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30 優真の全力

 


「さ~て、ここまで来ればええやろ」


「……」


 二人は海岸の砂浜まで場所を移していた。

 ここならどれだけ暴れようと周囲の物を壊したりしないし、シキが人払いをしているから一般人を巻き込む可能性もない。

 だから思う存分全力で戦い合える。


「手加減はせぇへんからな。本気でかかって来ぃや」


「はい!」


「よっしゃ! ほな行くでぇ!!」


 気合の一声と共に、銀次が真っすぐ接近してくる。

 ――疾い。瞬きしている間に距離を詰められてしまった。


「おらぁ!」


「ぐっ!」


 放たれた正拳突きに対し、咄嗟に腕を交差して防御する。

 衝撃が重く足が浮きかけるが、踏ん張ってギリギリ留まった。


 銀次はさらに怒涛の殴打で追撃してくる。軌道を見極め、優真は躱したり防いだりと防御に徹する。

 攻撃を受け切った優真に、銀次は感心するように口笛を吹いた。


「ほ~う、見掛けによらずやるやないか。驚いたでボウズ」


「はぁ……はぁ……(身体が反応してくれる。セツナのお蔭かな)」


 銀次の格闘に対応できるのは、セツナとのトレーニングの成果だった。

 セツナから鍛えてもらう事になってから、学校の放課後にトレーニングを欠かさず行っている。


 それによって少しは体力もついたし、格闘の技術も身に着についた。まぁ、まだまだサンドバッグ状態からは抜け出せていないが。

 しかし、セツナが鍛えてくれているお蔭で銀次の攻撃を防げている。優真は心の中で感謝した。


「ほんなら、これはどう防ぐ?」


 そう言うと、銀次は背負っている竹刀袋から黒々とした槍を取り出す。

 武器の登場に、優真はごくりと唾を飲み込んだ。


「グングニル。わいの魔装や。どうや、かっこええやろ」


「魔装……」


 見せびらかすように槍を振り回す銀次。

 魔装を所持しているという事は、少なくとも彼が契約している悪魔は中級以上の悪魔になる。

 魔界から道具を持ってこれる特権を有しているのは、中級悪魔と上級悪魔だけだからだ。

 危険度がさらに増したことで、優真は少し怖気づいてしまう。


「ボウズも魔装出してええで、待っといたるわ」


「いえ、僕は持ってないので気にしなくていいです」


「あれ? そうなんか? わいはてっきりボウズも魔装を持っとると思っとったんやが」


 おっかしいなぁと頭を掻く銀次。

 シキは上級悪魔なので、魔界の道具を持ってこれる権利はある。だが未だに、彼は道具を渡そうとしない。

 理由は分からないが、シキには何か考えがあるのだろう。だから優真は、彼が自分から渡してくれるその時まで待つ事にしたのだ。


「ほんなら、遠慮はせぇへんで。この槍でド突いたるわ!」


「――っ!」


 再び銀次が接近してくる。

 打撃なら防御できるが、流石に素手で槍を防いだら串刺しになってしまう。

 なので優真は身体から闇を出現させ、眼前に膜を張る。


「なんや気持ち悪いのが出てきたのぉ。かまへん、そのまま突き破ったるわ!!」


 闇の衣が優真を守っているが、銀次は構わず刺突を繰り出した。

 だが、槍先は優真に届かず完全に防がれてしまう。

 それでも構わず連撃を放ち続けるが、優真の闇は硬くビクともしなかった。


「嘘やろ!? 固過ぎるわアホ!!」


「捕まえろ」


「やっば!?」


 槍の攻撃が効かず文句を垂らしていると、優真から闇の触手が二本放たれる。

 危険を感じた銀次は後退するが、触手はどこまでも追い続けてくる。

 なので彼は背中から漆黒の翼を生えさせ、上空に飛んで逃げた。


「ふぅ、危なかったわぁ」


「くそ、速くて追いつけない」


 空に逃げた銀次を捕まえようとするも、縦横無尽に素早く動き回られてしまい、触手が追いつかない。

 悔しそうに歯を噛み締める優真だったが、それは銀次も同じだった。


(あのボウズ、なんつ~量の霊力や。わいの何倍あんねん。硬すぎて手の出しようがないわ。それにあの真っ黒いやつも、不気味で鳥肌が立ってしゃーないしの)


