21 校外学習2
「よし、ちゃんと全員いるみたいだな。んじゃ班ごとに材料揃ってっから、各自持って行って調理を始めてくれ」
「「は~い」」
ハイキングコースを登り、キャンプ場に辿り着いた生徒達。
ここからは待ちに待ったカレー作りだ。
正直言うと、校外学習の楽しみといえば行き帰りのバスかカレー作りだろう。
他の生徒達と同じように、優真の班も調理に取り掛かるのだが……。
「それじゃあ私と榊君はカレーの方をやるから、朱音と神代さんは火起こしとご飯の炊き出しをお願いね」
「りょ~かい」
「ええ」
(よりによってこの二人とか、大丈夫かなぁ)
不愛想に返事をするセツナと宮崎を横目に心配する優真。
結局あれから一言も言葉を交わさず、空気は悪いままだった。
そんな二人で共同作業して、失敗しないかどうかとても不安だ。
そんな不安に駆られながらも、優真は朝比奈と一緒にカレー作りを始める。
「榊君上手だね。自分で料理とかしてるの?」
包丁でじゃがいもの皮を剥いていると、隣で同じように人参の皮を剥いている朝比奈が意外そうな顔で聞いてくる。
「う、うん……」
「凄いね! 男の子が料理するのって意外だから驚いちゃった」
「そうかな……」
手際の良さを褒められ、嬉しそうにする優真。
それからも朝比奈は、矢継ぎ早に色々と質問してくる。
「カレーは好き?」
「どうしてそんなに前髪を長くしてるの?」
「新しいクラスには慣れた?」
「神代さんとはいつ仲良くなったの?」
「好きな芸能人とかいる?」
などなど、根掘り葉掘り聞き出そうとしてくる。
あうあうとキョドりながらも懸命に応えるが、彼女はしっかり聞いてくれるし、一つの話題から大きく広げてくれた。
そのお蔭で、口下手な優真も会話を楽しめ、傍から見たら中々良い雰囲気に見える。
(いや~、ユーマが楽しそうで私も嬉しいよ)
友達の楽しそうな様子に、シキも胸中で感動の涙を流す。
それにしても凄いな、とシキは優真に話しかけている朝比奈に感心する。
朝比奈は話術が上手い。
優真の一言一句に大きくリアクションを取り、表情も豊かだ。話し相手としてこれほどベストな対応は中々できないだろう。
それに質問の内容も、優真が聞かれて困る内容は避けているような気がする。
大体話題に上がる「兄弟とかいる?」といった家族関係のことは一切口にしていない。
だから優真も終始気まずくならずに話を咲かせているのだ。
なるべく人と関わらず、心を開かない優真に口を開かせ、笑顔を引き出している。彼女は相当なやり手だ。
これが意図的にやっているのか、それとも天然でやっているのか定かではないが、朝比奈がクラスの人気者になる理由が分かった気がする。
ただ、シキとしてはちょっと解せないところがあった。
優真はクラスの中で浮いている。
それは本人が敢えて関わらないようにしているのも理由の一つだが、無口で陰キャ(最近言葉を知った)な根暗だから周りも一歩引いているのだ。
そんなに一人がいいなら一人でいればいい。
優真に対する生徒達の反応は、大体そんな感じだった。
それなのに、クラスの人気者である朝比奈は、登下校時にしっかり挨拶してくるし、たまにだが話しかけてきたりする。
何故彼女は、明白に壁を作っている優真と関わろうとするのだろうか。
考えられるとすれば色恋かもしれないが、彼女にその気があるようには思えないし、傍から見て冴えない優真を好きになる者がいるだろうか(勿論シキは優真が大好きだが)?
人間とはかくも不思議な生き物だ。
(まぁ、それが面白いんだけどね)
加工し終えた食材を一緒に鍋の中に入れている二人を眺めながら、シキはそう思ったのだった。
◇◆◇
さて、優真と朝比奈が楽しそうにカレー作りに励んでいる一方、セツナと宮崎の炊き出しチームはというと……。
「「……」」
案の定二人とも無言を貫いていた。
それもセツナは火起こし、宮崎はお米を洗い飯盒作りと分担して作業を行っている。
他の生徒たちは「これってどうやってやるの~?」「あ~そんなに水入れちゃダメだよ~」とあ~でもないこ~でもないと楽しく作業しているが、これが普通の光景で二人が異常なのだ。
『魔王の儀』に備えサバイバル訓練をやっていたセツナにとって、火を起こすなんてお茶の子さいさい。
パパっと終わらせてゆらゆらと眺める火をつまらなそうに眺めている。
宮崎も父親とよくキャンプに行っているので、飯盒作りは体験済みだ。
四人分の飯盒をパパっと作り終えると、セツナがいる竈へ持っていき、飯盒を吊り下げる。
(案外似てるのよね~この二人)
あっという間に作業を終えた二人を近くで見ていたメアリは、可愛らしく首を傾ける。
勝気で喧嘩っ早い性格、アウトドア派なところ、頑固なところ。似ているところは幾つもある。
なのにそりが合わないというのは、もしかしたら同族嫌悪を抱いているかもしれない。
(まぁ、セツナが仲良くしようがしまいが私には関係ないけど、意地を張ってるセツナはな~んからしくないのよね~)
過ごした時間はまだ短いが、セツナの人となりは大体把握している。
彼女は喧嘩っ早い性格だが、誰彼構わずそうではない。
特に学校にいる時のような仮面を被っている時は、波風立てないように良い子を演じている。
中学生の子供にしては達観しているところがあるし、気持ちの切り替えも早く、何か嫌なことがあっても引きずらないようにしている。
にも関わらず、仮面を剥いでまで宮崎に突っかかり、もう終わった事を今でも引きずって距離を取っているのは何故か。
セツナらしくない行動に頭を悩ましていると、「あっ」と何かに気付いた。
(ユーマを馬鹿にされたから怒ってるんだわ!)
