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34 不意打ち

 


「いや~、今日も楽しかったっすねぇボス」


「まさか、現代のジャック・ザ・リッパーの正体がボスだったとはねぇ」


「驚き」


 都内にある廃ビルに、四人の人間がいた。

 男が三人に、女が一人。

 全員が外国人であり、そして契約者だった。

 彼等は一組の契約者と悪魔の下に集まった集団である。


「ああ、俺こそがジャックだ」


 契約者集団のリーダーの名は、ゴルド・ベアボーン。

 スキンヘッドの頭から足の指先まで、全身にタトゥーが掘られている。


 鋭い目つきにわし鼻。両耳と下唇にピアスを着けている。

 屈強な身体に、はちきれんばかりの筋肉。

 一目見て、危険な人間であることが理解できた。


 危険なのは見た目だけではない。

 彼こそが、世間を恐怖のどん底に陥れている凶悪犯罪者。

 現代のジャック・ザ・リッパーその人だった。


 そしてゴルドの契約悪魔は――、


「あまり目立っても、他の契約者から狙われちまうぜ」


 魔界に七人しか居ない上級悪魔の一人――イフリートだった。


 外見はオシャレな青年。

 黒いシルクハットを被り、豪奢な衣装を身に纏っている。

 燃え盛る炎のような真っ赤な髪に、真紅の瞳。そして端正な顔。

 悪魔というよりは、渋谷で遊んでそうな青年の外見である。

 軽薄そうな見た目通り、イフリートは軽い性格をしている。


 契約悪魔に窘められたゴルドは、「仕方ねーだろ」と悪態を吐いて。


「テメーが言うから、わざわざこんな小せぇ島国に来る羽目になっちまったんだからよ。暇潰しぐらいさせろや」


 彼が言うように、ゴルドは元々外国を拠点にしていた。

 だが、イフリートの助言によって日本に訪れることになったのだ。


「大体よぉイフリート、本当にこの国にテメー以外の上級悪魔がいんのかよ」


「勿論だとも。シキっていういけ好かない悪魔だ。俺からすると一番厄介な敵だよ。

 あいつは真っ先に倒しておかないと後々面倒なんでね。パートナーが成長する前に、今叩いた方がいいんだ」


 イフリートの助言とは、日本にいるという上級悪魔のシキとそのパートナーを倒す事だった。


 上級悪魔の最大のライバルは、同じ優勝候補である自分以外の上級悪魔である。

 そして上級悪魔の中でも、イフリートはシキを一番敵視していた。


 何故なら、新参者であるイフリートとは違い、シキは上級悪魔の中でも古株で、前魔王とも親しい仲だったからだ。


 七人しか存在しない上級悪魔にも、隠れた序列はある。

 上が三人、下が四人。シキは上の序列で、イフリートは下の序列だ。

 脳筋な悪魔の中でも随一の知能を持ち、先見の明を兼ね備えた、偉大なる夜の悪魔。


 あの悪魔を野放しにしておく事はできない。

 そしてイフリートは、シキが大分遅れて人間界に降りてきた事を知っている。


 という事はまだ人間と契約したばかりで、成長はしていない。

 有利アドバンテージがこちらにある今が、シキに勝つ絶好の機会だった。


 パートナー(ゴルド)に十分な戦闘経験を積ませ、自分の配下である悪魔を集め――時間が足りず三人しか集まらなかった――、十全な準備をしてシキがいるであろう日本に訪れた。


 だが日本に来た早々、ゴルドは生き甲斐である殺人を犯してしまっている。

 それも今日を含めて二度もだ。

 流石に目立ち過ぎたし、これでは自分達の存在もバレてしまっただろう。


 イフリートの話に、ゴルドは「はん!」と鼻を鳴らした。


「シキだろうがなんだろうが、俺様に勝てる奴なんて一人もいやしね~よ」


(だろうね、ワタシ達とボスじゃレベルが違うよ)


