15 楽しくショッピング
「速いねぇ、これはなんという乗り物なんだい?」
(バスっていうんだよ。色んな人が乗れて、お金を払うと決められたルートを走ってくれるんだ)
「ほ~、それは便利な乗り物だね」
優真とシキは、バスに乗って近くのショッピングモールに向かっていた。
すぐ側にあるスーパーでもよかったのだが、折角なのでシキに人間界の場所を沢山見せてあげたかったのと、セツナが欲しい物がスーパーにあるか分からなかったからだ。
バスに揺られながら頭の中でシキと楽しく会話していると、ショッピングモールがあるバス停に到着する。
ピッと電子マネーカードで料金を払い、優真とシキはバスから降りた。
「大きい建物だね、ここはどんな所なんだい?」
(複合施設って感じかな。食材やスポーツ用品、服や小物とか、ゲームセンターみたいな遊ぶ所もあって、色々なジャンルのお店があるんだよ)
「便利だねぇ、だから人も多いのかな?」
(そうだね)
日曜日の休日だからだろうか、ショッピングモールは人でごった返していた。
親子連れに、カップルに、学生らしき集団の姿も見られ、みんな楽しそうにしている。
(一通り見て回ろっか)
「そうしてくれると嬉しいな」
二人はショッピングモールを探検する。
優真自身、ここに来るのは片手で数えられる――夏美に連れて来られた――ぐらいで、詳しいところは分からない。
だからシキと一緒に端から端まで見て回るのは、とても新鮮で楽しかった。
友達とこうしてお店を回るのも初めてで、時間を忘れてしまうほど熱中してしまう。
(シキ、ごめんね。僕だけ食べて……)
「気にしないでおくれ、そんなにお腹が減ってる訳じゃないからさ。ユーマが美味しそうに食べているのを見ているだけで私は十分だよ」
お腹が空いてしまい、優真とシキはフードコートで昼ご飯を食べていた。
といっても、悪魔のシキは姿を見せることはできないので、彼は食べることができないのだが。
その事に申し訳なく感じていると、シキは全然気にしていない様子だった。
「あっ、神代さんから連絡だ」
スマホが振動し、手に取って確認してみると、セツナからメッセージが送られている。
内容は、セツナが欲していたジャムに加えて買ってきてほしい物を一覧にしてあった。
かなりの種類があり、これは大変だなぁとげっそりする優真。
「どうしたんだいユーマ、何か嬉しいことでもあったのかい?」
(えっ、そ、そうかな……)
シキに指摘され、自分の頬が上がってることに気付く。
それも無理はない。
彼のスマホの連絡先は夏美しかおらず、連絡先に新しく追加されたセツナの名前を見て喜んだのだ。
それをシキに悟られるのが恥ずかしくて、優真は慌ててご飯を食べる。
そんな彼の子供らしい一面に、悪魔は穏やかに微笑んだのだった。
◇◆◇
「ふぅ……こんなもんかな」
お昼ご飯を食べた後。
優真とシキは、食材やセツナの所望品を買い回っていた。
大体買い揃えたところで、少し疲れてしまい休憩スペースのベンチにどっしり座り込む。
疲労困憊な彼を心配したシキが声をかけた。
「沢山歩き回っていたからね、疲れただろう?」
(そうだね、こんなに歩いたのは久しぶりだよ。シキは大丈夫?)
「ふっふっふ、こう見ても私は体力がある方なんだ」
身体が骸骨のシキが言っても説得力はないが、本人が言うならそうなんだろう。
その場で少し足を休ませた後、優真はパンパンに入っている手提げ袋を持ち上げ、
「そろそろ帰ろっか」
用事も済んで踵を返そうとした時だった。
「――きゃああああああああああああああ!!!」
と、突如甲高い悲鳴が下から聞こえてくる。
場内にいる人達はなんだなんだと騒ぎ立て、悲鳴が上がった場所を一瞥する。
それは優真も同じで、転落防止柵から顔を出して下の様子を確認した。
すると――、
「キャーキャー喚くんじゃない、次なんか叫んだらぶっ殺すからな!!」
「「――ひっ!?」」
くたびれたスーツを身に纏ったサラリーマン風の男が、数人の少女たちにナイフを向けて脅している。
そしてその少女達の中には、優真の知り合いがいた。
「こ、小春ぅ……」
「しっ、静かに。あの人を刺激しないようにしなくちゃ」
「朝比奈さん!?」
少女達の中に朝比奈の姿を見掛け、驚愕する優真。
恐怖に身体を震わせている友達を、大丈夫だからと声をかけて落ち着かせようとしている。
何故こんなところに彼女がいるんだ。
そんな疑問を抱いていると、今朝ランニングの最中に出会った時のことを思い出した。
『私は勉強とか、友達と遊んだりしてるよ。今日も買い物に行くんだ』
『へぇ、楽しそうだね』
(買い物って、ここだったのか!?)
友達と買い物に出掛けると言っていたが、どうやら彼女もショッピングモールに遊びに来ていたらしい。
そして運悪く、犯罪者の人質にされてしまったのだ。
「なにあれ、やばくない?」
「警察呼んでおくか」
「おい、動画撮っておこうぜ!」
優真の近くにいた人間は、この状況に戸惑ったり、面白そうだとスマホで動画を回していた。
いや、彼等だけではない。
自分には被害が被らないだろうと高を括っている人達のほとんどが、犯罪者と朝比奈達を撮っている。
こんな時に何を考えているんだ!?
