38 ゴルド配下との戦い
「ここ……だよね」
「そうじゃないかな」
優真とシキは、東京湾が見える埠頭に訪れていた。
敵が指定した場所が東京の埠頭であった為、二人は電車とバスを乗り継いで急ぎ向かう。
なんとかギリギリ、指定された時間までに辿り着けた。
辺りは真っ暗。
視界に移るのはコンテナだらけで、人の影は見当たらない。
本当にこんな場所にセツナがいるのだろうか……。
もうここは敵の本拠地。
いつ襲ってきてもおかしくはない。
優真が落ち着きなさげにキョロキョロしていると、シキが険しい声音で呟いた。
「どうやら来たみたいだね」
「おいおい、どんな奴が来るのかと思ってたら、小せえガキ一人じゃねぇかよ」
「――ッ!?」
背後から女の声が聞こえ、優真は慌てて振り返る。
見上げれば、コンテナの上に三人の人間と、三体の悪魔がいた。
「ガキが相手とはな」
「油断するなよ、契約者の強さは見た目ではない」
三人の内の一人目は、ヘアロ・デービス。
アメリカ人の二十五歳。
ノッポな外見に、地面に付くまで髪が長いのが特徴な男だ。
契約悪魔は中級悪魔のカミノバ。
サッカーボール程の毛むくじゃら物体に、真ん中に目玉が二つついている。
固有能力は毛を操る力。
自身の思うがままに毛を操れ、毛を硬質化したり刃物のように鋭利化することができる。
強度は契約者の霊力に付随する。
魔界から持ってきた道具は『ハサミギロチン』。
カミノバ自身が使っている武器で、大きな鋏の形をしている。
その能力は、万物を切り裂くことができる。炎や水など、物体でないものも切り裂ける。
能力の効果や範囲は、契約者の霊力に付随する。
「なんだいなんだい! もっと歯応えがありそうな奴が来ると思ってたのによ、蓋を開けてみれば小せぇガキじゃないかい!
これじゃあやる気が出ないってもんだよ」
「全くだな。なんて華奢な肉体だ、見るに堪えん」
三人の内の二人目は、オリバー・フット。
アフリカ系アメリカ人の二十二歳。
浅黒い肌に、ベリーショートな黒髪で、勝気な顔つきの女性。
スポーツトレーニング用の服を着ていて、腹はシックスパックに割れており、全身がボディビルのように鋼の肉体だ。
契約悪魔は中級悪魔のボルビ。
一つ目の鬼で、二メートルを超す巨漢である。身体を鍛えるのが大好きな悪魔だ。
固有能力は鬼の力。
純粋な膂力を底上げし、運動能力や反射神経といった身体に関わる能力も上昇する。
魔界から持ってきた道具は『雷鳴』。
ボルビ愛用の武器で、突起がついた大きな棍棒である。
その能力は、空間を叩きつけると太鼓のような音が鳴り響き、音が雷に変化して攻撃する事ができる。
能力の使用用途や威力は、契約者の霊力に付随する。
「昨日は何もできずに気絶しちまったからな。今日こそはボスの役に立つぜ」
「全くだ~ボク~もイフリート様に殺されたくね~からな~」
三人の内の三人目は、ペドロ・ヘルナンデス。
ロシア系アメリカ人の十九歳。
一言で言うとチンピラっぽい外見のデブ男だ。
人相は悪く髪はモヒカンで、いたるところにピアスを着けおり、黒光りする服で身を包んでいる。
契約悪魔は下級悪魔のドロドロ。
ヘドロが集合したような、可能であれば視界に入れたくない気持ち悪さな外見の悪魔だ。
おまけに凄く臭い。
固有能力は泥を操る力。
全身を泥に変化させたり、泥を放出したり、地面の中に溶け込んで地中を移動することができる。
下級悪魔ではあるが、能力の汎用性が高く中級悪魔にも引けを取らない。
ヘアロ、オリバ、ペドロの三人はゴルドの配下で、行動を共にしている。
それぞれの悪魔はイフリートの僕で、パートナーと契約したのちイフリートの元に集った。
イフリートの僕は他にも多く存在するが、アメリカ近辺で集まったのはこの三体だけである。
「三対一……か」
「気を引き締めた方がいいよユーマ。あの三人はこれまで戦った契約者よりも強者揃いだからね」
「うん……なんとなくだけど分かるよ」
シキの忠告に、優真は緊張した様子で首肯する。
敵の三人からひしひしと感じられる高い霊力。
これまで戦った契約者よりも、背筋が凍るような嫌な気配を感じられた。
それに加え向こうは三人で、こちらは一人という絶対的不利な状況。
やはり罠だったようで、確実にこちらを殺そうとする意志が見て取れた。
だけど、怖気づいてもいられない。
罠だという事は覚悟していた。それでも尚、セツナを助ける為にやってきたのだ。
優真は険しい顔を浮かべると、敵に問いかける。
「セツナはどこにいるんだ!?」
「セツナ~? 誰のこと言ってんだい」
「ボスが負かした女のガキじゃないか」
「あ~、あのガキならボスの所にいるよ。助けたきゃ、アタイ達を倒すんだね」
(ここにはいないのかッ)
情報は引き出せた。
どうやらセツナはここにはいないらしい。
早く助けに向かいたいところだが、大人しく道を開けてくれたりはしないだろう。
彼女を助けるにはまず、この三人を倒さなければならない。
「まぁ、お前はボスの辿り着く前にアタイ達に殺されるんだけどな!!」
(――来るッ!!)
