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31 月食

 


 優真と銀次の熾烈な戦いは、全力の一端を出した優真に軍配が上がった。

 あとは拘束している銀次から魔石を取り出して破壊するだけなのだが……。


「おうボウズ、負けを認めんたんやからはよ~これ取ってくれや」


「いや……取る訳ないじゃないですか」


 何故か解放しろと言ってくる。

 そんな事したら襲ってくるに決まってるじゃないか。折角捕まえた敵をみすみす逃す奴がどこにいる。


「解放してあげていいよ。どうやら彼は私達の仲間らしい」


 調子狂うな~と思っていると、唐突に現れたシキにそう言われる。

 どういう事だ? と首を傾げていると、


「こら~~~ギンジ~~~!! ワイを置いて行って何らさしとんじゃボケー!!」


「げほっ!!」


 怒声と共に空から小太りの烏が下降してきて、勢いを乗せて銀次の腹にキックをかます。

 悶絶した銀次は、顔を顰めて、


「痛いわドアホー!! パートナーにトドメ刺してどないすんねん!!」


「うっさいわボケ!! ギンジがワイに黙って勝手な行動するから罰をやったんや!!」


「相変わらず元気だね、ランディ」


「うわあああ!? シキ様、お久しゅうございます。ウチのポンコツがとんだ失礼をしてえろーすんまへん!!」


 シキから声をかけられた小太りな烏――ランディは、光の速さで土下座する。

 申し訳なさそうに、何度も何度も地面に頭をついて謝罪していた。


 彼は銀次の契約悪魔のランディ。

 外見は丸々太った可愛いしい烏だが、これでも中級悪魔である。

 能力は自身()の能力の付与。

 翼や爪を生やすことができて、夜目が効き、僅かだが鳥類と意志を疎通することができる。

 能力の使用用途や威力は契約者の霊力に付随する。


 必死に謝るランディに、シキは不思議そうに問いかけた。


「謝らなくていいよ、私の下に来てくれた事が嬉しいからね。それより君、そんな喋り方だっけ?」


「いや~それがですね、ギンジと一緒にいる内に話し方まで移ってしまったんですわ」


「なるほどね~」


「んな事よりはよ拘束を解いてくれへんか」


「あっ、ごめんなさい」


 銀次から頼まれ、優真は拘束を解いて闇を身体に戻す。

 本人は降参と言っているし、ランディの様子からしてセツナやメアリのようにシキの仲間のようだ。

 だから拘束を解いても襲われることはないだろう。


「シキは分かってたの?」


「黒い翼を見た時におや? とは思ったけど、確信したのは彼の魔装を目にした時だね。あの魔装はランディが持っていたからさ」


「それならそうと教えてくれれば良かったのに……」


 つい愚痴を吐いてしまう。

 仲間だと分かったなら、戦う必要もなかったのではないかと思ったのだが。


「それは彼等に事情があったんだろう。そうだよね、ランディ?」


「ええまあ、ワイは戦うことないと言ったんやけど、ギンジが話を聞かなくて……『ほなちょっくら行ってくるわ』ゆうて先走ってしもうたんです」


 申し訳なさそうに発言するランディは、じろりと銀次を睨みつける。

 彼は「しゃ~ないやろ」とそっぽを向いて、


「顔も名前も知らん奴の下につけっちゅうても、納得いかへんやろ。自分より弱い奴を勝たせるのも性に合わんし、もしそいつがど~しようもないクソったれな悪人やったらこっちから願い下げや。

 まっ、どうやらワイの思い過ごしだったっみたいやな。このボウズは、ぶっ倒れてるワイを助けてくれた優しい奴やし、実力も申し分ない。ちょっとヘタレなところもあるけどな、ワイの仲間に相応しいやっちゃで」


