35 セツナVSゴルド
「「……」」
対峙するセツナとゴルド。
動き出したのは、寸分の狂いもなく同時であった。
両者は手を翳し、悪魔の力を発動する。
セツナは雷、ゴルドは火炎を放った。
――バチチチッ!! ブオオオオオッ!!
雷撃と火炎が衝突する。
力は拮抗し、爆発した。
「へぇ、やるじゃねぇか」
己の攻撃と互角だったことにゴルドが感心していると、煙の中からセツナが猛進してくる。
高速で移動し、瞬く間に距離を潰して肉薄したセツナは、ゴルドの顔面に拳打を放った。
「シッ!!」
「おっと」
手の平で軽く受け止められるが、セツナは構わずジャブの連打を繰り出す。
全て防がれてしまうが、それは布石であった。
こちらを舐めかかっているゴルドに右ストレートを放った後、脇腹にフックを叩き込む。
「ぐっ……痛ぇじゃねぇかよ」
見事なコンビネーションをやられたゴルドは、反撃に殴打のラッシュを打ち放った。
だが、大振りの攻撃は一発も当たらない。
セツナはパンチの軌道を冷静に見極め、全て躱しきっていた。
「ちょこまかとウザってぇなぁ!!」
攻撃が当たらないことに苛立ちを抱いたゴルドは、セツナの胴体目掛けて回し蹴りを放つ。
それに対しセツナはイナバウアーで躱すと、両腕をバネにして飛び蹴りを放った。
「ぐぉ!?」
両足による飛び蹴りを腹に直撃したゴルドは衝撃によって吹っ飛ばされると、尻もちをついてしまう。
そんなゴルドを見下ろしながら、セツナは嘲笑した。
「思った通りね。所詮卑怯な手で奇襲するしかないから、弱いと思ってたのよ」
「……クッソ、ガキが!!」
「おいマジかよ……あのガキ、ボスに一撃いれやがったぜ」
「信じらんないわ」
セツナの実力に、配下の二人が信じられないといった風に目を見開く。
しかしそれは当然の結果でもあった。
両親を殺した犯罪者に復讐するため、セツナは己を鍛えてきた。
退役した元軍人の祖父から本格的な戦闘術を習い、格闘や射撃においては軍人にも引けを取らない。
その上、悪魔と契約したことで身体能力が飛躍的に向上したので、筋力量や体格差を無くしている。
ゴルドも多少は格闘術を齧っているが、軍人仕込みのセツナには遠く及ばなかった。
セツナは険しい剣幕を浮かべながら、吐き捨てるように告げる。
「楽には殺さないわよ。パパとママが苦しんだ分の、何倍も苦しめてから殺してやる」
「少し格闘ができるからって調子に乗るんじゃねぇぞ。契約者の勝負ってのはな、能力の強弱で決まるんだよ!!」
怒号を上げながら、ゴルドは右腕を薙ぐように振るう。
その瞬間、部屋を覆い尽くすほどの火炎が放出された。
「三千万ボルト・輝虎ッ!!」
濁流の如くなだれ込んでくる火炎に対し、セツナは虎を模した雷を放電する。
雷の虎は火炎に衝突すると、その場で踏み止まる。
押し切ろうとセツナが力を入れるが、ゴルドもまた追撃を行った。
右手を翳し、新たな火炎が放出させ威力を上乗せする。
「死ねや!!」
「ぐぅ!!」
力負けし、雷虎が火炎に呑まれ、そのままセツナを巻き込んだ。
火炎と土煙が収まるが、彼女の姿はどこにも見当たらない。
「はっはっは!! 跡形もなく焼け死んだか!!」
「馬鹿ね、そんなもので死ぬ訳ないじゃない」
「――なんだと!?」
吃驚するゴルド。
声のする方に視線を寄越せば、セツナが空中に浮かんでいた。
いや、浮かんでいるというよりもぶら下がっている。
というのも、セツナは火炎に巻き込まれる寸前、魔装グレイプニルの伸縮移動を使用して外に避難していたのだ。
「場所を変えるわ、上に来なさい」
そう言うと、ひゅんっとセツナの身体が上昇する。
ガキに舐められたと、額に青筋を浮かべるゴルドは両足から炎を噴射し、推進力で空を飛ぶとセツナを追いかける。
破壊された壁から外へ出てビルの屋上へ向かうとした瞬間、待ってましたと言わんばかりにセツナが攻撃を放った。
