的に起こされてしまった。


「ぁぁぁああ!!


「セツナぁああ!!」


「ぅ……ぁ……優……真? 何で……アンタが、いんのよ」


 目を覚ましたセツナが、瞼を半分開けて優真の姿を確認する。


 何故彼がここにいるのか。

 朦朧とする意識の中疑問を抱いていると、ゴルドはセツナの耳に顔を近づけて囁くように伝えた。


「彼はね、君を助ける為に駆けつけてくれたんだよ」


「ッ……何来てんのよ。これはアタシの復讐だって言ったじゃない……。アンタには関係ないんだから……さっさと逃げなさい」


「関っ係なくないよ!!」


「――っ!?」


 普段声を張らない優真が叫び声を上げたことで、セツナは目を見開く。

 彼の顔は、見た事もないほど怒りに染まっていた。


「セツナは僕の仲間で、友達じゃないか!! セツナは僕なんかどうでもいいと思っているかもしれないけど、僕は違う!!

 僕にとってセツナは、大切な人なんだよ。だから君が困っていたら力になりたい。関わるなって言われても関わりたい!!」


「優真……」


「セツナがなんと言おうと、僕は君を助ける。絶対に!!」


 優真はずっと、他人を関わらないように生きてきた。

 穢れのせいで、自分の近くにいる者を不幸にしてしまうから。

 それが辛くて嫌だから、ずっと一人で生きてきた。


 だけど今。

 優真は初めて、自分から誰かと関わりたいと口にした。

 それは優真が、人として大きく成長した瞬間でもある。


「はっはっは! 良い関係じゃないか、それでこそ壊しがいがあるってもんだよ。だけど君は彼女を助けられない。何故なら私に殺されるからだ。

 そしてボーイが苦しんで死ぬところを、君は何もできずただ見ているんだよ」


「この……野郎……」


「僕は死なない。貴方を倒して、セツナを助ける!!」


「やってみるがいい。絶望を味合わせてやろう」


 優真とゴルドが向かい合う。

 魔界に七人しかいない上級悪魔と契約したパートナー同士の死闘が、今始まろうとしていた。




「ヘル・フレイム」


「はぁあああ!!」


 ゴルドが右手を翳して火炎を放出し、優真が身体から闇を放出する。

 火炎と闇が中央で衝突するも、力が拮抗して爆発する。


「ほう、やるじゃないか。上級悪魔に選ばれただけの事はあるようだね。そら、もう一度だ」


「何度やったって同じだ!」


 ゴルドが再びヘル・フレイムを放つと、優真が闇を繰り出して迎撃する。

 先程と同じような結果になったが、爆煙の中から凄まじい勢いでゴルドが接近してくる。


「そら!」


「ぐっ」


 あっという間に距離を潰され、胴蹴りを打ち出してくる。

 腕を交差してギリギリ防御したが、ゴルドは怒涛の連打を繰り出してきた。


「ははは、少しはやるようだが彼女より洗練されている訳じゃないようだな!」


「ぐ……ぁ……」


 滅多打ちにされてしまう。

 ゴルドが放つ打撃は疾く重い。受ける度に身体に衝撃が走り、苦痛に顔を顰めてしまう。