「金塚さん……」


 銀次にガシガシと頭を乱暴に撫でられる。

 そんな風にされたのが初めてで、優真はちょっぴり嬉しかった。


「銀次でええよ。ワイも優真って言うたるから」


「はい、銀次さん」


 嬉しそうな優真の姿に、シキも表情を綻ばせた。


「私はランディと二人で話たい事があるから、少し外すよ。二人も是非仲間同士交流を深めておくれ。じゃあ行こうか、ランディ」


「はい! お供させていただきます!」


 そう言って、二人は宙に浮かんでどこかに去ってしまった。


 残された二人は、その場に座りながら色々な話をする。

 流石大阪人というべきか、銀次は一度話し出すと中々口が止まらない。

 けれど話がつまらない訳じゃなく、笑いの聖地らしくオーバーなリアクションを取ったりボケを挟んだりして面白い。


 楽しく会話している中、小さな願いを何にしたかという話題になった。


「そういや優真は、契約ん時の願いは何にしたんや?」


「えっと……僕はシキに友達になってとお願いしました」


 少々照れながら告げると、優真の願いを聞いた銀次は腹を抱えて笑ってしまう。


「だ~~はっはっは!! なんやお前さん、そんなしょ~もないことに願いを使つこうてもうたんか!? しかも相手が悪魔って笑かしてくれるなよ」


「ぼ、僕にとってはしょ~もなくないんです!」


「あほ~、友達ダチちゅうもんはお願いしてなるもんやないで。気付いたらなっとんのや。わいと優真みたいにな」


「えっ……」


 いきなり友達だと言われてキョトンとしてしまう。

 いつからそんな関係になったのだろうか。


「なんや、わいとダチは嫌なんか」


「い、嫌なんかじゃないです」


 ぶんぶんと頭を振る。

 嫌な筈がない。嬉しいに決まっている。

 誰かに友達だとはっきり告げられたことが今までなくて、戸惑ってしまったのだ。


「わいらは仲間でダチや。困ったことがあったら何でも相談せぇ」


「はい、ありがとうございます。あっ、そういえば銀次さんがしたお願いってどんな願いなんですか?」


 少し気になってしまった。

 この底抜けに明るい銀次が、熾烈極まる『魔王の儀』に参加してまで願いたいことはなんなのか。


 今まで出会ってきた契約者達は、みんな悪人ばかりだった。

 シキ曰く、悪魔は人生に絶望して恨みつらみがあるような人間を狙って誘っているので、自ずと契約者は悪人に限られてしまう。


 だが銀次は他の契約者達とは違くて、明るく陽気で正義感もある。

 とても人生に絶望しているようには感じられない。

 なら彼が悪魔と契約してまで叶えたかった願いとは、一体なんなのだろうか。


 優真から問われた銀次は、哀愁な雰囲気を醸し出しながら答える。


「わいの母親おかんがな、いきなりぶっ倒れてもうてな。医者にせたら、治らん病気らしくて、あと一年も持たん言うたんや」


「えっ……」


「腰抜かしてもうたで……そんな訳あらへんやろって医者をどついてもうたわ」


 今でも鮮明に思出せる。

 あの時、医者に余命宣告を申し渡された時のことを。


『残念ですが、お母様はもう……』


『ふざけんなやドアホう!! おかんが死ぬ訳あらへんやろ!!』


『事実です……』


『もういっぺん言ってみぃ!! その口喋らへんよ~にしたるで!!』


『ちょっとお兄ぃ、乱暴はやめて~な!!』


『くっ……先生!! どうかお願いします!! おかんを助けてやってください、この通りや!!』


『残念ですが……』


 どれだけ頭を下げて医者に頼み込んでも、どうにもならなかった。

 その医者はヤブ医者だと決めつけて他の病院を当たってみたが、どこの病院にも匙を投げるれてしまう。

 既に手の尽くしようがなかった。


「おかんは、女手一つでわいらを育ててくれたんや。その恩を返すまでは、絶対に死なす訳にはいかへん。それにわいの下には小っちゃい姉弟がおって、あいつらにはまだおかんが必要なんや」