「一千万ボルト・飛鷹!!」
雷の鷹が十羽飛び交い、宙にいるゴルドに四方八方から強襲する。
「ちょこざいなんだよ!!」
ゴルドは全身から火炎を放出し、迫り来る雷鷹を一掃する。
しかし間髪入れず、下方からグレイプニルが飛来してきた。
「しつけぇんだよ」
向かってくる鎖に火炎を放って払おうとしたが、グレイプニルの軌道がぐんと曲がり、不規則な軌道を描きながらゴルドの右足に絡みつく。
刹那、鎖から流れた電流を浴びせられてしまう。
「ぐぉあああああああ!?!?」
「はぁぁああああああああ!!」
「――ぅお!?」
電流を身体に流し込まれ絶叫するゴルドを、セツナは一本釣りする勢いで引っ張り、屋上の床に叩きつけた。
「がはっ!!」
床に激しく叩き蹴られたゴルドは、肺から血と空気を無理矢理吐き出される。
猶予は与えない。
息を吐く間もなく、セツナは追撃を仕掛けた。
「五千万ボルト・麒麟!!!!」
雷馬が甲高く嘶きながら、ゴルドへと猛進していく。
ゴルドは咄嗟に手のひらに炎を充填し、雷馬に向けて投げつけた。
「ヘル・フェニックス!!」
投げられた炎は不死鳥と化し、空気を焼き焦がしながら雷馬に激突する。
雷馬と鳳凰は絡み合いながら敵を喰らおうとするが、力は拮抗し大爆発が起きた。
爆発の中心地から、衝撃波が拡散する。
両者、吹き飛ばされないように踏み止まっていた。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……ふぅ……満身創痍のようだけど、呆気ないわね。拍子抜けもいいところだわ」
お互い、高火力の攻撃を繰り出したため疲弊していた。
特にセツナは技の連発で、かなりの霊力を消耗してしまっている。
だがそのお蔭で、ゴルドにダメージを与えられた。
トータル的な戦況を見ればセツナの方が有利であろう。
(さて、次はどうでる……)
しかし油断はしない。
メアリの話では、ゴルドが契約している悪魔は上級。
優勝候補である上級悪魔がパートナーに選ぶとしたら、優真のように霊力が高い人間を選んでいるだろう。
追い詰めたとしても、起死回生の反撃に出てくる可能性があるかもしれない。
それに加え、ゴルドはまだ戦いの中で魔界の道具を使っていない。
さらに言えば、上級悪魔しか与えられない第三の特権も備えている。
戦況は有利であると言っても、このまま勝てると楽観はできないだろう。
とはいえ、セツナが押しているのもまた事実。
彼女は日々己を鍛え続け、数多くの契約者とも戦ってきた。経験値でいえばこちらの方が部がある筈だ。
それに対しゴルドは、圧倒的な霊力から繰り出される火力で弱者を屠ってきたのだろう。
セツナから見れば、実力が拮抗している者とは戦い慣れていないように思える。
霊力に関してだって、メアリとの契約時には小さな願いによって霊力を底上げしたから、ゴルドにも引けを取らないはずだ。
油断しなければ、負ける要素は少ない。
セツナが次の一手をどうするか逡巡していると、突然ゴルドが不気味な嗤い声を上げた。
「く……くく……くははははは!!」
「あら、痺れ過ぎて頭がイカれた?」
「お前、今自分が勝ってると思ってるだろ」
「――ッ!?」
突如、ゴルドの身体が炎に包まれる。
急に何をしだすのかと驚いていると、信じられない光景を目にした。
「傷が……治ってる!?」
彼女の口から零れた言葉通り、炎から出てきたゴルドの身体は傷一つなかった。
セツナが与えたダメージも、綺麗さっぱり完治している。
これは一体どういうことだ……。
絶句していると、戦いを見守っていたメアリが近寄ってきて、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
「イフリートめ、『不死鳥の涙』を持ってきていたのねッ」