先陣を切ったのはオリバだった。
ドンッとコンテナを強く蹴り、高く跳躍しながら優真に接近してくる。
優真は身体から闇の触手を放出し、迎え撃とうとするが――、
「しゃらくせぇ!!」
オリバは棍棒で豪快に振るって触手を薙ぎ払うと、そのまま優真目掛けて叩き下ろした。
横に移動して間一髪回避したが、間髪入れずに新たな攻撃が襲い掛かってくる。
「ニードルヘア!!」
「くっ!」
コンテナの上にいるヘアロが、長い髪を硬質化させ針のように撃ち込んでくる。
優真は咄嗟に闇の膜を展開することで難を逃れたが、今度は横からヘドロの散弾が降りかかってきた。
「ヘドロショット!!」
側面から迫る泥の散弾を、再び闇の膜を展開して防御する。
しかし今度は、眼前にいるオリバが棍棒を大きく振るってきた。
「そらよ!!」
「ごほッ!?」
横っ腹を叩きつけられた優真は勢いよく吹っ飛ばされ、背後のコンテナに激突する。
腹に受けた打撃と背中への衝撃に悶絶しながら、目の前にいる三人の敵を見上げる。
(この人達……強い。それに……やっぱり三対一だと凄い不利だ)
分かっていた事だが、三人を同時に相手するのは困難であった。
一人に対応しても、他の二人が息継ぐ間もなく攻めかかってくる。
純粋な戦闘力が高いのに加え、連携もしっかりしている。
ヘアロの髪針やペドロの泥散弾は、近くにいたオリバにも被弾する可能性があった。
だけど二人が攻撃する瞬間、オリバは巻き込まれないようにほんの僅か優真から距離を取っている。
特に合図をしている訳でもないのに、息が合ったコンビネーション。
強敵だ。
こんな強敵相手に、自分はたった一人で勝てるのだろうかと弱気な心が生まれてしまう。
――この三人を相手に勝てるのだろうか。
――今から逃げても遅くはないんじゃないか。
(何を弱気になってるんだ僕は……セツナを助けると誓ったんじゃないか!!)
弱きな心に喝を入れ、己を鼓舞する。
不利な戦いであることは百も承知。ここに来る前から予め分かっていた事だ。
それでも尚、自分はセツナを救いに来たんだ。
絶対に彼女を助けると己に誓って。
「おいおい、もう終わりか? 上級悪魔のパートナーみたいだからもっと期待してたんだがよ、こんなんじゃ全然つまんねーよ。もっとアタイを楽しませな」
「調子に乗るなオリバ。これはボスの命令でもあるんだぞ。もししくじれば俺達が消されることになる」
「そうだ! 遊んでねーでさっさとぶっ殺してやろーぜ!」
「ああん!? アタイに命令すんじゃねぇよボンクラ共!!」
三人が言い合っている最中、優真は密かに霊力を高めていた。
そして一気に解放し、総身から闇を放出する。
「「――ッ!?!?」」
優真から溢れ出れ膨大な霊力に、ゴルド一味の三人は恐怖に慄いた。
「なんだこの馬鹿デカイ霊力は!?」
「こんな霊力が高い奴……今まで見たことない」
「ひぃぃぃ」
心臓を鷲掴みされるような、重苦しい圧力。
それと同時に、肌を嬲るような気持ち悪い不快感。身の毛がよだち、冷や汗が噴き出てくる。
ヤバい……あれはヤバい。
理性と本能が、今すぐここから逃げろと訴えかけてくる。
「ごめんなさい……死なないでください」
震えた声音で懇願する。
優真はまだ、己の力をコントロールできないでいた。
自分の力が余りにも膨大過ぎるため、全力を出すと加減ができなくなってしまう。
校外学習の時、朝比奈を傷つけられて我を忘れて全力を出してしまったら、危うく敵の契約者を殺してしまうところだった。
その後も金塚銀次との戦いで、自分の意思で全力を出してみたが、上手く制御することはできなかった。
本気を出すと敵を殺してしまうかもしれない。
その恐れから今回の戦いでも、できれば全力は出したくなかった。
しかし、そんな事を言っていられる場合ではない。
このまま手加減してはこちらが殺され、セツナを助け出すことができなくなってしまう。
だから切実に願うのだ。
どうか死なないで下さいと。
「いけ」
一言、命令を下す。
巨大な闇から無数の触手が蠢き、三人に向けて一斉に躍動した。
「クソが!」
「ちっ!」
「ひぃぃ!!」
襲い掛かる触手に、オリバは逃げずにその場で棍棒を振り払い続け。
ヘアロは長い髪を伸ばし、伸縮移動によって触手から逃げ。
ペドロは地中に潜って回避した。
「ぐあああああ!!」
三人の中で最初に崩れたのはヘアロだった。
伸縮移動で逃げ続けていたのだが、闇の触手に追いつかれ叩き落とされてしまう。
地面に叩きつけられたヘアロに、触手が濁流のように流れ込んで身体を拘束した。
「このぉぉぉおおおお!!」
次に均衡が崩れそうなのはオリバだった。
怪力のパワーで迫る触手を払い続けているのだが、終わりが見えず手が追いつかなくなるのは時間の問題だろう。
「おいペドロ、なんとかしやがれ!!」
(そういえば、もう一人はどこに行ったんだ?)