 優真から迸る膨大な霊力に驚嘆してしまう。

 あれほどの霊力を保有した契約者は今まで見たことがない。

 それに加え、あの禍々しい悪魔の力。対峙しているだけで背中が粟立つ。相当に強力で凶悪な能力だ。


 捕まった時点でアウトだろう。

 だが、アドバンテージはこちらにある。


「そんなら、これでどうや!?」


 銀次は翼を羽ばたかせる。すると無数の羽根が放出され、凶器となって優真に降り注ぐ。

 優真は咄嗟に膜を張り、羽根の雨を凌いだ。


「――ぐっ!!」


 ズドドドドッ!!

 と、豪雨の如く羽根が降り注がれ、闇の膜に衝突してくる。なんとか耐えてはいるが、一方的にやられるままで、打ち破られるのも時間の問題だ。


(この人……強い!!)


 銀次は強かった。

 格闘や槍術の接近戦も得意みたいだが、優真に通じないと分かるや否や瞬時に遠距離戦に切り替えた。


 それに加え、空に飛んでいるからこちらの攻撃は届かず圧倒的に不利。

 明らかに戦い慣れている。


(どうしよう……このままじゃ……)


 打開策を見い出せず我慢して耐えていると、羽根の豪雨がピタリと止んだ。


「これでも駄目やったか……ほんまかったいのぉ」


 困ったように舌打ちする。

 羽根による攻撃は霊力をかなり消費してしまう。銀次も霊力は高いほうだが、バカスカと撃ち続けることは不可能だった。

 互いにダメージを与える手段が無く、膠着状態に陥ってしまう。


「しゃーないの。奥の手の一つを見せたるか」


「なにか来る……」


 突然銀次の霊力が高まったことで、優真は警戒する。

 銀次は霊力を黒槍こくそうに乗せ、優真に向けて突き放つ。


「穿て、グングニル!!」


 放たれた刺突から、衝撃波のようなものが飛来する。

 優真は再び闇を膜を展開してガードしようとしたが――、


「無駄やで、わいの攻撃は絶対に当たるんや」


「がは――ッ!?!?」


 突き刺さるような衝撃が腹に襲い掛かってくる。

 激痛に耐えられず、呻き声を漏らしながら膝をついてしまう。

 腹を抑えると、手に血が付着していた。


(痛い痛い痛い、お腹がどうにかなりそうだ!!)


 初めてダメージを負った優真は、激痛に涙を溢してしまう。


(でも……どうして攻撃が当たったんだ? 闇を貫通した感じもしなかったのに)