自分の事に対してはドライなセツナがここまで引きずる理由。
自分でないとしたら、他の人間しかいない。
そして他の人間といったら優真しかいなかった。
優真が宮崎から虚仮にされた時、セツナは仮面を剥いで宮崎に突っかかった。
その状況を鑑みれば、セツナは優真の為に怒りを抱いているとみていだろう。
(そっかそっか~、セツナも可愛いところがあるじゃな~い)
彼女自身も理解していないだろう。
本人に聞いてみたい気もするが、きっと「バッカじゃない、なんでアタシがモヤシの為に怒らなきゃなんないのよ」と言うに決まっている。
優真を意識して意地を張っているセツナに、メアリはくふふと面白そうに笑っていた。
「「いただきま~す」」
全ての班が無事にカレーを作り終え、一斉に食事を開始する。
優真達も一つのテーブルを囲い、自分達で作ったカレーを食べていた。
「美味しいね!」
「結構美味いじゃん。まぁ小春のことだから不味くなる訳ないんだけど」
「ううん、榊君もすっごい料理上手なんだよ。私驚いたちゃった、手も全然止まらずテキパキやっちゃうんだもん。ね、榊君?」
「え、いや……僕なんか全然……朝比奈さんの方が上手だよ」
「へぇ、榊って料理できるんだ」
優真の意外なスキルに驚き、会話が弾みそうになる時。
カレーを口に運びながら、横からイチャモンが飛んでくる。
「はっ、たかがカレー如きに何言ってんだか。逆にどうやったらマズく作れるっての」
「あんた、どうしてそう一々突っかかってくんのよ」
「ごちそうさま」
宮崎を無視し、いつの間にか完食していたセツナが席を立つ。
そして一人どこかに行ってしまった。
「ったく、なんなのよあいつは~!? 幾らなんでも性格悪すぎない!?」
「まぁまぁ、神代さんも悪気がある訳でもないと思うし」
「あれのどこが悪気が無いって言うのよ!? 悪気しかないじゃない!!」
全くもってその通りである。
むしゃくしゃしてカレーを頬張っていく宮崎を置いておいて、朝比奈は優真に問いかけた。
「ねぇ榊君、神代さんっていつもあんな感じなの?」
「さ、さぁ……僕にもよく分からないなぁ」
正直優真としても何故セツナが二人に対してつっけんどんな態度を取るのかわからない。
(なんなんだよセツナ……折角朝比奈さんが気を使ってくれてるのに、何が気に入らないんだよ)
いつまでも機嫌が直らないセツナに、どうしたもんかとため息を吐くのだった。
◇◆◇
「あれ、セツナからだ」
カレーを食べ終え、後片付けをした後は自由行動。
朝比奈と宮崎は他の友達と約束があるそうで――一緒にどう? と誘われたが気疲れしてしまったので丁重に断った――、優真は木の下で一人休んでいた。
するとスマホにメッセージが入っており、相手はセツナであった。
確認すると、『この場所に来い』みたいな内容が書かれている。
(なんだろう?)
怪訝に思いながら言われた通り人気のない場所に向かうと、木に寄りかかっているセツナを発見した。
向こうもこちらを確認すると、機嫌悪そうに怒ってくる。
「遅い、なにちんたらしてんのよ」
「ええ……。というか、セツナこそ途中に抜け出してどこ行ってたのさ。後片付けは僕等でやったんだからね。二人にも迷惑じゃないか」
「うっさいわね、アタシはアタシで用があったの。アンタみたいに女子に囲まれて鼻の下を伸ばしてるわけじゃないのよ」
「は、鼻の下なんか伸ばしてないよ!」
セツナは「どーだか」と肩を竦めると、突然表情を険しくさせる
「まぁそんな事はどうでもいいわ。それより面倒な事になったわよ」
「面倒な事って?」
優真が尋ねると、セツナはこう告げた。
「敵が現れたのよ」




