32 セツナ・神代・アニストン 前編
「ねぇ榊、ここ三日間神代が学校休んでるけど、なんか知らない?」
次の授業の準備をしていると、宮崎と朝比奈がやってきて尋ねられる。
彼女の質問に、優真は俯きながら小さい声音で答えた。
「ううん、僕も知らないんだ」
「そっか……ったく、何やってんのよあいつ。学校に連絡も無しで休んでてさ」
「ちょっと心配だよね……」
彼女達が心配するのも無理はない。
宮崎が言ったように、セツナはここ三日間学校を無断で休んでいる。
それどころか、一度も家に帰ってきていないのだ。
心配して何度かメッセージを送ってみたが、一度も連絡が返って来ない。
何故突然、セツナが行方をくらましたのか。
思い当たるふしは一つだけある。
『見つけた……こんなところにいたのね。これほど嬉しいと思ったことは久しぶりよ、やっとお前を殺しにいける』
三日前の晩、カレーを食べている最中に流れた凶悪犯罪のニュース。
そのニュースを視てから、セツナの様子がおかしかった。
残りのカレーをそのままに、夜中からメアリと共に出掛けてしまい、それ以降今日まで帰ってきていない。
一体どこに行っているのだろうか。
考えられるとしたら、ニュースに流れた凶悪犯罪者を探しに向かったのかもしれない。
以前にセツナが告げた言葉が脳裏に甦る。
『アタシのパパとママを殺したアイツを必ず殺す。アタシがこの戦いに参加した理由はね、あの男に復讐する為よ。その為なら、アタシはどんなことでもしてやるわ』
セツナの両親は犯罪者に殺されてしまった。
犯罪者に復讐するために、メアリと契約する時の願いで犯罪者を殺して欲しいと願ったのだが、犯罪者は既に契約者となっていたので、願いは無効になってしまう。
だから彼女は、自分の手で両親を殺した犯罪者に復讐する為に契約者になったのだ。
そしてニュースを視て、犯罪者が復讐対象であると思い、居ても立っても居られずに家を飛び出してしまったのだろう。
優真には何も言わずに。
(少しぐらい頼ってくれてもいいじゃないか……)
一言も告げずに自分一人で先走ったセツナに寂しさを抱いていると、骨の手が右肩に優しく置かれる。
「セツナなら大丈夫さ、無事に帰ってくるのを待とう」
(うん……)
連絡がつかない状態では、こちらは待つことしかできない。
セツナが無事で帰ってくることを、優真は強く祈っていた。
その日の深夜。
今日も帰って来なかったセツナを心配して中々寝付けずにいた優真は、温かいものでも飲もうと部屋から出る。
――ガチャリと扉が開く。
そこにいたのは、顔に疲労の色を滲ませているセツナだった。
「セツナ!!」
すぐに駆け寄ると、彼女は無表情で睨んでくる。
「何よアンタ、まだ起きてたの?」
「それはまぁ……ってそんな事はどうだっていいんだよ。今までどこに行ってたのさ、心配したんだよ」
「アンタには関係ないから気にしなくていいわ」
「気にするなって……」
ぶっきらぼうに言うと、優真を押し退けて自分の部屋に向かってしまう。
冷たい態度を取るセツナに、優真は居ても立っても居られず腕を掴んだ。
「犯罪者を探しているんでしょ? 僕に何かできる事はない?」
「できること? これはアタシの復讐よ。アンタは何もするな。もし首を突っ込んだら、例えアンタでも許さないから」
「……っ」
本気だった。
今まで見たことがないほど殺気立っている。
不用意に触れようものなら、今にも噛み殺す雰囲気だ。
何も言えず黙っていると、優真の腕を強く振りほどいてしまう。
自分の部屋に入っていくセツナを見つめながら、優真はその場で立ち尽くしていた。
「……ふぅ」
バタンと閉めた扉に寄りかかりながら、深いため息を吐き出す。
そんな彼女に、パートナーのメアリが声をかけた。
「あんな態度取らなくてもよかったんじゃな~い? ユーマもセツナのことが心配なんだよ~」
「余計なお世話よ」
「ユーマに協力して貰ったらぁ? セツナが復讐しようとしている契約者にも、他に仲間がいるかもしれないじゃない?」
