24 校外学習5
時間は遡り、隠蓑が放った銃弾が優真の眉間を撃ち抜いた頃。
セツナもまた、地面に倒れている宮崎を発見していた。
「明らかに罠ね」
「そうね~ちょっと露骨よね~」
これ見よがしにさぁ助けなさいと言わんばかりに倒れている宮崎の姿に、どう見ても罠であると警戒する。
近づいたら最後、トラップが作動するに違いない。
なのでセツナは、魔装を使うことにした。
右手に着けてあるブレスレットが発光すると、ブレスレットが黒い鎖に変化する。
魔装グレイプニル。
魔界には『三幻魔』という伝説上の魔物がいた。
その内の一体、魔界の大地を食い荒らしたフェンリルという巨大な狼を捕まえる為に作られたのが、グレイプニルと名付けられた鎖だった。
この鎖はそれをモチーフに作られたものである。
己の意志によって自由自在に動かすことが可能で、伸縮自在で形状まで変えられる。
持ち歩くのには不便なので、いつもはブレスレットに変形して所持していた。
中級悪魔の特権により、魔界の道具を一つだけ持ってこれる。メアリはシキを勝たせるために、魔界からグレイプニルを持ってきたのだ。
「落とし穴か何かわかんないけど、持ってくればいいだけの話よね!」
セツナは鎖を操り、倒れている宮崎の身体に巻き付ける。
鎖を引っ張って、宮崎を自分の下に引き寄せた。
これで人質は回収した。
後は敵を倒すだけ――と思われたのだが。
「木の人形!? 嵌められた!!」
それは宮崎本人ではなく、よくできた木の人形だった。
人形には学校指定のジャージを着せられており、巧妙に擬態されてあるので、偽物だとセツナでも見破れなかったのだ。
マズい! と危険を察した瞬間、木人形からバフッと大量の粉が噴出される。
「けほっけほっ……粉? これって……まさ……か……」
「セツナ!?」
粉を吸ってしまい咳き込むセツナは、急激な眠気に襲われてしまう。
近くにいるメアリが必死に叫んでいるが、眠気に抗えず、セツナは地面に倒れて伏してしまったのだ。
「やった! 上手くいったぞ!」
「やったな、リンタロウ」
「うん、ウネウネの能力のお蔭だよ」
セツナが眠る場面を、森永と契約悪魔のウネウネは遠くで観察していた。
作戦が上手くいって安堵し、深く息を吐き出した。
森永が考えた作戦はこうだ。
眠っている宮崎からジャージを剥ぎ取り――凄くドキドキしたけど身体はなるべく見ないようにした――、植物を操って木人形を作る。
その木人形に宮崎のジャージを着せ、顔が見えないように地面に設置する。
敵が助けにきた瞬間に眠り粉を噴出させ、敵を眠らせる。
少しでも吸ってしまえば、猛獣でも半日は眠りにつく強力な眠り粉だ。
眠ってしまえば後は簡単。
魔石を取り出し、破壊するだけだ。
セツナが鎖を出現させて木人形を捕まえた時は偽物だと気付かれてしまうかと焦ったが、そのまま自分のところまで持っていってくれたのでセーフだった。
即座に眠り粉を噴出し、セツナを眠らせることに成功した。
「よし、さっさと魔石を壊して、隠蓑さんと合流しよう」
森永は眠っているセツナに恐る恐る近寄り、どこかに隠してある魔石を探そうと手を伸ばす。
――その時だった。
「残念だったわね」
「ひっ!?」
眠っている筈のセツナから、伸ばした手をガッと掴まれてしまう。
混乱する森永は、なんで!? と続けて、
「眠り粉を浴びて眠ったんじゃなかったのか!?」
「ちょっと危なかったわよ。自分に電撃を浴びせなかったら、確実に眠ってたわ」
ニヤリと口角を上げる。
眠り粉を浴びて眠気に襲われた刹那、咄嗟に自分に電撃を浴びせるという自傷行為により、眠気を回避した。
それでもセツナの霊力が低いか森永の霊力が高かったら眠っていたと思われるが、逆だった為にギリギリ意識を保たれている。