「『不死鳥の涙』……? なによそれ、それも魔界の道具なの?」
「そうよ。『不死鳥の涙』は、イフリートの家系が持つ魔界の秘宝。その効果は、霊力を消費して傷を癒すことができるの。生きてさえいれば、不死鳥のようにどんな傷さえ回復し、再生できるわ」
「そんな……」
メアリの推測通り、イフリートが持ってきた魔界の道具は『不死鳥の涙』だった。
霊力を媒体とし、四股を千切られるような重傷でさえ一瞬で回復できる魔界の秘宝である。
それは今、ゴルドのピアスに着けられている。
「ほう、そっちの悪魔は知ってるようだな。『不死鳥の涙』を持つ俺は無敵だ。お前がどれだけダメージを与えようが、無意味なんだよ」
「くっ……!!」
なんだその卑怯な道具は。
折角ダメージを与えたのに、全て回復されてしまった。
それだけではなく、これ以降攻撃してもまた回復されてしまう。
そんな相手に、どう勝てばいいといいうのだ。
「くははッ、イイ面じゃねぇか。その面が見たかったんだよ俺はよぉ。希望に満ちた顔が、絶望に染まるその面をよぉ」
舌を垂らしながら愉しそうに嗤うゴルドは、右手を向けて無数の火球を放つ。
「ヘル・ファイア!!」
「くっそ!!」
火球の弾幕に、セツナは雷を放って応戦する。
しかし、どれだけ撃ち落としても終わりが見えず、圧倒的な物量に対応が追い付かず、遂に火球を喰らってしまった。
「きゃああああああああ!!」
「くははははははははは!!」
セツナの悲鳴を聞き、ゴルドは哄笑を上げる。
これだ。この悲鳴が聞きたかったのだ。
全身が歓喜に包まれ、脳が快楽に震える。
さて、最後はどう苦しめてやろうかと舌なめずりをすると、煙幕の中からバチチチと甲高い雷音が聞こえてきた。
「はぁ……はぁ……」
煙幕が晴れ、全身が焼かれ灰を被っているセツナが現れる。
両手を翳しているその上には、途轍もなく大きな雷の球体が作り出されていた。
(ダメージが回復するっていうなら、回復する間もなく一瞬で消し飛ばしてやる!!)
状況は一変した。
本来ならもっと苦しめてから殺す予定だったが、回復されアドバンテージを奪えない以上戦いを長引かせることはできない。
そしてダメージを回復されてしまうのなら、己が出せる最大火力を持って回復する隙を与えず殺すのみ。
セツナは全霊力を注ぎ込んで充填したエネルギーを、一気に解き放った。
「一億ボルト・雷竜!!!」
巨大な雷球は、竜の形と成って空を駆ける。
劈く雷音を轟かせ、空気を焼き焦がしながら一直線にゴルドへと驀進した。
「ヘル・フェニックス」
対しゴルドは、先ほど繰り出した攻撃と同じ火炎の不死鳥を放って迎撃する。
されど、先ほどのように拮抗する事はなかった。
雷竜は不死鳥を喰らい尽くすと、そのままゴルドに襲い掛かった。
「ぎゃああああああああああ!?!?!」
莫大な雷エネルギーを喰らったゴルドは絶叫を上げる。
霊力による耐久はあれど、直撃は受けたらひとたまりもないだろう。
御覧の通り、ゴルドは全身を焼かれ隅々まで黒焦げになり、背中から倒れた。
「はぁ……はぁ……勝った」
ゴルドが倒れたのを目にしたセツナは、霊力の消耗と安堵から崩れ落ちるように膝をつく。
手応えはあった。
雷竜を直撃して、生きていられる筈がない。
自分の復讐は、果たされたのだ。
――そう、確信した時だった。
「くくく、くはははははは……」
「そ……んな……」
嘘だ、あり得ない。
だって、自分の最大攻撃を直撃したんだ。
あれを喰らって生きている筈がないだろう。
セツナは自分の目を疑った。
倒れているゴルドが炎に包まれ、灰の中から無傷のゴルドが這い出てくる。
嗤いを堪えきれずにいるゴルドは、顔を隠しながら立ち上がり、這いつくばるセツナを見下ろした。
「くはははははは!! ブァ~カッ、その程度の攻撃で本当に俺を殺せると思ったか!?
