17 喧嘩
『今日のニュースです。本日お昼頃、神奈川県にあるショッピングモールにて、刃物を持った男が女子中学生数人に凶行を及んだところ、助けに入った警備員の人が刺され死亡してしまいました。その後犯人は逃亡しましたが、行方が分かっておりません』
「あっ……今日のことだ」
「なによアンタ、もしかしてこの場にいたの?」
「うん……けどちょっと内容が違うんだ」
契約者の権田が自爆し、契約悪魔のズーズがその魂を喰らった、その後。
優真は闇に紛れ、誰にも見つからないように二階に戻り、手提げ袋を回収してすぐ様その場から離れた。
シキと一緒にバスに乗って帰宅し、目の前で人が死んだ光景が脳裏から離れずリビングでボーっとしていると、出かけていたセツナが帰ってくる。
セツナに晩飯をせがまれ、今は四人で食卓を囲んでいた。
そして食事中、テレビから流れてくるニュース番組に目が留まったのである。
ニュースはショッピングモールで事件があったと報道しているのだが、その内容が本来のものと違った。
本来のものは、権田が爆発によって警備員を殺したのだが、ニュースでは刺殺されている事になっている。
それだけではなく、優真が盛大に悪魔の力を使ったのに、それについては全く触れられていなかった。
もう一つ加えれば、権田が大爆発した影響で床がボロボロになっていたのに、何事もなかったかのように修復されているのだ。
これは一体どういう事だろう。
ニュースの内容が本来のものと食い違っていることに疑問を抱いていると、隣でパスタを食べているシキが「あ~あれはね」と説明してくる。
「私の仕業なんだよ」
「えっ、どういうこと?」
「あの場にいた人間達の記憶を改竄したんだ。だから彼等は悪魔の力を見ていないし、あの契約者は死んでおらず逃げたことになっている。あとはサービスで、破壊された所も直していたよ」
「さっすがシキ様~すご~い!」
内容が食い違っているのは、シキが関わったからだそうだ。
物を直したりできるのは知っていたけど、あんなに多くの人間の記憶も改竄できるのか。
「でも、なんでそんな事したの?」
「優真が契約者であること、そしてどんな悪魔の力を使っているのかを他の契約者達に知られたくなかったんだ。その情報を知られてしまったら、後々優真が圧倒的に不利になってしまうからね」
「それはそうね。バレたら四六時中狙われるし、モヤシへの対策もされるわ。でもアンタ、凄いわね。壊れた物の修復に記憶まで弄れるって便利すぎよ。
メアリ、アンタもできたりするの?」
「できませ~ん! 私は人払いぐらいしか無理で~す! シキ様が凄いだけで~す!」
「あっそ……まぁ流石は上級悪魔といったところかしらね。でもそんなことして、ルール違反にはならないの?」
明るく無理だと告げる契約悪魔にため息を吐きながら、セツナがシキに問いかける。
悪魔は契約者の戦いに手を貸してはいけない。
もし破ったら、その時点で敗北となり魔界に強制送還されてしまう。
彼女の疑問は、今回シキが行ったことがルール的にセーフなのかという事だ。
「それくらいなら大丈夫だよ。直接契約者に関わってる訳じゃないしね。それに表向きな理由は人間のためにってことだから」
「ふ~ん、ルールっていってもガバガバな設定なのね。なんにしても、そんなことできるのはアンタを含めた上級悪魔ぐらいだろうし、別にいいか。
それよりモヤシ、今回の戦いはどうだったのよ。ちゃんと圧勝したんでしょうね」
いきなり話を振ってきたセツナに、優真は暗い顔を浮かべる。
「圧勝……というより、あの人が自分で死んじゃったし……自分では何もしてないよ」
「なによ、つまんなわいわね。アタシはてっきりアンタが人を殺したと思ったのに」
「そんなことする訳ないじゃないか!!」
ダンッと、優真は食卓を強く叩きつける。
一瞬で空気が凍ってしまい、気まずい沈黙が流れる。
「なにキレてんのよ、バッカみたい」
「神代さんが変なことを言うからだろ」
「変なこと? アンタまだ自分の置かれた立場がわかってないの!? アタシ達は生きるか死ぬかの殺し合いをやってんのよ!! なのにまだそんな甘ったれ事ぬかしてんの!?
ふざけんじゃないわよ!!」
「ふざけてなんかないよ、僕はできれば人を殺したくない」
「ガキが……あっそ、なら勝手にすればいいじゃない。シキ、アンタもよくこんなガキをパートナーに選んだわね。見る目ないわよ」
そう吐き捨て、セツナは椅子から立ち上がり自室に戻っていく。
「ちょっとセツナ~」
彼女を追いかけ、メアリもふわりと飛んで行った。
リビングに残った二人。
優真は、縋るような声音で友達に尋ねた。
「ねぇシキ、僕が言ってることは変かな……」
「そんなことはないよ。人を殺したくない。それは至極真っ当なことだからね。ただ、この状況を踏まえた上で、セツナが言っていることも間違ってはいない」
「……」
それはそうだ。セツナも間違ってはいない。
でも僕は……それでも人を殺したくないんだ。
悩む優真の頭を、シキは慈しむように優しく撫でた。
「ユーマがしたいようにすればいいさ。それで仮に敗北したとしても、私は後悔しないからね。それに私は、ユーマの優しい心がとても好きだよ」
「うん……ありがとう、シキ」
悪魔に励まされた人の子は、照れ臭そうにはにかんだのだった。
◇◆◇
「あれ、榊君だったよね……?」
朝比奈 小春は疑念を抱いていた。
友達とショッピングモールに買い物に行き、その最中に犯罪者から刃物を向けられた。
その後、助けにきた警備員に犯罪者がナイフを投げたと思ったら、ナイフが爆発して警備員が死んでしまったのだ。
そして今度は自分達に凶器を向けてきて、朝比奈は咄嗟に友達を守ろうと立ち上がった。
恐かった。
犯罪者の顔と言動はとても正気ではなく、心が圧し潰されそうになった。
それでも勇気を奮い立たせ、犯罪者を止めようと言葉をかけたのだが、逆上してしまった犯罪者がナイフを投げつけてくる。
朝比奈は目を瞑ってしまったが、身体はなんともなかった。
恐る恐る目を開けると、目の前に真っ暗な闇が広がっていた。
その闇は半径十メートルぐらいの円になって周囲を囲んでおり、中の様子がわからなかった。
何が起きているんだと不思議に思っていたら、突然闇の中から雷のような轟音が聞こえてくる。
それからすぐに闇は晴れ、中から一人の少年が出てきたのだ。
「さ、榊君……?」
その少年は目を疑うような速さで二階に行ってしまうと、そのまま姿をくらましてしまった。
だけど彼女は、その少年に見覚えがあった。
後ろ姿と横顔だけしか見えなかったので確証はないが、あの少年は同じクラスの優真であると思われた。
友達に聞いてみたのだが、そんな人は見ていないという。
それだけではない。
警察に事情聴取を聞かれた時も、全員と話が食い違っていた。
みんなは、警備員は刺されたと言うし、ナイフが爆発したことも闇が出たことも覚えていない。
ニュースを見ても、友達が証言した通りの事実に捻じ曲げられている。
真実を知っているのは、自分ただ一人だけだった。
「私がおかしいのかな……」
ぼふっとベッドに寝転がる。
すると、徐々にうとうとと眠気がやってきて、朝比奈はそのまま夢の中に落ちてしまった。
シキは知らなかった。
朝比奈 小春には、記憶の改竄が効かなかったことを。




