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02 契約

 



「やぁ、元気かい? 私はシキ、よろしくね」


「う……ぁ……」


 羊の悪魔が、親し気な友人にするように、強張った骨の手を気軽に振っている。

 突然異形の化物から挨拶され、酷く驚いた優真の脳内はしっちゃかめっちゃかに陥っていた。


 何が起きているのか全く意味がわからない。

 一体なんなんだ、この化物は。


(大きい……頭は、羊の骨? あ、悪魔?)


 その化物のことを悪魔だと思ってしまうのは、外見が悪魔っぽいからだろう。


 まず図体がデカい。恐らく身長は二メートルを有に越えているだろう。

 頭は羊の骸骨みたいだった。頭の天辺から、渦を巻いている角が二本生えている。

 大きな目は空洞になっているが、その奥が密かに赤く光っていた。


 羊の頭から脊椎が見えているが、その下は大きな黒いマントに覆われていて中身がどうなっているかは把握できない。

 ただ、マントの裾から出ている手足は、人間と同じような骨格だった。


 そんな化物か悪魔かわからない存在が、二足歩行でしっかり立っている。

 しかも普通に人間の言葉を話していた気がするし、なんなら手まで振っていた。

 これで驚くなというのも、土台無理な話だろう。


 恐怖よりも驚きで声を出せない優真に、羊の悪魔――シキは骨の口を開いて話しかける。


「恐がらせてしまってごめんね。いきなり話しかけたら、そりゃ誰だって驚くよね。いやぁごめんごめん」


 いきなり話しかけられたのもそうだけど、一番驚いたのはお前の見た目だ。

 そう突っ込みたかったが、優真はグッと堪えた。

 というより、なんだかこの悪魔、やけにフランクではないか?