 仲間の一人が心の中で同意する。

 自分達もそれなりに強い悪魔と契約しているが、ゴルドには束になったって勝てる気はしない。


 身に宿る霊力の差もそうだが、なによりイフリートの能力と特権が卑怯なまでに強すぎる。

 彼が他の契約者と戦っている所を一度目にしたが、最早戦いではなく蹂躙であった。

 ゴルドの仲間で良かったと心の底から安堵する程、彼は強い。


「分からないぜ、奴には優秀な仲間がいるからな。徒党を組まれたら、流石のお前さんでも負けちまうかもよ――って、言ってる側から、どうやら来たみたいだぜ」


「あん?」


 ――刹那、劈く轟音が鳴り響くと共に壁が破壊された。


「ぐぉぉ……」


「クソったれが……なんなんだよ!?」


「アタイ達相手に襲撃とはいい度胸じゃない……ぶっ殺してやるわ」


 突然の襲撃に、ゴルド一味は警戒する。

 自分達を襲う相手は契約者以外ありえない。

 どこのどいつだか知らないが、命知らずな愚か者には違いないだろう。

 どれだけ人数がいようと、どれだけ強い能力であろうとも、ゴルドの前では無力に等しい。


 さて、命知らずな馬鹿を拝んでやるか。

 風穴が空いた壁面から風が舞い、土煙が晴れる。

 ゴルド一味を強襲した人物は――、


「やっと見つけたわよ……クソ野郎」


 雷を纏い、金髪を靡かせるセツナであった。

 そして彼女の側には、プカプカと浮いているメアリの姿もある。


「も~、何で突っかかっちゃうのよ~。一人で行くなって言ったじゃな~い」


「パパとママの仇が目の前にいるのに、黙っていられる訳ないじゃない」


 文句を言ってくる悪魔に、怒気を含ませた声音で返すセツナ。


 ここ数日、彼女達はニュースに出ていた凶悪犯罪者の足取りを追っていた。

 何故かというと、殺人の方法がセツナの両親を殺した時と非常に酷似しているからだ。


 現代のジャック・ザ・リッパー。

 それがセツナの両親を殺した殺人犯である。

 そしてその殺人犯は、メアリの話によれば既に契約者となっている。


 悪魔の気配を探るために、メアリを連れて東京中を探し回っていた。

 それでやっと、探知に引っ掛かり複数の契約者を見つけたのだ。


 この時をどれだけ待ち望んできただろうか。

 自分の手で、両親の仇を打つこの時を。

 メアリに引き留められたが、居ても立っても居られずに、セツナは不意打ちで襲撃したのだ。


「どんな奴が襲撃してきたのかと思えば、ガキ一人かよ」


「はん、舐められたものね」


(四人……いや、一人は伸びてるか……さて、どいつがパパとママを殺した奴かしら)


 セツナは素早く部屋の状況を確認する。

 全部で四人。手前側に男と女が一人ずつで、もう一人は襲撃時の余波で気絶している。


 そして奥の方に、ただならぬ気配を纏っている男が一人座っていた。

 襲撃されたにも関わらず、狼狽している様子はなく落ち着いている。


 一目で確信した。

 あいつがジャック・ザ・リッパーだ。


「おっと、あいつは確かメアリじゃねぇか」


「あん? 知ってんのか?」


 メアリを視認したイフリートが独り言を漏らすと、側で聞いていたゴルドが反応する。

 彼の問いかけに悪魔は「まぁな」と続けて、


「シキの配下の悪魔だ。って事はあの嬢ちゃんは、シキの契約者のお仲間ってことかな」


「ほ~う、そういう事か。探す手間が省けたな」


(だとすると、何で奴は一人で来たんだ? シキの気配は感じ取れねぇが……)


 パートナーから教えてもらい、機嫌を良くするゴルド。

 イフリートはメアリの事を周知していた。

 シキのお気に入りの配下であることを。

 恐らくシキとはもう接触していて、共に行動しているのだろう。


 だからこそ解せない。

 共に行動している筈なのに、何故メアリしかおらずシキの気配がないのだろうか。

 シキの事だから、何か考えはあるのだろうが……何を考えているのかが全く読めない。

 どこかに隠れ潜んでいるのだろうか。


 イフリートが思案している中、メアリもまた考えを巡らしていた。


(嘘でしょ~……あれ、イフリートじゃないのぉ)


