26 悪い人間が選ばれる理由
「アンタ、その絆創膏はどうしたのよ」
「絆創膏? あ……」
「まさか敵にやられた傷なんじゃないでしょーね」
「あはは……」
「本当ダメね、ザコ相手にそんなザマじゃ、この先勝てないわよ」
的中されて誤魔化し笑いを浮かべる優真に、呆れた風に頬杖を突くセツナ。
校外学習から帰宅してきた優真とセツナ。
敵の契約者と戦ったことや、山の中を一日中歩き回り疲れ果ててしまったので、今夜の食事はご飯を作らずコンビニ弁当だった。
因みにシキとメアリはカップラーメン。お湯を注ぎ三分待つだけで食べられるラーメンに酷く感動していた。
絆創膏の話題になったことで、契約者との戦いを思い出した優真は、暗い顔を浮かべてポツリと溢した。
「ふと思ったんだけどさ、契約者の人って何で悪い人ばっかりなのかな」
「あん? 急に何言ってんのよ」
「今まで戦った人はさ、平気で人を殺そうとする人達ばっかりだったんだよ。それがちょっと気になってね」
彼が言った通り、今まで戦った契約者は相手を殺すことに何の躊躇もなかった。
屋上で拳銃を撃ち放ってきた横峯も、朝比奈と宮崎を攫って罠に嵌めてきた隠蓑や森永も、勝つ為には卑劣な真似をすることさえ厭わない。
ショッピングモールで自爆した権田に関しては、精神状態が正常とは言えず狂っているように見えた。
契約者には、まともな人間がいない。
「アンタね、前にも言ったじゃない。これは敵を蹴落として優勝を目指す戦いなのよ。殺らなきゃ殺られる、少しでも躊躇ったりしたら終わりなんだって」
「それは理解るんだけどさ……じゃあ契約者はみんな、平気で人を殺せるっていうの? 優しい人や良い人は居ないっていうの?」
「それは……」
優真から問いかけられ言い淀んでしまうセツナに変わって、シキが答えた。
「ユーマには前に一度、悪魔が契約者にする人間を選ぶにあたって、霊力が重要だと言ったよね。その者の霊力が高いことや、霊力の性質が負であることを」
シキの話にうんと頷く。
優真とシキが契約を交わす時、どうして自分を選んだのか聞いたら、霊力が高いからと言われた。霊力が高ければ高いほど、悪魔の力を引き出せるからって。
性質については、学校に行った時にシキが初めて朝比奈を見た際に実感した。
彼女は霊力が高いが、性質が正なので悪魔の力を使うことはできない。
だから朝比奈は悪魔に誘われることは無いので、安心したのだ。
「実はね、悪魔が契約者を選ぶ要素として、霊力意外のことも上げられるんだ」
「それは……何?」
恐る恐る尋ねると、シキは一白置いて、
「それはね、不幸な目に遭っている人間を選ぶんだよ」
「不幸な人? 何でわざわざ不幸な人を選ぶのさ?」
「質問を質問で返すようで悪いんだけど、逆にユーマは、日々が楽しくて、現状になんの不満を抱いていない幸せな人間が、死ぬかもしれない戦いに参加すると思うかい?」
「それは……」
思わない。思う訳がない。
「ユーマは契約者になるにあたってのデメリットを聞いてきたよね。そして私は、殺し合いになる、命の保証はできないと伝えた筈だ。
それを知った上で、ユーマは私のパートナーになることを了承してくれた。それは何故だい?」
死んでも良いと思ったからだ。
この先生きていても楽しい事なんて何一つない。いつ死んだっていいと、人生に絶望していたからだ。
それならば、それが悪魔だろうが初めて頼ってきた人の力になれるならと、優真はシキのパートナーを引き受けた。
理由を返せず、口を閉じたままの優真の心情を察したシキが、続けて話を再開させる。
「現状に強い不満を抱き、人生に絶望していつ死んでもいいと思っている人間でなければ、とても悪魔の話に乗ってなんかくれないよ。
それでね、悪魔に選ばれる要素を持っている人は、必然的に不幸な人間に限定されるんだ」
確かにそうだ。
穢れが見え、父親に捨てられ、母親が目の前で自殺してしまった優馬は不幸だった。
それはセツナも同じ。
彼女も突如両親を何者かに殺されている。