 それと一つ、わかったことがある。

 この悪魔は多分男性だ。

 落ち着いた、大人の男性の声がする。


 勇気を振り絞り、優真はシキに問いかけた。


「あ、あの……あなたは誰ですか?」


「私はシキ、魔界の悪魔さ」


「あ、悪魔……悪魔って……本当にいたんですね」


「あれ? 想像としていたのと違うなぁ。もっと驚くかと思ったのに」


「それは……まぁ」


 現実的に考えれば、悪魔だとか魔界だとかとても信じられる存在ではない。

 だが優真の場合、既にこの世のものではありえない異形を目にしている。

 あんな醜い化物がいるならば、悪魔の一人や二人居てもおかしくはないだろう。


 とはいっても、別に驚いていない訳ではない。

 驚いてはいるが、ポカンとしているといった表現の方が適切かもしれない。


「それで、悪魔さんは――」


「やだなぁ、そんな堅苦しい呼び方しないでよ。名前で呼んで欲しいな。あっ、“さん”とかもいらないからね」


「し、シキさんは――」


「え~なんだって~?」


 手を耳に当て、聞こえないフリをする。

 圧が強いなぁと、優真は精神的に一歩引いてしまう。

 どうして名前呼びに拘るのか謎ではあるが、本人がそこまで求めるなら仕方ない。


 悪魔……それも年上っぽい相手を呼び捨てにするのは気が引けるが、優真は続けて口を開いた。


「どうしてシキは僕の前に現れたんですか? 僕を殺しに来たんですか?」


「ぷっ、あははははは!! 私が君を殺すだって? そんな訳無いじゃないか!」


 腹を抱えて笑い声を上げる羊の悪魔。

 どうやら違うらしい。

 一般的な悪魔といえば、人間の魂を狩りに来るイメージがある。


 そうでないとしたら、一体なんの理由で現れたのか。

 その答えは、悪魔の口から告げられる。


「私はね、君にお願いがあって来たんだよ。サカキ ユーマ君」


「ど、どうして僕の名前を……」


「どうしてって、ずっと君を見ていたからさ」


「見ていた?」


「うん、そうだよ」


 初対面の筈なのに、何故自分の名前を知っているのか。

 ずっと見ていた……って。

 いつ、どこで、どうやって見ていたのかは不明だが、兎に角彼は自分のことを知っているらしい。

 それも詳しく聞いてみたいところではあるが、それよりも気になっている事を尋ねる。


「それで、お願いってなんなんですか?」


「私のお願い……それはね、ユーマに私の契約者パートナーになって欲しいんだ」


「パ、パートナー?」


 意味がわからず首を傾げる。

 パートナー。単体の意味でいうなら、同じ事をする相手だったり、相棒といった意味だ。

 でも、悪魔のパートナーとはどういう事なんだろうか。


「そうだよ、パートナーだ。まぁこれだけ言ってもチンプンカンプンだろうから、そこのところは今から詳しく説明するよ」


「う、うん」


 そう言って、シキは物語を紡ぐように語り出す。


「魔界という、悪魔が住んでいる世界があってね。魔界には魔王という悪魔で一番偉い王様がいるんだけど、つい最近その魔王様が死んでしまったんだ。

 それはもう魔界では大パニックが起きてしまったんだよ」


 それは大パニックにもなるだろう。

 日本でいえば天皇様、アメリカでいえば大統領に当たる人が死んでしまったのだ。

 魔界がどれほど大きいのかは分からないが、世界規模の王様が死んだとしたら混乱するのも仕方ない。


「それで、どうなっちゃったんですか?」


「すぐに次の魔王を立てなければならないんだけど、悪魔には昔から魔王を立てる時のしきたりがあるんだ」


「それって、どんなしきたりなんですか?」


「『魔王の儀』と言ってね、魔界の悪魔が人界に降りて、人間と契約するんだ。そして契約した人間同士が戦い、最後まで勝ち残った人間と契約している悪魔が、次の魔王になるんだよ」


「そ、そうなんですか……でもなんか変ですね。なんでわざわざ人間を巻き込むんですか? 悪魔の王様を決めるなら、悪魔だけで戦えばいいのに」


 その点が真っ先に浮かぶ疑問だ。

 魔王を決めるのに、なんの関係もない人間と関わる必要があるのだろうか。


 自分達の力で戦って、最後に勝ち残った悪魔でもいいじゃないか。

 契約した人間が戦うのならば、それは悪魔自身の手によるものでもないし、それで負けたとしたら不満は出ないのだろうか。


 そんな疑問に、シキは腕を組みながら「う~ん」と呻って、


「ぶっちゃけて言っちゃうと、本当そうなんだよね~。これに関しては、悪魔としても納得がいっていないのが殆どなんだよ」


(や、やっぱりそうなんだ……)


「でもね、私としては有りかなと思っているんだ。悪魔だけで戦うなら、単純に強い悪魔が魔王になってしまうだろ?