 側頭部目掛けて放たれた回し蹴りを腕で防御したが、耐え切れず吹っ飛ばされてしまった。


「ヘル・ファイア」


 体勢を崩している優真に、ゴルドは間髪入れず五発の火球を放つ。

 回避は間に合わないと判断した優真は、咄嗟に闇の膜を展開して防いだ。


「ほらほら、これで終わりかい? もっと楽しませてくれよ!!」


「負けて……たまるかッ」


 愉しそうに火球を撃ち続けてくるゴルドに対し、優真は膜を展開したまま触手を生み出す。

 触手を操り、横からゴルドを薙ぎ払った。


「ちっ!」


 触手に身体を打ちつけられたゴルドは地面に倒れてしまう。

 火球の嵐が止んだことで、優真は畳みかけるように触手の数を増やした。


「ヘル・フレイムロンド!!」


 四方八方から迫り来る触手に対し、ゴルドは炎の鞭を創造して薙ぎ払い、端から端まで撃ち落としていく。


「はぁ……はぁ……」


「中々やるじゃないか」


 戦況は今のところ互角だが、優真の方が疲労している。

 それは仕方ないことだった。


 ゴルドと戦う前に、配下の三人と戦ってダメージを負ってしまった上に霊力も消耗してしまったからだ。

 連戦の優真に対し、ゴルドは最高の状態。

 最初からゴルドの方にアドバンテージがあった。


「良い契約者を選んだじゃないか、イフリート」


「だろ? 見つけるのに苦労したんだぜ」


 優真とゴルドの戦いを、契約悪魔であるシキとイフリートが室内の上空で観戦していた。

 お互い気軽に会話をしている事から、旧知の仲であると窺える。


「それに比べて、お前のパートナーはなんだか頼りねぇな。何であんなガキを選んだんだ?」


「ユーマは最高のパートナーだよ。私のパートナーは、彼しか考えられないね」


「さいですか。まぁ切れ者のシキがそう言うんだ、何かは良いもんは持ってるんだろうよ。それでも勝つのはゴルドだけどな」


「う~ん、どうだろねぇ。勝負は何が起こるか分からないからね。ただ、優真は彼の能力と相性が悪いと思う。それに、室内を明るくしたのも私の能力を少しでも抑える為だろ?」


「ちっ、バレてたか」


 シキが問うと、イフリートは舌を出して肩を竦める。


 優真の悪魔の力は闇。

 その能力は暗い場所だと、さらに力が増幅される。

 それを防ぐ為に、ゴルドとイフリートは倉庫の中をライトで明るくしたのだ。


 それに加え、ゴルドの能力は炎。

 炎は火であるが、光でもある。光は闇を照らすことから、優真との相性が良かった。

 二つの観点から、ゴルドの方が有利であることが分かる。


「おいシキ、あの“賭け”は覚えてるだろうな」


「ああ、勿論だとも」


「ならいい。楽しみにしてたんだぜ、いつも飄々としているいけ好かないお前に一泡吹かせるこの時をよ」


「まだ勝負は始まったばかりさ」


 肩で息をしている優真を見下ろしながら、シキは心の中でパートナーの勝利を祈る。


(私は信じているよ……ユーマ)