正直言うと今でも眠い。
持続的に電気の刺激を与えていなければ、すぐにでも意識を失いそうだ。
「そして今度はアタシがアンタを嵌めたって訳よ」
「そ、そんな……」
今言った通り、セツナはこの状況を利用した。
罠に引っかかったフリをして地面に倒れ、獲物を待つ蛇の如く敵が近づくのをじっと待っていたのだ。
その罠にまんまと引っかかり、森永は逆に捕まえられてしまった。
「さぁ、喰らいなさい」
「ぐあああああああああああああああ!?!?!」
自分の身体から伝導させ、直接森永に電撃を浴びせる。
焼けるように痛覚が総身に襲いかかってくる中、このままでは殺されかねないと焦り、窮地を脱しようと能力を発動させる。
「やらせるかっての!!」
「ぐほっ!?」
森永が何かしようと企んでいるのを察したセツナが、おもいっきり腹を蹴り飛ばした。
身体をくの字に曲げ吹っ飛んだ森永は後方の大樹に叩きつけられてしまう。
距離を取ったのは正解だった。
彼が反撃しようとしていたのは、手足に巻き付けてある植物から毒の粉を噴射させることだった。
この毒は最悪人を殺してしまう可能性があるので、切り札に取っておいたのだ。
「タテ、リンタロウ! ガンバッテ!」
「が、頑張るよ。優勝して願いを叶えるんだ。植物の声を聞く力を手に入れるんだ!!」
ウネウネから応援された森永は、痺れる身体を無理矢理動かして必死に立ち上がる。
能力を発動し、周囲にある木の根っこを操ってセツナに攻撃を繰り出した。
「アンタ如きがアタシに勝てる訳ないでしょーが。身の程を知れっての」
くだらないと吐き捨てるように告げるセツナは、グレイプニルの形状を鎖から剣に変形させる。
「三千万ボルト・雷斬!!」
剣となったグレイプニルに、雷を纏わせる。
雷剣と化したグレイプニルを振るい、迫り来る木の根を焼き払った。
「くそぉ……これならどうだ!!」
攻撃が通用しなかった森永は、再び能力を発動。
後ろにある大樹を操り、セツナに向かわせた。
ドドドッと地響きを立てながら猛進してくる大樹に対し、セツナは右手を翳す。
「五千万ボルト・麒麟!!」
超高圧な雷で形成された雷馬が大樹を焼き払う。
最大の攻撃術を容易く打ちのめされた現実に、森永は絶望を抱いた。
こんな筈じゃなかった。
山の中は植物や木々が沢山ある。
自分の能力が最大限にに発揮されるホームグラウンドだ。
負ける要素なんてないんだ。
しかし現実は無慈悲だ。
いくら地の利を生かそうと、圧倒的な暴力の前では塵と化す。
「ニゲロ、リンタロウ!」
「うわぁあああああ!!」
負けたくないと、背を向けて逃走を図る。
だが、のこのこと敵を逃がす程セツナは甘くない。
「三千万ボルト・飛鷹!!」
「ぎゃあああああああああああ!!!」
三匹の雷鳥が飛び交い、逃げる森永を捉える。
電撃を喰らった森永は絶叫を上げると、膝から崩れ落ちてしまった。
一歩も動けない彼に近付き、その背中を強く踏みつける。
「さぁ、攫った子の居場所を教えなさい。教えないと殺すわよ」
「ひぃぃぃぃ」
脅しをかけられた森永は、宮崎がいる場所を素直に教える。
もう用はないと言わんばかりに、動けない彼の身体から魔石を取り出して破壊する。
ついでに軽い電撃を浴びせ、気絶させた。
「殺さないのぉ?」
いつの間にか側にいたメアリに問いかけられると、セツナは優真の言葉を思い出した。
『ふざけてなんかないよ、僕はできれば人を殺したくない』
「ふん、こんなザコ、殺すまでもないわ」
「リンタロウ……モット一緒ニ……イタカッ……」
魔石が破壊され、敗北となったウネウネが魔界に強制送還される。
それを横目に、セツナは身を翻した。
「さっ、さっさとアイツを探して帰るわよ」