 けど、契約した人間が戦うのならばどの悪魔にもチャンスがあるんだよ」


 そう言われるとそうかもしれない。

 でも、強い悪魔が王様になっていいのではないか? と思わなくもない。

 逆に弱くて王様っぽくない悪魔が魔王になってもそれでいいのだろうか。


「それにね、私はこのしきたりを案外気に入っている。悪魔というのは元来、人間と様々な契約を交わす存在なんだ。その方法で魔王を決める、ロマンがあると思わないかい?」


「えっと……そうですね」


 ロマンかどうかは優真にも分からないけれど、この世界の悪魔が人間と契約を交わす存在というのは分かる気がする。

 なんていったって、遥か昔から『悪魔の契約』という言葉があるくらいだし。


「じゃあ、シキも魔王になりたいんですか?」


「そうさ、私も魔王になりたいんだ。そして、私のパートナーになって欲しいのが君なんだよ、ユーマ」


「どうして……僕なんですか?」


「色々理由はあるけど、決め手になったのはユーマの“霊力”が人間の中でも特別優れているからなんだ」


「れ……霊力?」


 知らない単語だ。

 単純に考えるならば、霊的な力……とかだろうか。

 超能力が使えるとか、霊を祓える力とか。

 頭の中で思考を繰り返していると、シキが霊力について説明してくれる。


「霊力とは即ち、魂の力なんだ」


「魂の……力?」


「そう。人間にも動物にも悪魔にも魂はあるけれど、その形や大きさ、量や強さ、それにプラスよりかマイナスよりかはそれぞれ違うんだ」


「へ、へぇ……」


 なんだか急にオカルトチックな話になってきたな、と思う優真。

 魂がそれぞれ違うのは、まぁ分かる。

 でも形や大きさが違ったり、量や強さが違うというのは今一ピンとこない。

 何故なら、魂は誰にも見えないものだからだ。


「全ての要因を合計した魂の力を、私達は霊力と呼んでいるんだよ。

 それでね、悪魔と契約した人間は、契約した悪魔の能力を使うことができるんだけど、霊力が高ければ高いほど悪魔の力を引き出すことができるんだ」


「だから……霊力が高い僕を選んだんですか?」


「その通り、理解が早くて助かるよ。ユーマは負の霊力が他人間と比べて段違いに高いからね。是非とも、私のパートナーになってもらいたいんだ」


 なるほど、大体の話は分かった。

 魔界の魔王が死んでしまい、次の魔王を決めなければならない。


 次の魔王を決めるにあたって、『魔王の儀』というしきたりに則り、人間と契約しなければならない。


 悪魔の力を十全に発揮する為にも、霊力が高い人間を選ばなければならない。


 そしてシキは、その契約者に優真を選んだ。


 あとは優真がどう答えるかどうかだが、安易に答える訳にはいかなかった。

 もう少し、詳しい話を聞きたい。


「もし仮に僕がパートナーになったとして、メリットとデメリットを教えてもらってもいいですか」


「ああいいとも。そうだな~まずはデメリットから教えようか。この『魔王の儀』は人間同士で戦うんだけど、基本的には殺し合いに発展してしまうんだよね。

 だから痛いし苦しいし、ユーマが誰かを殺してしまうことだってあるし、誰かに殺されてしまう可能性もある。要は、命の保証はできないってことだね」


「……っ」


 物騒な話に息を呑む。

 人間同士が戦わなければならないと聞いた時から、殺し合いなんじゃないかとは薄々勘付いていた。

 勘付いてはいたが、いざ実際にそうだと言われると純粋に恐怖を感じてしまう。


「もう一つあるんだけど、もし契約者が戦いによって死んでしまった場合、その魂は契約した悪魔のものになってしまうんだ」


「悪魔のものになるって、具体的にどうなるんですか?」


 その問いに、シキは顎をさすりと撫でながら、


「さぁ、それは悪魔次第だからねぇ。まぁ、ほとんどは食べちゃうんじゃないかな」


「――っ!?」


 食べられる。魂が食べられる。

 食べられたらどうなってしまうのかは想像できないが、きっと恐ろしいことには違いないだろう。


「デメリットはそんなところかな。じゃあメリットの方を話そうか。悪魔と契約するメリットは二つ。一つは、契約時に小さな願いを叶えられることだよ」


「願いを叶えられる……」


 それっぽいのがきたな、と思う優真。

 悪魔と契約し、願いを叶えてもらう。

 悪魔の話でいうと、割りとポピュラーな話だ。

 でも、小さな願いとはどんなものだろうか。


「例えば病気や怪我を治したりできるよ。絶対に治らない病気だろうが治せるし、失ってしまった手足を復元することだってできる。後はまぁ、好きな人を自分に好意を寄せるようにしたり、大金を手に入れたりするみたいな俗っぽい願いも叶えられるよ」