 ◇◆◇



「もっとだ、もっと君の苦しむ姿を見せてくれ。ヘル・フェニックス!!」


 ゴルドが右手を振るうと、黒炎の不死鳥が現れる。

 灼熱の不死鳥は鳴き声を上げながら、空気を焦がし優真へと驀進する。


「はぁぁああああああああ!!」


 優真は雄叫びを上げると、ありったけの闇を放出した。

 闇は広がって取り込もうとするが、不死鳥は喰らいながら突き抜ける。

 胴体は消し飛んだが、頭部が優真に襲い掛かった。


「ぅぁあああああああああああ!!!」


 灼熱の火炎が優真の身体を焼き尽くし、絶叫を上げる。

 身体が焼け焦げ、口から煙を吐き出す優真は力が抜けたように倒れてしまった。


「優真!!」


「ぐ……ぁ……」


「まだ息があるのか、随分とタフだね。それにしてもつまらないなぁ、もっと張り合いがあると思っていたのだけど。

 そうだ、こうしよう」


 何か閃いたといった仕草をすると、唐突にセツナに近付いた。

 ポケットからナイフを取り出し、セツナの胸を切り裂いた。


「ああああああああああ!!」


「や……めろ……」


「ほらほら、早く立たないと彼女が死んでしまうよ」


 セツナの悲鳴を聞き、優真の悔しそうな顔を見て悦に浸るゴルドは、さらにセツナの太ももにナイフを突き立て、ぐいっと捻る。


「ぁぁああああああああああああ!!」


「はっはっは!! いいぞ、その顔が見たかったんだ!! もっと私を、俺を愉しませてくれ!! 苦痛に満ちた顔を見せてくれよ!!」


「やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!」


 その瞬間、優真の霊力が尋常じゃないほど膨れ上がる。

 彼の怒りに呼応するかのように、身体から大量の闇が放出された。


「まだこんな霊力を隠し持っていたのか……」


 突如膨れ上がった優真の霊力に驚愕するゴルド。

 背筋を凍てつかせるような不気味さと、心臓を圧迫してくる膨大な霊力。

 霊力の量だけでいったら、自分よりも多いかもしれない。


 圧倒的なまでの霊力にゴルドが慄いていると、優真は立ち上がって敵を睥睨した。


「許さない……僕はお前を、絶対に許さない」


 怨嗟の声を漏らすと共に、大量の闇がゴルドに襲いかかる。

 ゴルドはヘル・フェニックスを放って迎え撃とうするが――、


「なんだと!?」


 不死鳥はいとも容易く闇に飲み込まれてしまう。

 さらに火炎を放って対応するが、闇はそれさえも飲み込んでゴルドを捕まえた。

 捉えたまま、壁や地面に何度も叩きつける。


「ぐぉぉおおおおおおおおおお!?!?!」


 凄まじい衝撃を喰らい絶叫を上げるゴルド。

 強く締め付けられてしまい身動きが出来ず、衝撃を受けているから能力を使用することも出来ない。


 何度も何度も叩きつけられ、最後に全身の骨を砕かれる程強く締め付けられる。

 闇から解放されたゴルドは、空中から放り投げられ地面に倒れた。


「はぁ……はぁ……やった」


 霊力を消費し過ぎて体力が切れた優真は、荒い呼吸を繰り返す。


 手応えはあった。

 散々身体を叩きつけた上に、最後には骨を粉々に砕いた。

 あの状態で動くことは不可能だろう。もしかしたら殺してしまったかもしれない。


 だけど、これでゴルドを倒せた。

 優真は安堵の息を溢しながらセツナに歩み寄ろうとしたが、セツナが必死な形相で声をかけてくる。


「まだよ!!」


「えっ?」


「く、くははははははははははは!!!」


「――ッ!?」


 セツナに呼び止められると、倒れていた筈のゴルドから哄笑が聞こえてくる。

 なんだ、何故急に笑っているんだと驚いていると、突然ゴルドの身体が炎に包まれた。


 何が起こっているんだと茫然としていると、骨が砕かれた筈のゴルドがゆっくりと立ち上がった。


「そんな……なんで……」


「ああー痛かったぜぇ、死ぬかと思ったわ。まさかあんな力を隠し持っていたとはな」