二人だけじゃない。きっと今まで戦ってきた契約者達も、程度の差はあれど不幸な目に遭っているのかもしれない。
「不幸な人間を見つければ、後は簡単さ。契約すればすぐにでも小さな願いを叶えられ、もし優勝すればどんな願いも一つだけ叶えられる。
不幸な人間からしてみれば、涎が出る話だろうね。その餌をぶら下げて、言葉巧みに上手いことを言えば、不幸な人間に抗える力はない」
そう言って、シキは「ここからが本題なんだけどね」と続けて、
「不幸な人間ほど欲が深いんだ。願いを叶えて一度でも幸福を知ってしまうと、それだけでは足りずにもっと欲してしまう。どんな願いでも叶えられる権利を得るためならば、平気で人を殺してしまえるんだよ。
だから自ずと、契約者は悪い人ばかりなんだ」
「そっか……そうだったんだ」
シキの話を聞いて、優真はようやく腑に落ちた。
契約者が人を殺すことに躊躇いがない悪い人間ばかりなのは、元々不幸な人間だからだ。
幸福の味を知った契約者は欲深い化物と変貌し、大きな願いを叶えられる為ならなんだってする。
上手いシステムだな、と思う。
人間の不幸を利用した、悪魔らしいやり方じゃないか。
だって、今にも死にたいと思っている人間が、高級な餌をぶら下げられて断れる訳がない。
ず~んと心が沈んでいる優真を励ますように、メアリがこう告げてくる。
「逆に言うとね~、ユーマが珍しいのよ。小さな願いもシキ様と友達になりたいっていうちょっとよく分からない願いだったし、できることなら人を殺したくないっていう優しい心を持ってるのもそうだし~」
「はん、それは優真が能天気ってだけでしょ~が」
「ちょっとセツナ~折角私が励ましてるんだから水差さないでよ~」
「うん、ありがとう、メアリ。気を使ってくれて嬉しいよ」
無理矢理笑顔を作ってそう言うと、メアリは(いや~ん、この儚げな顔シュキ~)と一人勝手に悶えている。
機嫌を良くしたメアリは、さらに込み入ったことを優真に説明する。
「この際だから知ってること言っちゃうけどね、私達がパートナーを選ぶ範囲は、大体ユーマやセツナぐらいの年齢から五十代ぐらいなの。それ以下や以上だと、戦いに支障が出るのよね。まぁ、ちょっとはいると思うけど~」
それはそうだろう。
優真より下といったら小学生だし、老人ではまともに動くことも叶わない。
優真やセツナの年齢が最低ラインだった。
「後はね~、悪魔の力を使うのに大事なのは霊力なんだけど~、心の闇も関係してくるんだよね~」
「心の闇?」
「そうなの~、あいつを殺したいって強い殺意や~絶対あれが欲しいっていう負のエネルギー? みたいなのも悪魔の力を引き出す要素になるのよね~。
まぁそれは大体の契約者が抱いてるものだし~あまり差はないんだけどね~」
「へぇ……そんなのもあるんだ」
初めて知った情報に関心する。
その話からすると優真は他の契約者に比べたら全く欲が無いので、若干不利であるかもしれない。
まぁ、それを除いても彼には他の契約者と比べ物にならないほどの霊力を兼ね備えているのだが。
「恐らくこれからも敵の契約者は悪い人間ばかりだろう。それでもユーマは戦えるかい?」
シキに問われた優真は、覚悟を胸に抱いてはっきりと言葉にする。
「うん、戦うよ。シキを魔王にするって約束したから。でも、僕はやっぱり人を殺したくない。例え敵の契約者が、どんなに悪い人であっても」
「うん、ユーマがそうしたいならそれでいいよ。ユーマが私の為に戦ってくれるだけで、私は嬉しいからね」
契約者と悪魔。
お互いに良い雰囲気で話が締まりそうな中、セツナが横から茶々を入れてしまう。
「ふん、この甘ちゃん共は本っ当に能天気なんだから」
「何言ってんのよ~セツナはユーマの仲間なんだから、支え合わないと駄目でしょ~」
「い~や! 誰が支えるもんですか。私は自分の復讐を果たせればそれでいいんだから」
「も~この子ったら~」
(僕は絶対に悪人にはならない。どんなことが起こっても)
セツナとメアリが仲の良いやり取りをしているのを横目に、優真は一人決意を抱いていたのだった。