「じゃあ、銀次さんが叶えた願いって……」


「そうや、おかんの病気を治してくれって願ったわ」


 そう。

 銀次が悪魔と契約し叶えた願いとは、母親の難病を治すことだった。


『なんでや!? なんでおかんが死なんとあかんのや!?』


『つべこべ言ってもしゃ~ないやろ。それよりおかんが死んだ後、子供たちのことはアンタに任せたで、銀次』


 銀次には下に三人の姉弟がいる。

 一個下の頭の良い妹と、中学生で生意気な妹と、元気な五歳児の弟。


 父親はいない。弟が生まれてからすぐ死んでしまった。

 死因は事故。父親は漁師だったのだが、嵐に呑まれて船ごと海に沈んでしまったのだ。


 母親は、女手一つで銀次たちを育ててきた。

 その無理が祟った結果が、難病だった。


『諦めんなや!! わいが絶対なんとかするから、諦めるんやないで!!』


 とはいっても只の高校生である彼には、どうする事もできない。

 刻々と迫る死に脅えながら、恐怖を抱く毎日。


 そんな時だった。

 窓から入ってきた小太りの鴉が、突然人間の言葉で話しかけてきたのは。


『おいお前、願いを叶えてやろうか』


『はっ、とうとう頭おかしゅうなってもうたんか。鴉が喋ってるで』


『母親を助けたくはないか?』


『お前、どうしてそれを……』


 それからランディから悪魔や『魔王の儀』の話を聞かされ、銀次はランディの契約者パートナーになることにした。


 勿論、願いは母親の病気を治すこと。

 願いは聞き届けられ、母親の病気は治った。

 しかもランディが「サービスだ」と言って、衰えた身体も健康にしてくれた。


「ランディにはほんま感謝しとるで。あいつがわいの所に来てくれへんかったら、おかんは死ぬところやったからな。だからわいは、あいつの目的にしてるシキっちゅう悪魔を魔王にするんや、恩を返すためにものぉ」


「そう……だったんですか……」


 立派だ。立派な願いだ。

 友達になって欲しいという自分のくだらない願いなんかよりも、銀次の願いはとても立派なものだった。

 なんだか少し恥ずかしい。

 そして銀次を、一人の人間としてとても尊敬する。


「まぁ、さっき言ったようにシキのパートナーがろくでもない奴だったらしばいたろー思うとったが、優真みたいな奴でほんま良かったで。これで心置きなく戦えるわ」


 にししと嬉しそうに笑いながら、ぽんっと頭に手を乗せてくる。

 優真としても銀次が仲間になってくれて嬉しいし、凄く頼りになる存在だ。

 ランディが選んだパートナーが、銀次で本当に良かった。


「楽しそうだね、パートナー同士仲良くしてくれて嬉しい限りだよ」


「あっシキ、もう話はいいの?」


 いつの間にか帰ってきたシキとランディ。

 話したいことは終わったのかと尋ねると、シキは「そうだね」と頷いて、


「もう大丈夫だよ」


「ギンジ、帰るで」


「そうやな。そろそろ帰らんと遅くなってまう」


「えっ、今から飛んで帰るんですか?」


「そうや、おかんやガキ共が心配するからの。そうや優真、連絡先交換しようや」


「あ、はい」


 スマホを取り出し、銀次と連絡先を交換する。

 新しく連絡先に追加された『金塚銀次』の文字を見て、嬉しそうに微笑む。


「なんかあったらすぐに言えや、すっ飛んできたるわ」


「はい、ありがとうございます」


「じゃあの」


「シキ様、いつでもお待ちしておりますから」


「うん、頼むよ」


 挨拶も終わり、銀次は背中から漆黒の翼を生えさせ、ランディと共に大阪へ飛び去ってしまった。

 姿が消えるまで見送ると、優真とシキも踵を返す。


「僕達も帰ろっか」


「帰ろう。早くユーマのカレーも食べたいしね」





 空の上を飛びながら、ランディは並走している銀次に問いかける。


「どうやギンジ、シキ様のパートナーはお前さんのお眼鏡に敵ったか」


「おうよ、予想してたより凄い奴やったわ」


 優真との戦闘を思い出す。

 ひょろっちぃ身体にしては意外と格闘もできていたし、打たれ強かった。

 グングニルの能力で攻撃したのに大した傷も負っておらず、狼狽える事もない。

 まぁまぁな場数を踏んでいる事が窺えた。


 そしてあの底知れぬ霊力。

 身の毛がよだつ圧力プレッシャーを感じた。

 あれほどの強大な霊力は今まで感じたことがない。文字通り化物級だ。上級悪魔に見初められたのも理解できる。


「それに優真はほんまええ奴やったしの」


 何より優真は善人だ。

 見ず知らずの銀次を助けてくれたし、契約時の願いに関しても悪魔と友達になりたいという何とも可愛いらしい願いだ。

 己が下につくに相応しい……本気で力を貸せる人物に価する。


「ランディはどうなんや? 優真のことはどう思った?」


「ワイか? そうやな~ワイは――」


 逆に聞き返され、ランディはシキと話した会話を思い出す。


『あのボウズがシキ様が言っていたユーマってやつですかい』


『そうだよ、可愛いだろ? とても良い子なんだ』


『良い子って……ワイが言うのもなんですけど、ほんまにあのボウズをパートナーにして良かったんですかい? な~んか頼りなさ気で、この戦いに優勝できるとは思えへんですけど』