 手で頭を押さえて首をポキポキ鳴らすゴルド。

 指の一本すら動けない程の重傷だったのにも関わらず、平然としている様子に瞠目する。

 ゴルドはうざったそうに覆面を脱ぎ捨てると、凶悪な相貌を愉しそうに歪めた。


「勝ったと思ったか? バ~~カ!! 俺はなぁ、幾ら傷ついてもすぐに回復するんだよ!! この『不死鳥の涙』がある限りなぁ!!」


「そ……んな……」


 耳に着けているイヤリングを見せびらかすゴルドに、優真の顔が絶望に染まる。


 立てない程のダメージを与えたのに、それが一瞬で回復してしまった。

 今までの努力が水に泡に消えたことで、気持ちがへし折られてしまう。


 こちらはもう霊力を出し尽くし、打つ手がない。

 茫然としている優真に、ゴルドは両手を上げた。


「さぁ、愉しいショーもここまでだ。フィナーレといこうじゃねぇか!!」


 ゴルドは両手の指を交差すると、霊力を極限まで高める。

 そして、上級悪魔に与えられた特権である、第三の能力を発動した。


「【精神世界】“ジャック・ザ・リッパー”」」


「――っ!?」


 その瞬間、倉庫の室内が徐々に変化し、子供部屋へと変貌する。

 この空間はゴルドのトラウマを顕現した世界。

 彼が子供の頃からずっと、母親のストレスの捌け口に身体を切り裂かれ続けた自分の部屋だった。


「ここは……」


 倉庫にいた筈なのに、いきなり場違いな子供部屋に変化して戸惑う優真。

 そんな彼に、ゴルドはピエロのように深くお辞儀をした。


「俺の世界トラウマへようこそ。これからお前には、俺が味合った苦しみと痛みと絶望を味わって貰うぜ」


「どういう意味……ぐあああああああああああ!?!?」


 突如身体を切り刻まれ、悲鳴を上げる優真。

 ゴルドから直接攻撃を受けた訳ではないのに、何故刃物で斬られるような痛みが襲い掛かってくるのか。


 ゴルドの能力は炎ではなかったのか?

 能力以外の方法で考えられるとしたら魔界の道具による攻撃だが、ゴルドの道具は自身を回復する『不死鳥の涙』だ。

 攻撃するような道具ではない。


 ならいったいこれはなんなんだ、と優真が困惑していると、再び見えない凶器に身体を斬られてしまう。


(ぐぅぅぅ……何で、身体が動かないんだ!? )


 痛みに悶える優真。

 この状況からすぐに逃げ出したいのだが、身体が床に貼り付けられていて身動きが一切取れない。

 指一本すらまともに動かせなかった。


 それだけではなく、身体を斬りつけられる度に“外から悲しい感情”がとめどなく流れ込まれてくる。

 自分の感情ではなく、他人の感情のようなものが。


 痛い、悲しい、苦しい。

 自分の感情と他の感情が混ざり合い、優真は自分が何者であるか曖昧になってしまった。


「痛い……痛いよ! やめてよ! お願いだから、もうやめてよ!!」


「くはははは!! やめないさ!! 俺がママから受けた痛み、絶望、苦しみ、お前も全て味わいやがれ!!」


「うわぁぁあああああああああああああああああ!?!?!」


「優真ぁぁあああああああ!!」


 どれほど時が経っただろう?

 十分か、一時間か、一日か。


 もう時間の感覚が分からないほど、身体を斬りつけられた気がする。

 何度も何度もやめてと、許してくれと懇願したけれど、止まることはなかった。


 顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、身体中の至る所が斬りつけられ血が流れる。

 目は虚ろで、叫ぶすることするら叶わなかった。


「ぅ……ぁ」


「くははは、俺の勝ちだぁあああ!!」


「ゆ……優真ぁ……」


 ゴルドのトラウマを喰らい続けられた優真は、廃人と化してしまう。

 勝負あったとゴルドは哄笑し、優真が痛めつけられた一部始終をずっと目の前で見せ続けられたセツナは、自分の所為で彼がこうなってしまったんだと懺悔した。


(あれ……ここは……)


