04 初戦闘
「――っ!?」
突如後頭部に鈍痛が走り、衝撃によって倒れてしまう優真。
(痛い痛い痛い……なんだこれ、叩かれた!? なにに!?)
ジンジンと、後頭部に鈍痛が走る。
後ろから何かに殴られたような衝撃だった。
でも何に? どこから? 誰に?
ここは屋上だ。空から何かが降ってくるなんてありえない。
それに屋上にいるのは優真とシキだけの筈だ。
目の前に話していたシキが後ろから叩いたりできないし、シキがそんな真似をするとは到底思えない。
ならば、一体誰がやったのか?
混乱していると、背後に人の気配を感じ、誰かの声が聞こえてくる。
「へっ、ちょろいもんだぜ。なぁペペラパ」
「へへ、ちょろいちょろい!!」
(二人!? どうやってここに!?)
優真を襲ったのは、ヤクザの横峯と悪魔のペペラパだった。
横峯はペペラパの悪魔の力である蝙蝠の羽根で空を飛び、上空から拳銃で優真の頭を撃ち抜いたのだ。
「ぐっ……ぁ」
「おいおいどうなってんだよ!? まだ生きてんじゃねぇか!?
「生きてんじゃねぇか!?」
何が起きたのか理解できないが、優真は撃たれた頭を押さえながら起き上がる。
未だに彼が生きている事実に、横峯とペペラパは驚愕した。
優真は振り返り、横峯とペペラパを確認する。
(この人誰だろう……それと一緒にいるのは……悪魔?)
「冗談じゃねぇ、ドタマに鉛玉をぶち込んだんだ。何でそれで生きてやがる!?」
「生きてやがる!?」
(鉛玉って……拳銃!? 僕はあれで撃たれたのか!?)
横峯が手に持っている拳銃を目にし、ビビってしまう。
後頭部に受けた衝撃は、拳銃に撃たれたからなのか。
だとすると解せない。
何故自分は拳銃で頭を撃ち抜かれた筈なのに、未だに生きているんだ?
「へっ、まぁいいさ。掠っただけだったんだろうな。でもこの距離なら外さねぇ。悪いが死んでもらうぜ、ガキ」
「ひっ」
拳銃を向けられ、引き攣った声が出てしまう。
今すぐここから逃げなければならないのだが、恐怖で身体が竦んでしまい動けない。
それは仕方ないことだろう。
明確な殺意を向けられ、自分を殺せる凶器が目の前にあるんだ。
中学生の子供が、取り乱せずに対応できる訳がない。
「あばよ」
横峯は引き金を引き、銃弾が優真の眉間を捉える。
直撃した優真は死んでしまう――ことはなく、痛そうに銃弾が当たった部分を抑えた。
「痛い……」
「う、嘘だろ!? なんで死なねぇんだよ!?」
当たった。確実に当たった筈だ。
普通ならば血がぶち撒けられ死んでいる筈なのに、死んでいないどころか一滴も血が流れていない。
信じられない光景に、横峯はパニックに陥ってしまった。
それは優真も同じ。
眉間に撃たれた筈なのに、自分が生きていることが不思議だった。
凄く痛い事には変わりないが、風穴は空いていないし血も出ていない。
何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。
「クソが、さっさと死ねやガキが!!」
「ぁぐ!」
パンパンパンパンと、横峯は引き金を引き続ける。
しかし、撃ち尽くすまで放ったものの、優真が死ぬことはなかった。
(ど、どうなっているんだ? なんで僕は死なないんだ?)
『それはね、私と契約したことで身体能力が飛躍的に向上したからだよ』
(シ、シキッ!?)
狼狽えていると、直接脳内にシキの声が聞こえてくる。
そういえばいつの間にかシキの姿が見当たらない。
それに何で頭の中にシキの声が聞こえてくるんだろうか。
何が起きてるのか困惑していると、再び頭にシキの声が聞こえてくる。
『驚かせてごめんね。頭の中で話せるのは、悪魔が持つ力の一つなんだよ』
(へぇ……そんなことまでできるんだ)
『凄いだろう? と自慢したいけど、今はそんな場合じゃないね。さっきも言ったけど、悪魔と契約したユーマは身体能力が上がっているんだよ。特に霊力が高い君は、他の契約者よりも格段に向上している。
悪魔の力ではない拳銃なんかじゃ、君は死なないから安心して欲しい』
(スーパーマンみたいになっちゃったってことですか?)
