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13 訓練

 



「それで、なんで僕はこんな格好でこんな所に連れて来られたんだよ?」


「グチグチ五月蠅いわね、男ならつべこべ言うんじゃないわよ」


「ええ……」


 余りにも理不尽な物言いに、途方に暮れる優真。

 セツナの荷物をやっと片付けたと思ったら、今度はお昼ご飯を作らされ、その後はジャージに着替えて海辺まで連れて来られた。


 因みにセツナもスポーツ用のパーカーと短パン姿に着替えている。


「アタシだってね、アンタの為に付き合いたくなんかないのよ。でも、アンタのパートナーがどうしてもって頼んでくるから仕方なくやってんの」


「シキが?」


「そうよ」


 シキがセツナに頼み事をした。

 彼のことだから、きっと何か深い意味があるんだろう。

 それにセツナが人の頼みを素直に聞く人間でないことは、この短時間でもよくわかる。


 そんな彼女がシキのお願いを引き受けるということは、優真にとって必要なことなんだろう。


「そっか……わかったよ」


「ふん、わかればいいのよ」


「それで、僕は何をすればいいの?」


「アンタを鍛えるのよ。戦いに勝つ為にね」


「鍛えるって……どんな?」


 優真が問いかけると、セツナは「この状況を見てわかんない?」とため息を吐く。

 この状況というのは、ジャージに着替えたことや海辺に来たことに関係しているのだろうか。


「運動能力の向上、つまりトレーニングよ」


「トレーニング?」


「そうよ。アンタ、まさか契約者の戦いは悪魔の力だけで決まるとか思ってないでしょうね」


「違うの?」


「バカね、それだけで勝てるほど甘くないわよ。契約者は悪魔と契約すると身体能力が向上する。その肉体は最早凶器となんら変わりないわ」


 言われてみればそうだ、と納得する。

 最初に襲ってきた契約者の横峯の時も、拳銃で撃たれても痛くなかったが、殴られたり蹴られたりした時のほうがよっぽど痛かった。


 それはセツナに不意打ちの蹴りを貰った時もそうで、銃弾なんかより、契約者による暴力の方がずっと威力がある。


「契約者の中には、接近戦を得意とする奴もいる。魔装を持っている契約者なら尚更ね。そういう奴等と対等に戦うためにも、最低限戦う力を身につけないといけないのよ」


「そうなんだ……」


「不本意だけど、アタシがアンタをみっちりしごいてあげる。まぁその前に、アンタがどれだけ動けるか知っておきたいのよね。

 ねぇ、何かスポーツとか運動とかしてた?」


「ううん……全然」


 ふりふりと首を横に振る優真。

 彼は今までスポーツらしいスポーツを一度もやった事がなかった。


 あるとすれば学校での体育だが、それも邪魔にならないように影でひっそり黙っていた。

 運動音痴の自分が邪魔したら悪いし、クラスの生徒達も関わりたいとは思っていなかっただろうから遠慮していたのだ。


 セツナは優真の貧相な身体をじろりと観察しながら、


「でしょうね。見るからにモヤシだし。まぁいいわ、とりあえずやってみなさいよ」


「う、うん」


 それから優真は、セツナの言う通りに身体能力を図る。

 ダッシュ、反復横跳び、ジャンプ、上体起こし。

 主に中学生になってから始める体力測定と同じような種目だ。


「はぁ……はぁ……びっくりした、本当にスーパーマンになったみたいだ」


「まぁ、こんなもんかしらね」


 肩で息をしてへばっている優真を、情けない眼差しで見下ろすセツナ。


 一通りやって分かったことが二つある。

 悪魔と契約したことによって身体能力は上がっているが、体力は余り変わってないという事だ。


 おもいっきりジャンプをしたら、五メートルほど高く跳び。

 短距離走に関しても、風を切るかの如く、オリンピック選手も目が飛び出るほど速く走れた。


 それだけ見れば人の領域を遥かに超えているが、体力に関しては中学生レベルを大きく下回っている。

 上体起こしは十回もできなかったし、長距離走はすぐにバテてしまった。


 測定によると、肉体的なスペックは向上しているが、体力や持久力は人並み以下という事が判明した。

 それを踏まえ、セツナは頭の中でメニューを組み立てる。


「体力面を重点的に鍛える必要があるようね。これから毎日朝と放課後にランニングしなさい。それと筋肉トレーニングもね」


「ええ……そんなにしなくちゃいけないの!?」


 セツナに課せられたトレーニングメニューを聞いて落ち込む。

 運動をするのは苦手だし、苦手だから好きではない。

 それなのにいきなり激しいトレーニングをしろと言われても、やりたくないというのが本音だろう。


「やりたくないならそれでもいいわ。まぁ、それで死んでもアタシが知ったこっちゃないけどね」


「……やるよ、僕も死にたくないし、シキを魔王にしてあげたいし」


 運動するのは嫌だ。

 だけどやらなければ戦いに負け、殺されてしまう可能性がある。

 少しでも勝つ可能性が上がるなら、克服しなければならない。


