22 校外学習3
「敵が現れたのよ」
「敵って……契約者ってこと? そんなまさか……だってここキャンプ場だよ。いる訳ないじゃないか」
セツナの話に驚愕する。
信じようとしない優真に、セツナは嘘なんかじゃないわと続けて、
「悪魔の気配が出たのよ。メアリが感じ取ったから間違いないわ。シキも知ってるわよ」
「ほ、本当なの?」
「「本当だよ(~)」」
どうやら本当らしい。
しかし、メアリはどこか腑に落ちないような顔を浮かべて、
「けど変なのよね~」
「何が変なの?」
「悪魔の気配は感じるんだけど~、ずっと感じる訳じゃなくて時々感じるのよね~」
「それに加え、気配を感じる場所がいつも違うんだよ」
メアリの説明にシキが補足する。
悪魔は他の悪魔の気配を感じ取れるらしい。
だから敵の居場所が分かるのだが、今回の場合は悪魔が気配を出したり消したりしているのだ。
それも、わざわざ気配を出す位置を変えたりしている。
何故そんな真似をするのだろうか。
何かしらの意図があるのだろうか。
意味が分からず困惑していると、セツナが目を細めながら睨んでくる。
「アンタバカなの、こんなの罠に決まってるじゃない」
「わ、罠……?」
「敵は敢えて悪魔の気配を出して、アタシ達の反応を窺ってるのよ。アタシ達の中に契約者が居ないかってね。それに気配を出した瞬間から位置を割り出されないように場所まで移動している。
それを考えると、敵は小心者で用意周到、かなり頭がキレるタイプよ」
「うん、私もそう思うよ」
セツナの話にシキも同意する。
まさかこんな場所に他の契約者がいるとは思いもしなかった。
それもセツナの考えによるとかなり慎重に事を進めていることが分かる。
「でっでもさ、悪魔の気配を出し続けてるって事は、まだ僕達が契約者だって事は敵に知られていないんじゃないの?」
「もうとっくにバレてるわよ。敵の気配を感じたメアリが、どこにいるのか探知しようとして悪魔の力を使っちゃったから」
「ごめ~ん! いきなりだったから慌てちゃったぁ!」
「あっそうなんだ……」
両手を合わせて謝るメアリ。
しかし彼女のことは責められないだろう。
普通魔力の気配を感じたら、咄嗟に居場所を突き止めようとするものだ。
まぁ、流石は上級悪魔というべきか、シキはそんな迂闊な真似はしなかったが。
なんにせよ、こちらに契約者がいることを敵にバレてしまった。
それが一人なのか二人なのかまでは分からないが。
だが、そうだとしたら一つ解せないことがある。
その違和感を、優真は問いかけた。
「じゃあさ、何で敵は襲ってこないのかな?」
「さぁね、そんなの知らないわよ。私達を見てビビッてるのか、何か他に考えがあるのか。まぁなんにせよ、警戒するに越したことはないわね」
「そうだね、いつどんなタイミングで襲ってくるか分からないよ」
「う、うん……分かった」
それから優真とセツナは一緒に行動しつつ敵の反応を窺っていたのだが、結局姿を現す様子は見られなかった。
自由行動の終了時間になり、二人は集合場所であるキャンプ場に戻ってくる。
そして班ごとに点呼を確認するのだが……。
「あれ、朝比奈と宮崎は居ないのか?」
「えっ?」
と、担任の教師に尋ねられた優真は周囲を見渡す。
そういえば、二人の姿が見当たらない。
ただ単に遅刻してきただけだろうか。
いや、真面目な朝比奈が遅刻するとは到底思えない。
だとしたら、他に考えられることは――。
嫌な予感が脳裏を過った時、教師が頭を掻きながら口を開く。
「弱ったなぁ、トラブルか」
「先生どうしたんですか?」
「あ~いえ、まだ来てない生徒が二人いましてね。その内の朝比奈って子は遅刻するような生徒じゃないんですよ。だからトラブルか何かあったのかと思いましてね」
「それは困りましたね。一先ず予定通り生徒達を駐車場まで行かせましょう。先生はこの場に残って二人を待っていてください。ただ遅れているだけかもしれませんから」
「申し訳ありません、お願いします」
「ですけど、十分も待って来なかったら教師達で探しに行きましょう。それでも見つからなかったら警察に連絡します」
「ええ、そうですね」
「他の教師達にも情報を共有しておきましょう」
教師達が朝比奈と宮崎の件を話し合っている中、優真とセツナも顔を見合わせていた。
「ねぇセツナ、もしかすると二人は……」
不安そうな表情を浮かべる優真に、セツナは眉間に皺を寄せ歯を噛み締めながら、
「アンタの思ってる通りよ。二人は敵に連れ去られた可能性が高いわ」
「――っ!?」
「セツナ、悪い知らよ。敵がまた気配を出してきた。それも今度は、ずっと出し続けてるわ」
