12 作戦会議
「セ、セツナ!?」
「はぁ~いユーマ、私もいるわよ~」
「メアリさんまで……二人ともどうしてここに……」
少女の正体は昨日転校してきたセツナ・神代・アニストン。
彼女の契約悪魔であるメアリもいた。
なんでこの二人が自分の家にいるんだ……それとこの大量の段ボールはなんなんだと混乱していると、セツナが面倒臭そうな態度で説明してくる。
「どうしてって……今日からここに住むからよ。だから早く荷物を中に入れなさい」
「ええ!? こ、ここに住むって……なにを言ってるのさ!? 全然わかんないよ、何がどうなってそうなったのさ!?」
「アタシだって嫌よ、アンタみたいなガキと一緒にいるなんてね。でも仕方ないじゃない、この戦いに勝ち残るのには、一人でいるより集まっていた方がいいのよ。それに、ホテル暮らしはもう飽きたのよね」
「え、ええ……」
彼女の言い分にドン引きしていると、本人は優真の横を通り過ぎて家の中に入ってしまう。
「ちょ、ちょっと!」
「狭い家ね、まぁ汚くないだけマシか」
勝手に入るや否や室内を見回して文句を垂れ流すセツナに、優真は段々と苛立ちを覚える。
「なんなんだよ、自分の家があるんじゃないのか」
「そんなもんないわよ」
「え……」
思わぬセツナの返事に、優真は二の句が継げなくなってしまう。
自分の家がない? じゃあ、どうやって生活しているんだ?
アメリカから日本に来たって言っていたけど、こっちに家がある訳ではないのか?
親は一緒じゃないのか?
何か事情があるのだろうか。
でも、デリケートなことを聞いてもいいのだろうか。
考え事をしている間に、メアリはいつの間にかリビングにいるシキに抱き付いているし、セツナは次々と部屋を物色してしまう。
「なにぼさっとしてんのよ、早く外の荷物を持ってきて。あと、アタシはこの部屋を使わせてもらうから」
今まで使っていない、ほぼ物置と化していた部屋を指しながら勝手なことを告げてくる。
話がどんどん進んでいくのを危ぶむ優真は、彼女にビシっと言った。
「あのさ、本当に無理だって! この家は僕の家じゃないんだ。夏美さん……親戚の叔母さんの家なんだよ。迷惑かけちゃうじゃないか」
「そんなことアタシは知らないわよ。アンタがなんとかしなさい」
「なんとかって……」
そんなこと言われても困る。
途方に暮れていると、横からシキが会話に入ってきた。
「まぁまぁ、彼女は住む家がないみたいだし、いいじゃないか。このままじゃセツナは路頭に迷うことになるけど、ユーマはそれでもいいのかい?」
「それは……」
よくはないだろう。
中学生の女の子が帰る家もなく、外をうろついていたら良からぬ大人に声をかけられてしまう。
それだけではなく、他の契約者に無防備なところを襲われる恐れもあった。
う~んと唸る優しい優真の心理を利用したシキは、胸中で(ごめんよユーマ)と謝る。
「まっ、アンタに拒否権はないんだけどね。断られたところで、勝手に住むだけだし」
「ええ……」
どうやら本気でこの家に住むらしい。
叔母である夏美になんて言ったらいいんだと、優真は深いため息を吐いたのだった。
◇◆◇
「も~、なんで僕がこんな事しなくちゃいけないんだ」
文句を言いながら、段ボールの中身を整理する優真。
中身はベッドやタンスなどの家具に生活用品類や、大量の私服。どれも新品で、古いものは一つもなかった。
本人は通販で買ったと言っていたが、これだけの量を買うお金を中学生の女の子が持っているのだろうか。
というより、何で優真がセツナの荷物を整理しているのだろ。
普通自分でやるものだろうし、他人にやらせても彼女は気にしないのか?
