33 セツナ・神代・アニストン 後編
「お誕生日パーティー楽しかったなぁ」
友達に誕生日を祝って貰い、セツナはご機嫌だった。
ケーキやお菓子を一杯食べ、プレゼントも貰った。
十分楽しいひと時であったが、まだメインイベントが残っている。
セツナの為に、両親が誕生日を祝ってくれるのだ。
普段忙しい父親も、今日だけは一日一緒に居てくれる。
彼女にとって誕生日は、誕生日以上に特別な日だった。
「あれ……おかしいなぁ。いつもエリザベスが来てくれるのに……」
セツナが帰宅すると、気配を察した飼い犬のエリザベスがすっ飛んで来るのだが、今回は来なかった。
訝しながらドアを開け、家の中に入る。
「パパーママーただいまー」
帰ってきた事を知らせても、両親から返事が返ってこない。
もしかしてサプライズだろうか。
そう思ってニコニコしながら廊下を歩いてリビングを開くと――、
「えっ?」
「セツナ、来ちゃダメ!!」
「逃げるんだ!!」
縄で椅子に縛り付けられている両親が、血相を変えて叫んでくる。
どうして両親が縛られているんだ?
これもサプライズか何かなのか?
けど両親は必死で、ふざけているようにはとても思えなかった。
意味が分からず動揺していると、首筋に冷たい何かが当てられる。
その瞬間――バチっと電気音が鼓膜を震わせると同時に、身体に電流が流れて、セツナは意識を失ってしまった。
「んん……(あれ……アタシ、何で寝てたんだろう)」
目が覚める。
瞼を閉じて目を開けると、目の前には椅子に縛られている両親が視界に入り。
その背後に、漆黒のスーツを身に纏い、覆面を被った怪しげな男が立っていた。
「Happy Birthday lucky girl」
「パパ! ママ! ――っ!?」
すぐに両親の下に駆け寄ろうとしたが、身体が動かない。
今になって気付いたが、自分も手足を椅子に縛りつけられている。
必死に身体を揺らしてもビクともしない。
「「んん! ん~~!!」」
「パパ、ママ!!」
両親は縄で口を塞がれ、喋ることができない。
それでも何かを訴えようとするのだが、そんな二人に覆面の男が煩わそうにしナイフを取り出し、
「五月蠅いなぁ、少し黙っていてくれないかね」
「んんん~~~~~!?!?!」
父親の太ももにグサリと突き刺した。
声にならなら絶叫を上げる父親に、セツナが叫び声を上げる。
「パパー!! やめてよ、パパに酷いことしないで!!」
「彼等が静かにしてくれたらやめるよ」
そう告げると、男は刺したナイフを抜き取る。
父親が激痛に悶絶する様を眺めながら、男はくっくっくと愉しそうに嗤った。
下種な最低野郎に怒りを募らせるセツナは、男を睥睨しながら口を開く。
「アンタ何がしたいのよ!? お金なの!? お金なら幾らでもあげるから、パパとママを解放して出て行ってよ!!」
「ほ~う、中々聡い子だね。この状況下で泣き喚かず、犯罪者の要求を知ろうとする。小さな子供が中々できることじゃないよ。けど残念ながら、私は何かが欲しい訳じゃないんだ。お金も、物もさして興味はないんだ」
「じゃ、じゃあ何が目的なのよッ」
金や物が欲しくてこんな真似をした訳ではない。
なら覆面の男は何を望んでいるのか。
セツナに尋ねれらた覆面の男はテーブルに置いてある誕生日ケーキを手袋の手でひと掬いすると、と口に運んで咀嚼した。
「私はね、他人の幸せを自分の手で壊して、その様子をただ眺めていたいだけなんだ」
「はっ……? 何それ、そんな事の為にこんな事するの……アンタ、頭おかしいんじゃない!?」
「そうだね、私もどうかしてると思うよ。狂ってる、頭のネジが飛んでいる、今まで散々言われてきたなぁ。でもいいんだ、自分の気持ちを他人に分かって欲しいなんて思ったことは一度もない。
ただ、私が愉しければそれでいいんだよ」
絶句し、背筋が凍りつく。
(なんなの……こいつ……)
セツナは生まれて初めて、得体の知れない存在を目にした心境に陥った。
同じ人間だ。同じ人間である筈なのに、違う生き物に感じてしまう。
他人の幸せを自分の手で壊して、その様を眺めるのが愉しい?
狂っているどころじゃない。この男は壊れている。
理解できない化物を前に呆然としていると、覆面の男はナイフを弄びながら母親の腕を斬りつける。
「んんんッ!!」
「やめて!! お願いだからやめて!!」
「はっはっは、良い表情だ。その表情が見たかったんだよ」
「お願い……します。何でもします……何でもしますから……パパとママを傷つけないで」
涙を流しながら懇願する。
男はセツナに近づくと、しゃがみながら顔を覗き込んだ。
「やめてほしいかい?」
「はい……お願いだから、もうやめて……」
「う~ん……無理だね」
「そ……んな……何で……」
「私はね、人を傷つけることが大好きだからだよ」
それから、覆面の男は無抵抗の両親をいたぶり続けた。
何度も何度も何度も何度も、その手に持つ凶器で斬りつける。
どれだけ叫んだのだろう。
やめてと、お願いだからやめてと叫んでも、覆面の男が手を止めることはなかった。
両親の足下に血溜まりができて、いつしか涙も声も枯れ果ててしまった頃。
覆面の男は、ふぅと一息吐いた。
「さて、オーディエンスも疲れたようだし、余興はここまでにしてフィナーレを飾ろうじゃないか」
そう告げると、覆面の男は両親の口を塞いでる縄を解く。
散々身体を刻まれた二人は意識も朦朧としていて、叫ぶこともできない。
「さぁ、最後に何か言うことはあるかい?」
「お願い……やめて……いや……」
父親と母親は、顔を上げてセツナを見つめると、死力を尽くして微笑んだ。
「「愛してる」」
――刹那、二人の首筋が絶たれ、絶命してしまう。
目の前で最愛の両親が殺されたセツナは、絶叫を上げた。
「いやあああああああああああああああああああああ!!!」
「はっはっは!! それだよ、その顔が見たかったんだ!! ねぇ、今どんな気持ちなんだい!? 何を思っている!? 最高の一日になるはずが、最低の一日になってどんな気持ちなんだい!?