 しっかりと闇の膜で防いだつもりだ。

 だけど、何故か闇の膜には受け止めた感触がなく、そのままダイレクトに優真に攻撃が当たった。

 一体どういう事なんだ。


 そのからくりは、銀次の魔装グングニルの能力が関係していた。

 グングニルの特性は“必中”。全ての事象をすり抜け、狙った敵に必ず攻撃を当てる能力がある。

 どれだけ頑強な盾があろうとも、幾ら逃げ回っても、必ず的中してしまうのだ。


 ただ、この能力を使用するにあたってかなりの霊力を消費してしまう。そう何度も連発はできないのが痛いところだ。

 それでも、必中という強力無比な攻撃であることには違いない。


「そんでも、今ので決まらなかったのが驚きなんやけどな。能力だけじゃなくて身体も固いんかい、あのボウズ」


 今の一撃で仕留めきれなかった事に驚いてしまう。

 必中といっても、その威力は銀次の霊力に付随するので、決して必殺ではない。


 身体能力を飛躍的に向上させる能力を持った契約者ならば、耐えられる可能性はあるだろう。

 だが、優真は身体強化の系統ではなく、銀次もかなりの霊力を注ぎ込んだ。今までの相手なら、腹に風穴が空いて勝負は終わっていただろう。


 なのに、優真は重傷を負っている感じでもなく未だに立ち上がろうとしている。

 恐ろしくタフだ。


「どうしたらいいんだ……」


 銀次を倒す術が見つからず、優真は顔を顰める。

 こちらの攻撃は届かない。向こうは空から一方的に殴れて、かつ正体不明の攻撃まである。

 勝機を見出せず困惑していると、銀次が挑発してきた。


「おいボウズ、お前の全力はこんなもんなんか? もっと気張れるやろ!!」


「気張れって言われたって……」


「もっと腹の底から力を出してみぃ! こう、ぐわぁ~~とや! 分かるか!?」


 分からないし、何故敵である自分に助言してるのかも分からない。


 しかしふと思う。

 今まで悪魔の力を使う時は、なんとなく使っているだけだった。

 契約者と戦っている時は無我夢中で普段より力が増していた気がするが、自分自身の手で、全力で悪魔の力を使った事は無かった気がする


 本人は気がついていないが、それは無意識にブレーキをかけているからだ。

 相手を殺してしまう恐れがあるので、彼の優しい心が力を抑えているのである。


 だが、セツナにシキを馬鹿にされた時や、横峯が周囲を巻き込んで自爆しようとした時、隠蓑に朝比奈を攫われて怒った時は、タガが外れてブレーキが一時的に壊れてしまった。

 力が膨れ上がるのはいつも怒りを抱いた時なのだ。


 もし感情が平常のまま己の意志で出力を上げられるとしたら、どれだけの力を出せるのだろう。


 そう思った優真は、瞼を閉じて集中する。

 すると、身体に宿る霊力を感じ取ることができた。

 そうか、この力が霊力か。

 悪魔と契約したこと、そして契約者との戦いで、優真は霊力の存在を感知することができた。


 さらに深いところまで探り、心の奥を覗く。

 そこには、膨大で真っ黒な霊力が犇めいていた。

 自分の中には、こんなに薄気味悪くて、計り知れないほどの力が眠っていたのか。


 シキは霊力を魂の力と言っていた。

 という事は、自分の魂はこんなにも酷く醜いという事なのか。

 自分自身に嫌悪を抱きながらも、優真は心の奥に眠る霊力に手を伸ばす。

 触れた瞬間、溢れんばかりの力がとめどなく流れ込んできた。


「ちょ待て待てぇ!! なんやこの霊力は!? 多いにしても程があんやろ!!」


(素晴らしい、素晴らしいよユーマ。けど、これでもまだ力の一端に過ぎない。もっと私に力を見せておくれ)


 優真から迸る絶大な霊力を前に、銀次は動揺し、シキは歓喜に震える。


「捕まえろ」


 ぞぞぞ、と闇が広がる。

 右手を掲げながら命令を下すと、意志があるかのように闇が蠢き、空に浮かぶ銀次へと迫る。


「これあかんわ!」


 空を覆い尽くす勢いで迫りくる闇から逃れようと、銀次は雲を突き抜けさらに高く飛び上がる。

 しかし闇が追いかける方が数段疾く、逃げ切れず追いつかれてしまった。


「嘘やろ!?」


「堕ちろ」


 闇が足に触れた刹那、ズズズッと引き寄せられ、全身を飲み込まれてしまう。

 優真が掲げていた右腕を振り下げると、銀次を丸のみにした闇が風を切りながら地面に激突した。


「――がはっ!?!?」


 痛烈な衝撃を全身に受けた銀次は悶絶し、意識がもっていかれそうになった。

 優真の攻撃はまだ継続中で、両手足を束縛して地面に縫い付ける。


「アホんだら!! 全く動けへんやんか!!」


 拘束から逃れようと身動みじろぐが、一切合切身動きが取れない。

 すると、悍ましい霊力と共に足音が聞こえてきた。


「僕の勝ちです」


 見下ろしながら勝利宣言を放つと、銀次はへへっと嬉しそうに破顔した。


「降~参、わいの負けや」



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