というかなんで手伝ってくれないんだ。
身体が強化されているから重い荷物も運べているが、少しくらい手伝っていいだろう。
「ん……なんだろこれ」
ぶつくさと文句を言いながら荷物を整理していると、桃色の布のようなものが出てくる。
それを広げると、優真は顔を真っ赤に染めた。
「こ……これって、パ、パンツ?」
優真が手にしている布は、可愛らしい下着だった。
段ボールの中を覗いてみると、数種類のパンツやブラジャーが入っているではないか。
純真無垢な中学男子の優真は、同年代の下着に触れたことが初めてで、つい狼狽えてしまう。
「も~、下着くらい自分で片付けてよ~!」
優真が女の子の下着に悶々している中、セツナ、メアリ、シキの三人はリビングで話をしていた。
「うるさいわねぇ、静かにできないのかしら、あのガキんちょは」
「はっは……(それを君が言うかい)」
表で笑いながら、心の中で突っ込む羊の悪魔。
思っていた以上に、セツナは高慢ちきな性格だった。
勝手に人の家に住むと言いながら、荷物の整理を一切手伝わず全て優真にやらせる鬼の諸行。
悪魔の子供でも、これほど横暴で自分勝手な子は中々いないだろう。
「そんなことよりシキ、さっさとアンタのプランを教えなさいよ」
「プランって、なんの事だい?」
「はぁ? 何しらばっくれてんのよ。『魔王の儀』を勝ち抜き、魔王になるためのプランはアンタなりに考えてあるんでしょ? まさか無策で挑もうって訳じゃないでしょーね」
「いや~それが何も考えてないんだよねぇ」
「はぁ!?」
「も~シキ様ったらお茶目なんだから~そういうとこも素敵です!」
あっはっはと頭を撫でながら笑うシキと、頭がお花畑なメアリに唖然してしまう。
まさかノープランだとは思いもしなかった。
聞いていた話と違うじゃないかと、セツナは契約悪魔を睨み倒す。
魔界でも七人しかいない、偉大なる上級悪魔。
魔王に最も近い優勝候補の一人。
メアリの話では、シキは聡明で人望も厚く、とても素晴らしい大悪魔だと褒め倒していた。
あの方こそ魔界の王になるのに相応しいお方だと。
それなのに実際は、何も考えていない阿呆ではないか。
契約者である優真には、自分が上級悪魔であることも、特権や仲間のことなど重要なことを何も話していない。
そんな能天気で本当に勝つ気があるのだろうか。
セツナは片手で顔を覆うと、天を仰ぐ。
「最悪……こんな奴の下につかないといけないなんて」
「まぁまぁ、気を悪くしないでくれよ。戦いはまだ始まったばかりだし、最初から張り切っても気がもたないよ。いつ終わるのかさえ分からないんだからさ」
「ふん……まぁいいわ。アタシはメアリと約束したから仕方なくアンタに協力するだけだしね。自分の目的を果たせればそれでいいわ」
「うん、それぐらいの関係で良いと思うよ。元々この戦いは全員がライバルだし、無理に仲良しこよしする必要はないからね」
シキは顎を摩りながら「ただね……」と続けて、セツナにお願いする。
「ユーマとは仲良くしてくれると嬉しいな」
「はん、何でアタシがあんなナヨっちいモヤシと仲良くしなくちゃならないのよ。そもそも、何でアンタはあのモヤシをパートナーに選んだの?
気が弱くナヨっとして、戦いに向いてない性格。あんな奴が勝ち残れるとは到底思えないわ」
「でも、そんなユーマに君は負けたじゃないか」
「――っ……勘違いしないで、アタシはまだ全力を出していないわ。っていうか初手から本気を出していたらあんな奴、瞬殺よ瞬殺」
彼女の言葉は真実だ。
もしセツナが優真の仲間ではなく敵で、最初から全力で殺しにかかっていたら優真は確実に敗北し、殺されていただろう。
優真とセツナでは、戦闘において経験も知識も覚悟も段違いの差がある。
「う~ん、それを言われちゃうと困るんだよねぇ。そうだ、それなら君がユーマを鍛えてあげてくれないかい」
「嫌よ。何でアタシがそんな面倒な事をしなくちゃいけないのよ」
「ユーマが強くなれば、自ずとセツナの目的にも近づくと思うんだけどなぁ」
「なにを根拠にそんな事――っ」
言い返そうとした時、シキにじっと見られて息を呑む。
がらんどうな眼窩の奥に潜む、知性のある血色の眼差し。
その瞳には、セツナの想像よりも深い知性が宿っていた。
「ちっ、分かったわよ。やればいいんでしょやれば!」
「うん、ありがとう。ユーマをお願いするよ」
「頑張れ~」
頭を下げてくる悪魔に、他人事のように応援してくる契約悪魔。
セツナは盛大なため息を吐くと、シキに向かってこう告げるのだった。
「ただし、アタシのやり方でやらせて貰うわ。それであのモヤシがついてこれなくても、責任は取らないからね」