『今は頼りないかもしれない。けどね、私はユーマの“可能性”に期待しているんだよ。困難を乗り越え成長した時、他の人間よりも伸びしろがある。だからランディとギンジ君も、ユーマに力を貸してくれると助かるよ』


『まぁ、シキ様がそこまで太鼓判を押すなら、ワイはもう何も言いませんわ』


 ランディは知っている。

 シキという悪魔はどの悪魔よりも思慮深く、先見の明を見据えていることを。


 魔界に七人しか存在しない偉大なる上級悪魔がそれだけ評価しているなら、自分のような小童が心配する必要はない。

 だから己は、敬服するシキを魔王の座に君臨させる為に尽力するのみ。


「――ワイはあのボウズは、大物になると思うとるわ」


「そうやろ、わいかてそう思ったわ」


 パートナーと意見が一致した銀次は、嬉しそうな笑顔を浮かべたのだった。



 ◇◆◇



「ふ~ん、新しい仲間ね~。信用できる奴なの?」


「銀次さんは信頼できる人だよ。セツナも会ってみれば分かるさ」


「まっ、あんまり期待しないでおくわ。優真の口じゃ信用できないし」


「酷いなぁ」


 その日の夜。

 晩御飯にカレーを食べながら、優真は銀次の事を話していた。

 戦いに発展したことや、仲間になってくれたこと。

 しかし、新しい仲間が増えたというのにセツナの目は懐疑的だった。


『――来週の夜中、数十年ぶりに皆既月食が見られます』


 ふと、テレビのニュースが視界に入ってくる。

 アナウンサーと司会者が、パネルを使いながら説明していた。


 どうやら来週あたり、数十年ぶりに皆既月食が現れるようだ。

 へぇ~と感心しながら見ていると、隣にいるシキが口を開く。


「ようやく来たね」


「来たって……何が?」


「アンタそれも知らないの? 次の月食の日が、悪魔が人間と契約を結べる最後の日なのよ」


「そうなんだ」


「私が説明しようか。『魔王の儀』はね、人間をパートナーにする期間が定められているんだ」


 シキが詳しく説明してくれた内容を搔い摘むと、こんな内容だった。


『魔王の儀』に参加するにあたって、悪魔は人間と契約しなければならないのだが、その期間は無限ではない。


 人間界で現れる次の月食が、契約を結べる最後の期限である。なのでもしそれまでに人間と契約していない悪魔がいたら、権利を剥奪され魔界に強制送還されてしまう。


 なので悪魔側からとしても、強い人間を探そうとじっくり吟味している余裕はないのだ。


「じゃあ月食を越えると、人間と契約できなかった悪魔は『魔王の儀』に参加できず魔界に帰っちゃうんだ」


「そうなんだよ」


「言うなれば、そこからが本当の戦いの始まりなのよ。今までは様子見の段階、もっと強い奴が出てくると思っておいた方がいいわ」


「も~セツナはそうやってすぐに脅すんだから~」


 でも、セツナが言っていることは間違っていない。

 次の月食を機に『魔王の儀』は本当のスタートを切る。

 優真達には、もっと過酷で熾烈な試練が待っているだろう。


 それを想像してごくりと生唾を飲み込んでいると、ニュースの内容が変わる。


『続いてのニュースです。都内で、とある家族が何者かによって刺殺されました。殺された家族は椅子に縛られ、全身を凶器で斬り刻まれた模様です。犯人は未だ分かっておりませんが、警察は凶悪犯罪者として捜査し――』


 ――ダンッ!!!


 と、突然けたたましい打撃音が鳴り響く。

 その音は、セツナが両手でテーブルを叩きつけたものだった。


「セ……セツナ?」


 突然の行動に三人が呆然とセツナを見つめる中、彼女は食い入るようにテレビを睥睨する。


「見つけた……こんなところにいたのね。これほど嬉しいと思ったことは久しぶりよ、やっとお前を殺しにいける」


 怨嗟の声音で告げるセツナの瞳は憎しみの業火が舞い、その口元は醜く歪んで、歯を剥き出しにして嗤っていたのだった。


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