 ゴルドの隣にいるイフリートを目撃したメアリは、胸中で深いため息を吐く。

 まさかセツナの復讐の敵が、シキと同じく上級悪魔のイフリートだとは思いもしなかった。

 最悪でも中級悪魔程度だと踏んでいたのだが……。


 誤算だった。

 魔界で七人しか存在しない上級悪魔と、こんな小さな島国で、しかもまだ本格的に『魔王の儀』が始まっていない序盤で出くわすと予想できるわけがない。


 さらにイフリートがいるという事は、他の人間と契約している配下の悪魔も恐らく中級相当の悪魔だろう。

 万が一にも、セツナが勝てる相手ではない。

 だからメアリは、パートナーに相談する。


「引き返しましょうセツナ。貴女が勝てる相手じゃないわ」


「何ふざけた事言ってのよ。パパとママの仇が目の前にいるってんのに、みすみす逃げる訳ないじゃない」


「セツナの気持ちは十分わかるわよ。でも奥にいる男と契約している悪魔は上級なの。シキ様と同じ格の悪魔なのよ。

 貴女じゃ勝てない……せめてユウマと一緒じゃなきゃ――」


「くどい」


 メアリの説得を一蹴する。

 怨嗟に塗れた瞳でゴルドを睥睨しながら、セツナは静かに口を開いた。


「何度も言ってるじゃない、これはアタシの復讐なのよ。アタシの復讐に、優真を巻き込む訳にはいかないわ」


「はぁ……そうですか。なら私はもう言いませんよぉ~だ(これはダメねぇ、シキ様ごめんなさい、セツナ死んだわ)」


 彼女の頭は目の前の復讐で一杯だ。

 これ以上何を言っても無断だと判断したメアリは説得を諦める。

 そして、このまま戦えばセツナは確実に殺されるだろう。

 という事は、もうシキの役に立つことができなくなるという事だ。


 まぁ、それは仕方がない

 復讐を加味して、セツナと契約したのだから。

 惜しむらくは、復讐の相手が雑魚悪魔ではなく上級悪魔のイフリートと契約していたこと。


 それは運命の巡り合わせだ。

 セツナにとって運が悪かったと諦める他ないだろう。


「ねぇ、アンタ」


「あぁ? なんだよ」


 セツナはゴルドに指を向けながら、問いかける。


「アンタがジャック・ザ・リッパー?」


「おう、そうだ。俺こそがジャックだ」


「――ッ!!」


 ゴルドの返答に、セツナは目を見開き歓喜する。


 やっとだ。

 やっと見つけられた。

 あの日のことは今でも忘れない。

 大好きな両親を殺された、あの日のことは。


 ずっとこの日を待ちわびていた。

 両親の復讐ができる、この日を。


「じゃあ、アメリカで殺したアタシのパパとママのことは覚えてる?」


「さぁ、殺した数が多過ぎて覚えてねぇな。それによ、殺した奴のことなんて一々覚えねぇんだわ。なんだお前、パパとママの仇でも討ちにきたのか」


「そうよ、アタシは今までずっと、アンタを殺すためだけに生きてきた」


「はっはっは!! そりゃご苦労なこった。なら次は、パパとママがいるあの世に会わせてやるよ」


「あの世にいくのはアンタよ」


 一触即発の空気。

 セツナが動き出す前に、配下の二人が立ちはだかる。


「おいおい、最初からボスと戦えると思ってんじゃねーだろうな」


「アンタはアタイ達に殺されるんだよ」


「雑魚が、死にたくなかったら引っ込んでおきなさいよ。悪いけど、手加減するつもりはないから」


「なんだと!?」


「クソガキが、舐めんじゃないよ」


「まぁ待て、お前等」


 セツナの物言いに激昂した配下の二人は、ゴルドの鶴の一声で制止した。


「面白ぇじゃねぇか、お前等は手出しするんじゃねーぞ。俺一人でやってやる」


「でもよボス……」


「おい、死にたいのかい。ボスがやるっていうんだ、アタイ達は邪魔しないように引っ込んでおくだけさ」


「ちっ……」


 配下の女は知っている。

 ゴルドは虫を殺すのと同じように人を殺せることを。

 例え仲間であっても、機嫌を損ねてしまえば殺される可能性がある。

 だから、ゴルドの決めたことに口を挟んではいけない。

 死にたくなければ。


 配下の二人が後ろに引き下がる中、ゴルドは椅子から立ち上がった。


「こいよお嬢ちゃん、嬲り殺してやる」


Fuck you(ぶっ殺してやる)


本日夜にもう一話更新予定です!

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