優真が驚愕していると、いつものほほんとしているメアリが真剣な様子で伝えてくる。
このタイミングで気配を出してきた。
そして今度は場所を移動せずにその場で気配を出し続けている。
その行動を意味するのは、一つしかない。
セツナはちっと舌打ちをすると、吐き捨てるようにこう告げた。
「完全に誘ってるじゃない」
◇◆◇
「さて、あいつら餌に食いつきますかね」
「そりゃ食いつくだろ。中坊のガキなんだからよ」
山の奥に、二人の契約者と二匹の悪魔がいた。
一人は隠蓑 才蔵。
二十四歳ヒキコモリ。戦争系のゲームが大好きで、家にヒキコモって一日中ゲームをしている。
最近親から仕事するか家から出ていくかしろと五月蠅く言われ、ゲームのランクも中々上がらない事に苛ついている時、悪魔が現れた。
叶えた小さな願いは『お金持ちにしてくれ』。
しかし悪魔から渡されたのは数百万円程度で、隠蓑は多少豪遊した後、戦闘道具の為に資金を使った。
戦争系のゲームが好きなため、リアルでも戦争ができると喜んで戦いに参加している。
契約悪魔は下級悪魔のスナッチ。
大きな目玉に、胴体が生えた気色悪い見た目をしている。
固有能力はマーキング。二つの対象にマーキングすると、引き合う性質がある。
例えば弓矢と的当てにマーキングすると、どんな方向に矢を飛ばしても自動的に当たる仕組みになっている。
矢にマーキングすると、それはただの矢ではなく悪魔の力が付与された矢になる。
距離と威力は契約者の霊力に付随する。
もう一人は森永 林太郎。
十九歳大学生。根暗な性格で友達がおらず、話し相手は植物のみ。
植物に関して大発見をして論文を提出したのだが、大学の教授に奪われてしまった。
自分の論文だと主張したのだが、誰にも信じてもらえず、教授は他の教師を脅したり悪い噂を流して単位を取得できず浪人してしまった。
意気消沈して死のうかと思っている時に、悪魔と出会った。
叶えた小さな願いは『教授を不幸にしてくれ』。第一希望は『植物と会話したい』だったが、不可能と言われてしまったため第二希望にした。
因みに教授は今までの悪事がバレてしまい大学や学会から追放となっている。
契約悪魔は下級悪魔のウネウネ。
野球ボールサイズの葉っぱの妖精といった可愛らしい外見だ。
固有能力は植物を操る力。使用用途や操れる数は契約者の霊力に付随する。
「今回も上手くいきますかね……」
「当たり前だ、俺達が相手なら余裕だよ」
チームを組んでいる二人だが、実は初めは敵同士だった。
隠蓑は戦闘訓練のため、森永は植物観察にこの山に訪れていた時、偶然出会ってしまう。
戦闘に発展したが中々決着がつかず両方とも消耗していた時、隠蓑からチームにならないかと誘ったのだ。
俺達の能力は相性が良く、チームを組んだら敵はいないと言って。
森永も疑ってかかったが、ウネウネもできるなら仲間を作った方が戦いで有利だと言うので、隠蓑の話に乗った。
それから二人はこの山で二人契約者を倒している。
一人は中学生、一人は教師だ。どちらも校外学習で訪れており、そこを狙ったのだ。
中学生の方は中級悪魔と契約していたが、二人がかりで挑めば楽勝だった。
味を占めた二人は、校外学習のシーズンが終わるまでこの山を狩場に決める。
そしてやってきたのが優真とセツナだったのだ。
まずは悪魔の気配を出し、学校の中に契約者がいないか探る。
すると一発で引っかかったが、すぐに誘いには乗ってこなかった。
仕方ないのである程度近付き双眼鏡で確認すると、メアリとシキを発見する。
どうやら今回の獲物はこちらと同じでチームを組んでいるようだった。
戦うかどうかを二人で相談したところ、いけると判断して作戦を立てる。
「いいか、今からこのガキ共を手分けして連れてくぞ」
「了解です」
「「……」」
朝比奈と宮崎はぐっすり眠っていた。
その作戦とは、優真とセツナと仲が良さそうにしている朝比奈と宮崎を拉致し、囮の餌として扱うことだった。
森永の能力を使い、睡眠粉を嗅がせて二人を眠らせる。
そしてここまで運んできた。
たかが中学生。警戒はしているだろうが、友達を助けにきっとやって来るだろう。
「おいサイゾウ、敵の一人は中級悪魔の可能性が高いぞ。探知能力の範囲が途轍もなく広かった。油断するなよ」
「へっ、心配するなよスナッチ。この戦いは能力の差じゃねぇ。中級悪魔だろうが霊力が高かろうが関係ねぇ。大事なのは、実際に戦う人間がどれほど優秀かってことだよ」
契約悪魔のスナッチの忠告に心配するなと手を振り、隠蓑は下卑た笑みを浮かべた。
「さぁ、狩りの時間だ」