“勝った”……だっけか? 残念だったな、この通り俺はまだピンピンしてるぜ!!」
「……ッ」
「俺にここまで喰らいついた事を褒めてやるよ。そのご褒美に、今からたっぷり絶望を味合わせてやる」
口角を目一杯上げるゴルドは、霊力は最大限まで高める。
両指を交差し、悪魔の力を解放した。
「【精神世界】“ジャック・ザ・リッパー”」
――刹那、世界が一変した。
辺り一面真っ暗闇に包まれる。
そこからさらに風景が変貌し、子供部屋のような空間が形成された。
「なによ……これ……」
ビルの屋上にいた筈なのに、突然子供部屋のような風景に様変わりし、セツナは混乱してしまう。
なんだ……なんなんだこれは!?
酷く狼狽していると、その反応を愉しそうにしているゴルドが静かに近づいてくる。
「俺の世界へようこそ。これからお前は、成す術もなく身体を切り刻まれるんだ」
「何言ってんのよ……こんなところ、すぐに出てや――(動けない!?)」
身体が動かないことに気付いたセツナ。
いや、動かないだけではない。いつの間にか、両手足が縄で縛られていた。
それに加え、能力すら発動できない。
なんだ……自分の身に何が起こっている。
「何が起きてるのかわからないだろ? 特別に教えてやるよ、これは上級悪魔に与えられた第三の特権の力だ」
「第三の……特権?」
「そうだ。その特権ってのはな、契約者のトラウマを具現化する力なんだよ」
「なん……ですって……」
そう。
上級悪魔に与えられる第三の特権とは、契約したパートナーの精神世界を具現化できる力であった。
詳しく説明すると、敵対者を己の精神世界に引き摺り込み、トラウマを追体験させる能力である。
一度引き摺り込まれたら己の意志では脱出することも抗うことも不可能であり、終わるまで苦しみを味わい続ける。
大量の霊力が消費されてしまうが、一度引き摺り込んでしまえば二度と抜け出せない最凶の能力であった。
「くっそ……ふざけるな!!」
「さぁ、ショーの始まりだ」
「ぁあああああああああああああ!!」
不意に、腕を強く切りつけられ、溜まらず絶叫を上げる。
痛みが走る箇所に目線をやれば、何もされていないのにも関わらず腕に斬傷が現れ血が出ていた。
「いや……嫌よ、やめて」
「さて、お前はどれだけ耐えられるかな。精々哭いて喚いて、俺を愉しませてくれよ」
「嫌ぁああああああああ!!!!」
「くははははははははは!!!!」
それからセツナは、全身を切り刻まれた。
何度も何度も何度も何度も何度も。
切り方は様々で、浅く切ったり、深く切ったり、スパっと切ったり、じっくり撫でるように切ったり、捩じるように切ったり、皮を剥ぐように切ったりと、身体だけではなく精神をズタズタに切り裂かれた。
助けて、もうやめて、これ以上切らないで。
どれだけ泣いて懇願しても、止まることはなかった。
「ぁ……ぅ……ぁ……」
「最っ高だったぜ」
どれだけ経っただろうか。
絶え間ない地獄の中にいたセツナは、とうとう精神が崩壊して気絶してしまう。
それをずっと見ていたゴルドは、口から涎を垂らし、絶頂によって下半身が濡れていた。
【精神世界】が解かれ、屋上の風景に戻る。
ゴルドは血塗れになって気絶しているセツナに近寄ると、涙を流しながら呟いた。
「ママ、ママの気持ちが分かったよ」
その顔は、狂気と涙と汗でぐちゃぐちゃに歪んでいたのだった。