 そんな中、優真は夢を見ていた。

 ずっと優真を苦しみ続けていた、あの苦しい夢が。


『あんたなんか生まれて来なければよかったのに!!』


『苦しい……苦しいよお母さん……』


 優真の体質のせいで家族が崩壊した。

 父親は二人を置いて逃げ、母親は心を病んだ。

 苦しい生活に耐えられなかった母親は、狂った顔で優真の首を締め上げ殺そうとしてきたのだ。

 苦しくて、恐くて、けど優真はあの時。


 ――ああ、やっと楽になれると思った。


『ああ、ああ!! 私はなんてことを……』


『待って、お母さん、どこいくの? ねぇ!!』


『ごめんね、優真』


 母親は優真に謝って、ベランダから飛び降りて死んでしまったのだ。


 最低最悪な記憶が、今になって甦った瞬間。



 ――優真の身体から、黒い化物が蠢いた。



「な、なんだあれは!? まだ抵抗する力があったのか!?」


 勝利を確信していたゴルドだったが、死に体である優真の身体から“何か”が這い出るのを目にして驚愕する。

 その“何か”は次々に現れると、


『ぅぅ……』


『キヒ……キヒヒヒ』


『ぅぉぇ……』


『し……シ……死……』


「な……んだ……あれは……」


 優真から出てきた“何か”は、悍ましく、背筋が凍るような化物だった。


 形は大小様々だ。蟻のように小さい物もいれば、人と同じくらい大きい物もいる。ウネウネとした物や、まん丸な物もいる。

 全身が黒く、ドロっとしていて、大きな目玉がついてあり、視界に入れるだけで吐き気を催すような醜い化物。

 例えるなら、“肉塊”。


 それは優真の人生を狂わせ、苦しみ続けてきた元凶である呪い。

 それはシキ曰く、異世界の“穢れ”であった。


『『ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!!』』


「やめろ、何しやがる!?」


 穢れは甲高い哄笑を上げながら、ゴルドの世界を侵食していく。


「馬鹿な!? 精神世界が喰われているだと!? あのガキ何しやがったんだ……まさかあのガキも【精神世界トラウマ】を発動したってのか!?」


 戦いを観戦していたイフリートが、あり得ない事象を前に狼狽える。

 彼の疑念を、隣にいるシキは「違うよ」と一蹴した。


「なら、あれは何だってんだよ!?」


「あれは恐らく、異世界の穢れだよ」


「はぁ!? なんだそれ!?」


(ユーマの感情に穢れが暴走したのか? まさかここで出てくるとはね。イフリートのパートナーは一つ間違いを起こしたようだ。ユーマを追い詰め過ぎなければ、勝っていたのは君の方だったのに……これで勝負は決しただろう)


 シキとイフリートが会話している間も、穢れはゴルドの世界を喰らい続けていた。

 全て喰らい尽くすと、彼等の標的はゴルドに絞られる。


「ひ――ッ、く、来るな、来るんじゃねぇ!!」


『『アハハハハハハッ』』


 不気味な嗤い声を上げながら迫ってくる醜い化物に、ゴルドは火炎を放って追い払おうとするが、穢れには一切通用しない。

 そのままじりじりとと追い詰め、ゴルドの身体に取りついた。


「やめろ、離せ、離しやがれぇぇええええ!!」


『『キヒ、ケヒャ、アヒヒヒ』』


「ぎやぁぁあああああああああああああああああああ――――」


 ゴルドの叫びは穢れに飲み込まれ、身体をむさぼれてしまう。

 彼の精神が崩壊したところで、穢れは用が済んだと言わんばかりに放り出し、もう一人いるセツナに視線を向ける。


『ヒ……ヒヒ』


「やだ……やめて……」


 次は自分の番かと、恐怖に顔を青ざめるセツナに穢れが這い寄ろうとした――その時。


「や、めろ」


 満身創痍の身体で立ち上がった優真が、殺気を迸らせながら穢れを睨んでいた。


「セツナに……手を出すな。少しでも触れてみろ、絶対に許さないからな」


『『…………』』


 優真に言われた穢れは沈黙すると、言うことを聞いたかのようにすぅぅと消えていく。

 穢れを追い払った優真は、足を引きずらせながらセツナの下に歩み寄った。


「優……真……」


「はぁ……はぁ……セツナ……」


 優真はセツナの頬に優しく手を振れて、頼りない笑顔を浮かべた。


「ごめんね……助けに来るのが遅れちゃった。さぁ、家に帰ろう」


「ぅ……ぁ……ぁぁあああああああああああああああああああ!!」


 泣き叫ぶセツナの頭を、優真はそっと抱きしめる。


 こうして、彼等の長い戦いの幕は閉じたのであった。


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