 それにセツナがわざわざ付き合ってくれるのだ。

 言い方はあれだが、彼女の親切に応えたいという気持ちもある。


「あっそ、それなら次に行くわよ。さっさと立ちなさい」


「えっもう休憩終わり?」


「文句言ってないでさっさと立ちなさいよ。電撃浴びせるわよ」


「はい!」


 電撃を浴びせられるのは勘弁して欲しいと、優真はバッと立ち上がる。

 すると、セツナはいきなり殴りかかってきた。

 優真が驚いて身体が硬直する中、セツナの放った拳が鼻先に当たる寸前で止まる。


「はい、今のでアンタ死んだわよ」


「ええ……」


 いきなり殴りかかって卑怯じゃないかと文句を言うと、セツナは「アンタバカ?」と舌打ちして、


「戦いに卑怯もクソもないわよ。どんな手を使っても勝てばいいんだから。ほら、ムカつくならアンタも殴ってきなさいよ」


「うっ……」


 セツナに挑発されるが、優真はたじろいでしまう。

 誰かを殴る、誰かに暴力を振るう、誰かを傷つける。

 そういった事は今まで行った事はなかったし、自分からやろうなどと考えたこともなかった。


『自分がされて嫌なことは人にしてはいけない』


 小学生の頃、教師が生徒達によく言っていた言葉だ。

 その通りだと思う。

 優真はずっと、ある人から暴力を振るわれ続けてきた。

 痛かった。凄く痛かった。

 身体だけじゃない。心もだ。


 こんな痛いこと、自分の手で誰かにやりたくなんてない。

 やってはいけないんだ。


「アンタ、喧嘩した事とかないでしょ」


 ない。ある訳がない。

 無言を肯定と捉えたのか、セツナは険しい表情を浮かべる。


「アンタはアタシと戦ってる時も傷つけようとはしなかった。そんな甘っちょろい考えで、この戦いに勝ち残れると思ってんの?

 覚悟を持ちなさいよ、敵を傷つける覚悟を」


「人を傷つける、覚悟……」


 そんなもの、必要あるのだろうか。


「じゃなきゃ、死ぬのはアンタよ」


 そうだろう。

 戦うという事は、誰かを傷つけるという事だ。


「はっ、まぁいいわ。敵を攻撃するかどうかは、自分で判断しなさい。でも、やられない為にも力はつけとく必要があるでしょ?」


「……うん」


「だったらやってみなさいよ。ほら早く」


 優真は拳を握る。

 そして、覚悟を決めてセツナに向かって殴りかかった。

 が、セツナはその拳をパシッと受け止めると、空いてる方の手で優真の頬を殴り返す。


「うごっ」


「そんなやる気のない攻撃をしてんじゃないのよ。やるならもっと本気でやりなさい」


「はぁ……はぁ……このぉおおお!!」


 雄叫びを上げながら、優真は再びセツナに襲いかかる。

 だが、糸も容易く躱され返り討ちに遭ってしまった。


「うぅ……」


「まっ、こんなもんかしらね。格闘も教えるから、しっかりついてきなさいよ」


「はぁ……少しぐらい手加減してくれよ」


 優真がそう言うと、セツナは身体の前にかかっている髪を優雅に振り払って、


「あら、これでも手加減してるほうよ」



 ◇◆◇



「も、もう無理……」


「アンタってタフというか、意外と打たれ強いわね」


 あれから優真とセツナは、格闘のトレーニングを続けていた。

 といっても、ほとんどセツナのサンドバックとなっていたが。


 どうやらセツナは格闘術を習っているらしい。

 動きが素人のそれではなかった。


 日は沈み、もう辺りは真っ暗。

 長いことトレーニングをして疲れ果てた優真は、砂浜で仰向けになっていた。


「なに休んでんのよ、だらしないわね。まだトレーニングは終わってないわよ」


「ええ!? まだやるの!? 疲れて動けないし、もう帰ろうよ」


「甘ったれたこと言ってんじゃないわよ。ほら立ちなさい、これが最後だから」


 本当に最後かな、と優真は半信半疑になりながらも、ボロボロの身体に鞭を打って立ち上がる。


「何をするんだよ」


「悪魔の力のトレーニングよ」


「悪魔の力?」


「アンタはまだ悪魔の力を使い慣れてないでしょ。折角強い力があるんだから、もっと戦いの幅を増やすのよ」


 優真はシキと契約してから、まだ数日しか経っていない。

 なんとなく力の扱い方は分かるが、あくまでも“なんとなく”だ。

 どんな事ができるかは、本人にも未だによく分かっていない。


「でもさ、こんな所で使ったら他の人に見られちゃうよ」


「それはないわ。どうせアタシ達を見てる悪魔共が、人払いをしているだろうから」


 セツナの言っていることは事実だった。

 シキとメアリはこっそりついていき、トレーニングしている様子を確認している。

 二人に近づかないよう、悪魔の力を使って人払いをしていた。


「とりあえず力を使ってみなさいよ」


「う、うん」


 セツナに催促され、優真は悪魔の力を発動する。

 ゾゾゾッと彼の身体から闇が溢れ、うねうねと気持ち悪い動きをしながら拡大していく。

 その闇を間近に見て、セツナは恐怖に慄いた。


(何よこれ……アタシと戦った時より全然霊力が高いじゃない!? もしかして、夜だから力がブーストされてるの?)