さぁ、私に教えてごらん!!」
「殺す!! 殺してやる!! アンタだけは絶対に許さない!! 殺してやる!!」
瞳に殺意を漲らせて睨んでくるセツナに、覆面の男はつまらなそうにため息を吐いた。
「ありきたりだね……残念だよ、君も他の人間と同じだったようだ」
「殺す!! 絶対に殺してやる!!」
「まぁ、満足したから今日のところは良しとしようか。私のショーに付き合ってくれてありがとう。じゃあね、lucky girl」
そう告げて、覆面の男はセツナの横を通り過ぎ、何事もなかったかのように立ち去って行ったのだった。
「パパ……ママ……うああああああああああああああああああああああ!!!」
墓標の下に眠る両親に誓った。
必ず覆面の男を見つけ出し、二人の仇を取ることを。
セツナは母方の祖父母の下に引き取られた。
最愛の娘を殺された祖父母は怒り狂ったが、孫のセツナだけでも生きていてくれた事を喜ぶ。
セツナは元軍人の祖父に頼んだ。
一緒に両親の仇を取って欲しいと。
孫の意志が固いと知った祖父は、共に仇を討つことを誓う。
セツナはミドルスクールに通う傍ら、祖父に戦う術を教わりつつ、覆面の男の情報を探る。
すると覆面の男はアメリカだけではなく各国に現れているようで、同じような被害者が何人もいた。
皆同様の手口で、椅子に縛られ片方を切り刻みながら殺し、片方を必ず生かしている。
精神的快楽を目的とした凶悪殺人に、覆面の男は現代のジャック・ザ・リッパーと呼ばれているらしい。
祖父と共に覆面の男の居場所を探したのだが、どうやっても辿り着くことができなかった。
それでもセツナは、絶対に諦めない。
必ず探し出し、この手で両親の仇を討つまでは。
そんな時だった。
深い夜の日に、小さな悪魔が現れたのは。
「こんばんは~」
「アンタ……なに?」
それがメアリとの出会いだった。
メアリから『魔王の儀』の詳細を説明され、契約者になって欲しいと頼まれた。
だが、自分が魔王を目指すのではなく、シキという悪魔を魔王にさせたいらしい。
その協力を頼まれた。
セツナは迷ったが、契約者になると決断する。
「いいわ、アンタの契約者になってあげる」
「ありがとう~助かるわ~」
「その代わり、アタシの願いを聞いて」
「いいわよ~言ってごらん~」
セツナの願いは既に決まっている。
後はそれを口に出すだけだ。
「私の両親を殺した人間を、今すぐここに連れてきて」
当然の願いだった。
誰にも譲らない。覆面の男だけは、自らの手で殺さなければならない。
両親の仇を討つ為に。
「ごめ~ん、それはできないみた~い」
「なんでよ!? 話が違うじゃない!?」
「だって~、その人間はもう他の悪魔の契約者になってるんだも~ん」
「……どういうこと?」
「『魔王の儀』のルールでね、契約者同士の戦いに悪魔は直接干渉できないのよ~。だから~貴女が殺したい人間に私がどうこうすることは無理なのよ~」
「じゃあ、あいつも契約者になって『魔王の儀』に参加してるってこと?」
「そういうこと~」
「ははっ、そうなんだ。ならいい、願いは他のことにするわ」
「あら、いいの~? 今ならまだ契約しなくても平気だけど」
「いいわ。あいつが契約者になってるんなら、勝ち残ればいずれ会えるでしょ? 少しでも近づけるんなら、アタシはどんな手でも使ってやる。例え、悪魔に魂を売ってでもね」
「じゃあ、契約成立ね~。これからよろしくね、セツナ」
「よろしく、メアリ」
◇◆◇
「やっとよ……」
メアリと契約を結び、契約者となったセツナは。
アメリカで二人の契約者と戦った後、シキがいる日本に旅立った。
そして優真とシキと出会い、現在に至る。
日本に来てからも、時間を見つけては覆面の男を探していた。
けれど、日本でも覆面の男は見つからない。
――そんな時だった。
三日前のニュースで、奴の手がかりを見つける。
幸せな家族を椅子で縛り、全身を切り刻まれて殺された。
あんな狂った殺し方は、覆面の男以外に居ない。
――復讐の相手は、すぐ側にいる。
「パパ……ママ……待っててね。必ずあいつを殺して、その首を持っていくから」
再度己に誓うセツナの顔は、憤怒に染まり、醜く歪んでいたのだった。