『いい例えだね。そうさ、今のユーマはスーパーマンみたいな身体なんだ』
なるほど、と納得する優真。
銃を撃たれて死なないのは、シキと契約したことで身体が強くなったから。
それはそうだ。
普通の人間が、銃弾を浴びて傷一つつかないのはおかしな話だろう。
「くそが!? どうして効かねぇんだ!?」
「どうしてだ!?」
「まぁいい、だったら嬲り殺すまでだ。おらっ!!」
「がはっ!?」
銃撃に効果が一切なく苛ついた横峯は、優真に近づき腹をおもいっきし蹴り上げる。
まともに喰らってしまった優真は、苦痛により口から涎を垂らした。
(い、痛い……痛いよ)
痛い。あまりにも痛かった。
銃弾よりも、今の蹴りの方が数倍痛みが走った。
それは恐らく、自分と同じように横峯の身体能力も上がっているからだろう。
銃弾という凶器よりも、純粋な打撃の方が脅威なのだ。
そして優真は、これまで生きてきた中で、これほどの痛みを受けたことは一度もなかった。
喧嘩したこともない。言い争ったこともない。誰かに殴られたこともない。
だから彼は、敵意を向けられて殴られた時、どうすればいいのか分からなかった。
ただただ、恐怖に脅えるのみ。
仕方ないといえば仕方ない。
大の大人に殺意を向けられて、反撃できる中学生なんているだろうか。
「おら! おら! さっさと死ねやクソガキ!!」
「うっ……ぐっ……」
防衛本能だろうか。
優真は身を守るために、身体を丸くして兎に角耐えていた。
(痛い、痛いよ……どうして僕がこんな目に遭わなくちゃならないんだ。悪魔なんかと契約するんじゃなかった!! 助けてよ、シキ! 僕を助けてよ!!)
甘かった。考えが甘かった。
誰かと戦うというのが、こんなに恐くて痛いものであると想像できなかった。
この先楽しいことなんて一つもない。
だから死んだって別によかった。
そう思ったからシキのお願いをきいた。きいてしまった。
誰かに頼られるのが初めてで、それが凄く嬉しくて。
見栄を張って引き受けてしまった。
それが間違いだったんだ。
何も持ってない自分なんかが、まともに戦うなんて土台無理な話だったんだ。
死ぬのが恐い。誰かに殺意を向けられるのが恐い。
今すぐこの場から逃げ出したかった。
心の中で助けてと懇願する優真。
しかし、シキはいっこうに助けに来てくれない。
(どうして、どうして助けてくれないんだよ、シキ!!)
『ごめんねユーマ。私達悪魔は、契約者同士の戦いに直接関与することはできないんだ。私がユーマを助けてしまったら、その時点で失格になってしまうんだよ』
(そんなっ!? じゃあ僕はどうしたらいいんだよ!! このままじゃ死んじゃうよ!!)
シキが助けてくれないと知った優真は絶望してしまう。
そんな彼に、悪魔は立ち向かう術を教えた。
『いいかいユーマ。君は私の力を使えるんだ。悪魔の能力を使えるんだよ』
(シキの……力? それってどんな力なの!?)
『私の悪魔の力はね、“闇”だよ』
闇?
闇ってなんだ? 余りにも抽象的すぎないだろうか。
闇なんてどうやって使えばいいんだ。
『ユーマにとって、闇とはどんなものだい? どんなイメージがある?』
(暗くて……恐い……とか?)