「それって……凄くないですか」


 凄いどころの話じゃない。

 最早奇跡の御業と言っていいだろう。


 本当にそんな願いを叶えられるのなら、飛びつきたい人間は沢山いるのではないだろうか。

 その話が本当ならば、デメリットを考えても契約する魅力がある。


「まぁ、人間から考えれば凄いんじゃないかな。でも、もう一つのメリットの方がもっと凄いよ」


「ど、どんなメリットなんですか?」


 そう問うと、シキは一拍置いて。

 目の奥にある赤い瞳を妖しく光らせながら、こう告げた。


「最後まで勝ち残った人間は、どんな願いも一つだけ叶えられるんだ」


「ど、どんな願いも!?」


「そうさ。この世界の王にだってなれるし、どんな力だって手に入れられるし、死んだ人間を生き返らせることだってできる」


「――っ!?」


 死んだ人間を生き返らせる。

 その言葉を聞いた瞬間、優真は一人の女性を思い浮かべる。


『あんたなんか生まれてこなければよかったのに!!』


 額から汗が滲み出る。脈拍が早くなる。

 呼吸が上手くできず、苦しい。

 突然様子がおかしくなってしまった優馬を心配して、シキが近寄って心配する。


「だ、大丈夫かい? どこか苦しいのかい?」


「はぁ……はぁ……だ、大丈夫だから。気にしないで」


 優真は深呼吸を繰り返して心を落ち着かせる。

 今でもあの光景はトラウマとして、彼を苦しみ続けている。

 いつか乗り越えなければならない問題だが、当分は無理だろう。


「それにしても凄いですね。どんな願いも叶えられるって……」


「そうだね。悪魔の私としても、羨ましいぐらいのメリットだと思うよ。まぁ、自分の命をかけるぐらいなんだから、それくらいはあってもいいとは思うけどね」


「そ、そうですね」


「これで大体の話はしたかな。どうだいユーマ、私の契約者パートナーになってくれないかい?」


「……」


 なってくれと言われても、はいと即答できるものではないだろう。

 こっちは命を懸けて戦わなければならない。

 それに、死んだら魂が悪魔に取られてしまうというのも想像できなくて恐い。


(でも……)


 でも、と優真は考える。

 物心ついた時から化物が見え、今まで一度も幸せを感じたことがない。


 今だって、生きている実感なんて何一つない。

 死ぬ度胸がないから、とりあえず生きているだけだ。

 きっとこの先も、楽しいことなんてない。

 生きている意味なんてない。


「……」


 俯いていた優真は、シキを見上げる。

 誰かに必要とされたのは生まれて初めてだった。

 周囲から疎まれ、忌避されてきた自分が、初めて誰かに必要とされたんだ。


 ならばこの命。

 この悪魔の為に使ってもいいのではないだろうか。

 苦しいかもしれない。辛いかもしれない。

 だけど、どうせいらない命だ。捨ててもいい命だ。


 ならば、悪魔に魂を売っても構わない。


「いいよ。僕はシキの契約者パートナーになる」


「ありがとうユーマ。凄く嬉しいよ」


 にこりと笑って――骨なので表情はないが――、シキはマントの中から紅い指輪を取り出す。


「それは?」


「これは魔石といってね、とても大事なものなんだ。僕とユーマを繋げる物なんだよ」


「僕とシキを繋げる物……」


 そうだよ。

 そう言って、シキは優真の眼前に跪く。

 紅い魔石が埋め込まれた指輪を持っている右手を掲げ、契約者に問うた。


「さぁユーマ、願いを言ってごらん。できる限りの願いを叶えてあげる」


「僕の願い……」


 ――それはね。


「シキ、僕と友達になってほしい」


「…………えっ?」


 キョトンとした顔を浮かべ、目をぱちくりさせるシキ。

 あまりにも予想外な願いだったため、思考が停止してしまった。


「私と友達になってほしい? 本気で言ってるのかい?」


「うん……駄目かな」


 ぽりぽりと、照れ臭そうに頬をかく。

 優真は友達がほしかった。

 本当は一人でいるのがずっと嫌だった。

 でも、この体質(呪い)のせいで友達を作ることはできない。


 けど彼なら、シキならば友達になってくれるのではないだろうか。

 そんな小さな願いが、優真が考えられる唯一最大の願いだったのだ。


 優真が本気で言っていると察したシキは、不覚にも笑い声を上げてしまった。


「あっはっはっはっは!! いや~まさか、悪魔に向かって友達になろうだなんてね。くっくっく、そんな人間、初めて会ったよ」


「お、おかしいかな」


「い~や、悪くないよ。それがユーマの願いだというならば、私はその願いを叶えよう」


「うん、ありがとう」


 これで契約条件は達せられた。

 後は、優真とシキが契約を交わすだけ。

 シキに指示され、優真はシキの右手をぎゅっと握り締める。

 強張った骨の感触と、指輪の硬い感触。


 シキは、契約を唱えた。


「汝の願いを叶え、我と契約を交わしてもよいか」


「うん」


 問われ、答えた。

 その刹那、黒い極光が二人を包み込む。

 黒光の柱は空へと昇り、天を突き刺す。


 光が収まるとシキは立ち上がり、優真にこう告げる。


「私と契約してくれてありがとう。これからよろしくね、ユーマ」


「こちらこそよろしく、シキ」


 今ここに。

 一人の人間と悪魔が、どんなものよりも硬い契約が交わされたのだった。



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