呑気に動画を回している人達を見ていると、胸中で怒りが煮えたぎってくる。
本気で朝比奈達を心配している者がこの場にどれだけいるだろうか。
そんな中、事態が急変した。
「お、落ち着きなさい!」
「ナイフを下ろして子供達を解放するんだ!」
ショッピングモールに配属している警備員が集まってきて、男を説得しようとする。
だが男は、説得に応じるどころか逆上してしまった。
「うるさい!! 私に指図するんじゃない!!」
男は怒鳴り声を上げると、懐から新たなナイフを取り出し、警備員に投げた。
ナイフが警備員に触れた瞬間――ボンッと爆発する。
爆発を受け吹っ飛んだ警備員の身体からシューと煙が上がった。
動きがない。
警備員は既に、息絶えていた。
「「きゃああああああああああああああああああ!?!?!」」
場内は阿鼻叫喚に包まれた。
爆弾の所持。警備員の死。その事実を目の当たりに、ようやく危機感を抱いた者達が我先にと出口に殺到する。
「はっはっは!! どーだ、私に歯向かうからいけないんだ!!」
人一人殺して高笑いしている犯罪者に怖気を感じながら、優真はある事に気付く。
「今のってもしかして、悪魔の力!?」
「そうだろうね、今の爆発からは悪魔の気配を感じたよ」
優真の疑問をシキが答えてくれる。
ナイフが突然爆発するなんて超常現象起こる訳がない。
あるとすれば、悪魔の力が関っているしか考えられなかった。
「気配が小さ過ぎて私でも気付かなかった。目を凝らして見てごらん、あの男の肩に悪魔が乗っているよ」
「本当だ!? すっごく小さいけど何かいる!?」
シキが言った通りに目を凝らすと、こんな遠距離にも関わらず視認することができた。
犯罪者の肩に、ネズミに似た悪魔がいる。
「驚いてる驚いてる。いいぞタケル、もっとド派手にやっちまおうぜ」
「ええ、やってやりますよ」
悪魔の囁きに、犯罪者は口から涎を垂らしながら答える。
目がキマっていて、とても正常な精神状態ではなかった。
犯罪者の名前は権田 尊。
五十五歳のサラリーマン。いや、サラリーマン“だった”。
彼はつい最近、上司が仕事で重大な損失が出るほどのミスを犯してしまった。
そのミスを、上司に擦り付けられてしまったのだ。
信頼する上司に裏切られた権田は、会社をクビになってしまう。
それだけではない。
妻が離婚届を置いていき、娘と共に家から出て行ったのだ。だが、それは本人が悪いから仕方ないだろう。
家のことは妻に任せっきりで、自分はキャバクラ三昧。
その事は勿論妻は把握している。
家族関係は既に終わっていたのだ。
会社に家族。
今まで築き上げたものを全てを失ってしまった権田は、嫌なことから逃げるように酒に逃げた。
そんな愚かな男に、一匹の悪魔が手を差し伸べる。
「よぉ、ムカつく奴みんなぶっ殺したくはねぇか?」
悪魔の名前はズーズ。下級悪魔だ。
固有能力は、刃物を爆発させる能力。その威力は刃物の質量や契約者の霊力によって変化する。
ズーズは甘い言葉をかけ続け、権田と契約と交わす。まず始めに、小さな願いによって裏切った上司を殺してやった。
夢か幻だと思っていた権田は、上司の死にこれが現実だと気付く。
悪魔の力を手に入れた彼は、気楽に生きている人間たちを気に入らないと、多くの人が集まるであろう日曜日のショッピングモールで凶行に走ったのだ。
はっきし言おう。
復讐と悪魔に憑りつかれた権田は、狂気に呑まれ精神が壊れている。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「やばいって!! あいつ頭おかしいって!!」
「おいどけよ!!」
「ははは!! 殺したぞ、私が殺したんだ!! ザマーみやがれ!! 私にたてついた罰が下ったんだ!!」
「「うぇぇぇん!!」」
死んでしまった同僚を前に腰を抜かす警備員。
殺人を見て、自分だけでも助かりたいと他者を押し退け逃げ出す者。
次は自分が殺されてしまうかもれしれないと、泣き出してしまう少女達。
今まで楽しい筈だったショッピングモールは、地獄絵図と化していた。
そんな中、狼狽える優真はシキに問いかける。
「ど、どうしようシキ……このままじゃ朝比奈さん達が殺されちゃうよ!!」
「悪いけどユーマ、それは君が自分で考えて答えを出すしかない。あの者に関わるなら、それはもう契約者同士の戦いだ。私は助言することができないんだよ」
「そんなぁ……」
シキならどうすればいいか教えてくれると思った。
だけど断られてしまう。
唯一頼りになる人に頼れなくなってしまった優真は、悩んでしまった。
助けに行きたい。
だけどどうやって助ければ分からない。
もし失敗すれば、朝比奈達が死んでしまう恐れがある。
身体能力が高くなっている優真ならいざ知らず、もし彼女達が爆発を受けてしまったら死ぬのは免れないだろう。
自分の所為で、自分の行いの結果でクラスメイトが死ぬ。
そんな結果になってしまったら、きっと自分は罪の意識に圧し潰されてしまうだろう。
それが恐いから、勇気を踏み出す一歩が出なかった。
震えた子供の肩に、大人の骨の手が優しく置かれた。
「少し落ち着こう」
「シキ……」
「状況を整理してみようか。あの子供たちを救えるのは、現状ユーマしかいないだろうね。それで契約者は己を見失っていて、いつ子供たちに凶器を向けてもおかしくはない。
それだけ考えて、後はユーマが自分でどうしたいかを考えるんだ」
「僕がどうしたいか……」
「そうさ。君がどうしたいかだ」
そんなのは決まっている。
「僕は助けたい」
優真は朝比奈達を救いたい。
あんな犯罪者なんかに、殺させたくはない。