「馬鹿なこと言わないで。アイツにも言ったけど、これはアタシの復讐なのよ。アタシの手でケリをつけなきゃならないの。それに……アタシの復讐にアイツを巻き込む訳にもいかないわ」
「も~意地っ張りなんだからぁ」
そう、これは自分の復讐だ。
両親を殺した憎きあの男を殺すために、全てを費やしてきた。
悪魔の力を借りてでも、あの男だけは殺さなければならない。
愛する両親を自分の目の前で殺した、あの男だけは。
◇◆◇
セツナは裕福な家庭に生まれた。
日本人の父は会社の社長で、アメリカ人の母親は元女優。
大きな家に広い庭。飼い犬のゴールデンレトリバーは賢く可愛い。
父はおっとした性格で優しく、母は真面目でちょっと恐い。
二人は余すことなく愛情を注いでくれて、愛情を貰ったセツナも良い子に育った。
そんな彼女は才能にも恵まれ、文武両道に長けている。
ジュニアスクールでは一番の成績を残し。
スポーツではテニスの大会で優勝。
ピアノのコンクールも毎回トロフィーを掻っ攫う。
周囲からは神童やら天才やら持て囃されるが、セツナは自身の評価に余り興味はなく、天狗になる事もなかった。
ただ、良い成績を出せば両親が喜んでくれる。
両親が喜ぶと自分も嬉しいから、努力は惜しまなかった。
かといって、両親が強制してくることも特にない。
やりたいと思ったことを好きにやらせてくれるし、やりたくなればいつでも止めていい。
両親はただ、セツナに自由に生きて欲しかった。
絵に描いたような幸せな家庭とはこのことだろう。
セツナは幸せだった。
なに不自由無い生活に、愛情を注いでくれる両親。可愛いペットに、仲の良い友人。
この幸せが、いつまでも続くと思っていた。
この幸せが、いつまでも続くのだと思っていた。
その幸せが、いつまでも続くことはなかった。
運命は残酷だ。
セツナの幸せは、ある日突然に、唐突に、不意に、矢庭に崩壊した。
あれは忘れもしない、十二歳の誕生日。
楽しい一日になる筈だった誕生日は、セツナにとって地獄の一日になってしまった。
「パパ、ママ、行ってくるね!!」
「行ってらっしゃい、気をつけて行くんだぞ」
「最近物騒な事が多いから、危ないと思ったらすぐに助けを呼ぶのよ」
「うん! 大丈夫! 行ってきま~す!」
元気よく手を振りながら行くセツナ。
友達がセツナの誕生日パーティーを開いてくれるそうで、それに向かったのだ。
ただ、暗くなる前には帰ってくる。
何故なら、自分の家でも誕生日を祝って貰うからだ。
「さぁ、始めようか」
「そうね、アタシもお友達に負けないくらいお料理を頑張らないと」
セツナの両親は、毎年必ず三人で誕生日パーティーを行っている。
仕事が忙しくて中々構ってあげられない父親が、誕生日だけはずっとセツナと居たいからだ。
父親は部屋の飾り付けに、母親は料理を開始する。
「もう十二歳か~、セツナも大きくなったね」
「そうね~、あっという間だったわ。来年からはミドルスクールだし、どんどん大人になっていくわね」
「嬉しくもあり、寂しくもあるね」
子供が成長していくのは喜ばしいことだが、その分一人立ちして親から離れてしまう。
嬉しい反面、僅かな寂しさもある。
それを感じるのもまた、親の特権の一つだろう。
「どうする? あの子はアタシに似て可愛いから、すぐボーイフレンドができちゃうかもしれないわよ」
「いや、セツナに彼氏はまだ早いよ。私は許さないからね」
「はぁ……ほんと親バカなんだから」
セツナの将来を想像して楽しいひと時を過ごす。
そんな両親の下に、突然悪魔が現れた。
ガチャリと、突然リビングのドアが開く。
驚いた父親と母親がそちらに顔を向けると、ドアから不審な男が部屋に入ってくる。
真っ黒いスーツに身を包み、覆面を被った男だった。
「だ、誰だ!?」
「なんなの!?」
突然家に入ってきた怪しげな男に両親が狼狽している中。
その男は、二人に向けてこう告げたのだった。
「幸せをね、壊しに来たんだよ」