 セツナと戦った時の闇の大きさは、人間の大人ぐらいだった。


 だが今は、二階建ての家ほどに巨大化している。

 シキの力の本質は闇。

 考えられるとしたら、周囲が暗闇に包まれている影響で力が上乗せされているかもしれない。


(流石は上級悪魔の力……ってところかしらね。ここまで強い力は初めてよ)


 メアリの雷の力も、他の悪魔の能力より強く秀でたものだ。

 だがシキの闇は、それを遥かに越えている。


(それだけじゃない……悔しいけど、やっぱりモヤシの霊力の高さは異常よ。それになんなのよ、“アレ”はッ)


 巨大な闇の中心にある、おぞましい目玉。

 まるで生き物のようだが、生き物と呼んでいいのかすら不明だ。


 “あれ”と対峙しているだけで背筋が凍ってしまう。

 あの目玉に見られると、心の闇を見透かされ、トラウマが引き起こされてしまう。


 不快で、醜く、恐ろしい。

 優真の膨大な霊力と相まって、セツナは強烈な吐き気に襲われた。


「うっ……」


「だ、大丈夫!?」


「大丈夫……よ。でも、悪いけど“それ”仕舞ってくれる。ちょっと、無理だわ」


「う、うん」


 セツナに頼まれ、優真は慌てて闇を自分の身体に戻す。

 心配で彼女の背中に手を当てようとしたが、パチンとはたかれてしまった。


「触らないでよ」


「え、でも……大丈夫なの?」


「アンタに心配されるほどアタシは弱くないわよ。もういいわ、今日はこれで終わりよ」


 そう言って、セツナは踵を返してしまう。

 そんな彼女の背中に、優真は声をかけた。


「ねぇ神代さん、本当にうちに住む気なの?」


「なによ、まだ文句あんの?」


「文句っていうか……心配なんだ。僕の近くにいると君が不幸になっちゃうんだよ。気分が悪くなったり、不気味なことが起きるんだ」


 セツナが優真の家に住むにあたっての懸念はそれだった。

 勿論、昨日今日会った同年代の女の子と住むのに抵抗があるし、家主である夏美の許可を取らずに勝手に住まわせることも心配の一つである。


 でも人が良い優真は、もし彼女が本当に帰る家もなく、頼れる人がいないなら、家に住まわせても最悪仕方ないと思っている。


 しかし、優真が恐れていることは別にあった。

 それは穢れの存在だ。

 優真の近くにいる人間は、穢れの影響を受けて精神が病んだり、怪我をしてしまうこともあった。


 優真といると、みんな不幸になってしまう。だから優真は誰とも関わろうとせず、ずっと一人で生きてきたのだ。

 穢れによって、セツナを不幸な目に遭わせてしまうのではないかと恐れている。


 そんな優真の心配を、セツナは一笑に付した。


「ああ、穢れってやつでしょ?」


「えっ、知ってるの?」


 驚いた。何故知っているんだ。


「シキから聞いたわ。そんなものがいるってのが信じられないけど、悪魔がいるんだから居てもおかしくはないわね。

 でも心配ご無用、アタシはもう不幸のどん底を味わってんのよ。そんなちゃちな不幸ぐらい、今さらどうってことないわ。目的を果たすためなら、アタシはなんだってする。

 それが、アンタみたいなガキと一緒に住まわなくちゃならなくてもね」


「……」


 セツナの瞳の奥にある闇。

 その瞳は、憎しみの業火で染められていた。


 優真はあの目を知っている。

 母親が、自分に向けていた時の目だ。

 彼女の気迫に口を開けないでいると、セツナは「ふん」と鼻を鳴らして、


「まっ、これからよろしくね」


 手を振りながら去っていくセツナの背中を眺めながら、優真は深いため息を吐いたのだった。



 ◇◆◇



「シキ様~ホントにあの子をパートナーに選んでよかったんですか~? 確かに霊力だけでいえば凄いですけど~、頼りないというか~とても戦っていけるとは思えないんですよね~」


「私はそうは思わないよ」


 優真とセツナの二人を遠くで見ながら、契約悪魔達は話をしていた。

 メアリとしては、何故シキが優真をパートナーに選んだのかさっぱり分からない。


 霊力に関しては、他を圧倒するものを持っている。

 だが、敢えて言うならそれしか良いところがない。

 気弱で戦いに向いていない性格に、運動神経も戦闘のセンスも何一つ感じられない。

 優勝候補であるシキが、何故あんな人間を選んだのか理解できなかった。


「私はね、ずっとユーマを見てきた。彼ならきっと、私を魔王に導いてくれるよ」


「ま~シキ様がそう言うんだったら、もう何も言いませんけど~」


 セツナに置いてかれ、一人ぽつんと佇んでいる優真を見つめながら、シキはこう言った。


「大丈夫さ。セツナという心強い仲間もできたし、彼はきっと強くなれるよ」



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