『そう、闇とはそういうものだ。闇は暗く、黒く、恐怖そのもの。そしてユーマ、君が一番想像しやすい闇とはなんだい? この世界で一番、君が闇を見ているはずだよ』
(僕が一番、闇を見ている? あっ……)
はっと気づく。
知っている。
暗くて、黒くて、恐いものを自分は知っている。
物心ついた時からずっと、それに苦しめ続けられてきた。
優真にとっての闇とは、黒い化物だ。
黒い化物、シキは穢れと言っていた。
醜く、おぞましく、どろっとした、鳥肌が立ち、身の毛がよだつ、黒い化物。
そんな穢れこそ、優真にとっての闇。
ずっと身近にいた黒い化物が、優真にとっての闇だったのだ。
(僕にとっての闇は、穢れだ)
『そうだ。それを闇として心の中から溢れ出すんだ。君なら簡単に、闇を扱える筈だよ』
シキにそう言われた優真は、頭の中で想像する。
醜くおぞましくどろっとした、黒い化物の姿を。
「はぁ……はぁ……なんだこのガキ、やけにしぶてぇな」
「しぶてぇな!」
「まぁいい。なら今度は斬り刻んでやるよ。泣き叫ぶまでなぁ!!」
ずっと優真の身体を踏み続けていた横峯。
中坊のガキなら痛めつけていたらすぐに音を上げると思っていたが、存外にもしぶとい。
最初は痛めつけることを愉しんでいたが、やがて疲れてしまっていた。
遊びは終わりだ。
横峯はペペラパの悪魔の能力を使い、爪を長くする。この鋭い爪は、どんな刃物よりも鋭く切れ味抜群だろう。
今度こそこの爪で、悲鳴を上げさせてやる。
横峯は、長く鋭い爪を振り下ろした。
――刹那。
――黒い化物が蠢いた。
「なっ――!?」
振り下ろした筈の爪が、優真の身体に突き刺さる前に止められた。
その感触も気持ち悪い。ゼリーのような、泥のような、肉のような感触。
横峯が強い嫌悪感を抱いていると。
突如、優真の身体から黒いものが、ブクブクと溢れ出てくる。
「ひっ!?」
身の危険を感じた横峯は、本能に従って後退する。
どんどん闇が溢れていき、ぐねぐねとうねりながら大きくなっていく。
そして闇の中からパチリと、一つの目が見開いた。
「ひぃぃぃぃ!?!?」
悲鳴を上げる。
闇から生まれた目と視線が合った瞬間、横峯は今までに感じたことのない恐怖を抱いた。
おぞましい。醜い。気色悪い。
対峙しているだけで、吐き気を催すほどの気持ち悪さだ。
「なんだあれは……おいガキ、何をしたんだよぉ!?」
横峯が酷く混乱している中、優真は痛む身体を起き上がらせ、ゆっくり立ち上がる。
脅える横峯を睥睨し、右手を向けた。
すると、優真の身体から出ている闇が動き出す。
一部が触手のように伸び、凄まじい速度で飛んでいき、横峯の身体を吹っ飛ばした。
「がっっ!?」
「テッペイ!?」
闇の触手に突撃された横峯は、身体をくの字に曲げながら吹っ飛び、屋上フェンスに叩きつけられた。
「へぇ……“こうやって使うのか”」
優真は右手を開いたり閉じたりして、力の使い方を実感する。
初めて悪魔の力を使ってみたが、自分の手足のように扱えた。
まるで、最初から使い方を知っているかのように。
「痛ってぇ……なんなんだよあれ……クソがっ」
「テッペイ、大丈夫か?」
「舐めんじゃねぇよ。この程度で俺様がやられるかって。でも驚いたぜ、あのガキがこんな強い力を使えるなんてな」
「うん、オイラもそう思うよ。多分今のテッペイじゃ、あいつには敵わないよ」
「そうだな。それは俺もよっくわかるぜ。“あれ”はやべぇ……今までやべぇと思ったことは腐るほどあるが、今回はその比じゃねぇわ。逃げるぞペペラパ、別にいいよな?」
「うん! 逃げよう!」
狡猾な横峯は、自分が生きるためならなんだってする。
中学生相手に尻尾撒いて逃げるのは癪だが、引き際を間違えてはいけない。
ペペラパの力で蝙蝠の羽根を生やした横峯は、空に飛んで逃げようとした。
「逃がさないよ」
優真は右手を掲げる。
闇から幾つもの触手が放出され、飛んで逃げようとする横峯の手足を捉えた。
「なに!? は、離しやがれ!!」
「落ちろ」
優真は掲げていた右手を下ろす。
触手に引っ張られ、空中にいた横峯はコンクリートに叩きつけられた。
「おごっ!!」
「テッペイーー!!」
コツコツと、優真は横峯に向かって歩いていく。
その足音がまるで死音のようで、横峯で泣き叫んだ。
「く、来るなーー!! 来ないでくれぇぇ!!」
「……」
「ひぃっ!?」
触手で身動きを封じている横峯を、優真は無表情で見下ろす。
彼の目と、彼の後ろにある不気味な目玉に見つめられた横峯は、恐怖によって漏らしてしまった。
そんな彼に向かって、優真は手を向ける。
「ひぃぃぃぃ――……」
余りの恐怖に、横峯はそのまま気絶してしまった。
優真は手を引っ込めると、闇もまた優真の身体に戻っていく。
「はぁ……はぁ……」
荒い呼吸を繰り返す優真の側に、忽然とシキが現れる。
そして悪魔は、にっこり笑ってこう告げた。
「おめでとうユーマ。この戦い、君の勝ちだ」