ペドロの姿が見当たらないことに気付いた優真は、首を振って周囲を観察する。
しかしどこを探しても見つけられず困惑していると、突然何かに足を掴まれた。
「ぐへへ!」
「なっ――!?」
足下を見下ろすと、身体を泥に変化させ、地中に潜っているペドロがいた。
どこにもいないとは思っていたが、まさか地面にいたのか。
「落ちろよ!」
「うわ!?」
ペドロは掴んでいる足を引っ張り、驚愕している優真の下半身を地面に埋め込んだ。
その行為で発動していた能力が途切れ、オリバとヘアロが触手から解放される。
「よくやったペドロ! このガキ、よくもやりやがったな!!」
「うぐぅぅ!?」
怒号を上げるヘアロは、長い髪を操り優真の首を絞めつける。
さらに優真の身体を地面から引っ張り出し、倍返しと言わんばかりに何度も何度も地面に叩きつけた。
「ぐあああああああああ!!」
「ペドロ、そのまま縛っておきな!! 今度はアタイの番だよ!!」
身体を打ちのめされ絶叫を上げる優真を、畳みかけるようにオリバが肉薄する。
首を縛られ宙にぶら下げられている無防備な身体に、ドンっと棍棒を叩き込んだ。
「怒無!!」
「ぐはッ――」
強烈な打撃を撃ち込まれると同時に、電撃が身体に流れ込んでくる。
がくっと頭がもたげ、激痛に意識が遠のきそうになる。
「う……あ……」
「おや、あれだけ喰らってまだ意識があるようだね。身体に似合わずタフじゃないか」
「おい、俺にもやらしてくれよ」
普通の契約者ならばとっくに死んでいてもおかしくない攻撃を受けてまだ意識がある事にオリバが感心していると、ペドロが舌なめずりをしながら近寄ってきた。
「ああ、そういやアンタ小児愛者だったね。本っ当に気持ち悪いねぇ」
「うるせぇな、人の趣味にケチ着けるんじゃねぇよ。なぁ、少しぐらいいいだろ?」
「ふん、こいつが居なかったら殺られてたのは俺達の方だ。どうせ殺すんだ、少しならばいいだろう」
「へへへ、話が分かるじゃねぇか」
「ちっ、勝手にしな変態野郎」
ぺっと唾を飛ばし、オリバが身体を翻す。
離れる彼女とは逆に、ペドロが嗜虐的な笑みを浮かべて優真ににじり寄った。
「へへ、こいつ結構可愛い顔してるじゃねぇか」
「ひっ――」
むぎゅっと顔を掴まれ、前髪を上げてくる。
素顔を拝んで興奮するペドロに、優真は全身に悪寒が走り恐怖を抱いた。
さらにベロリと、汚い舌で頬を舐められた。
「ぅ……」
「ぐへへへ、そそる顔するじゃなぇか。駄目だ、もう我慢ならねぇ」
恐怖に満ちる顔を見て興奮が高まったペドロは、血走った目で優真の身体をまさぐろうとする。
「今から気持ち良くしてやるからな」
「や……やめ――」
ペドロの魔の手が迫ろうとした――その時。
「穿て――グングニル!!」
「ぐほぉぉぉぉおおおおお!?!?」
不可視の衝撃波が、ペドロの胸を貫いた。
その一撃で、胸に仕舞っていた魔石が破壊され脱落すると共に昏倒したペドロは、背中から地面に倒れてしまう。
「ペドロ!!」
「なんだい!? 何が起きたんだい!?」
突然ペドロが倒れたことにヘアロとオリバが取り乱していると、優真を縛っていた髪の毛が切断される。
開放されて地面に倒れようとする優真の身体を、一人の男が抱き抱えた。
「げほっ……げほ……だ、誰……」
「遅くなってすまんの~優真。結構飛ばしてきたんやが、ちっとばかし遅れてしもうたわ」
この関西弁、最近聞いたことがある。
咳き込みながら自分を抱きかかえている人物を見上げると、月明りに照らされ徐々に男前な顔が表れる。
「ぎ……銀次さん!!」
「よぉ優真、助けにきたで」
優真の窮地を救ったのは、金塚銀次であった。




