01 優真とシキ
――その日、魔王が死んだ。
「魔王様が死んだ!?」
「死~んだ死んだ、魔王様が死んじゃった~」
「どうして死んだんだ!? 誰かに殺されたのか!?」
「魔王様が死んだって……次の魔王はどうなるんだ?」
「あの方達の誰かになるんじゃないか?」
震撼する魔界。
魔界に住む悪魔達は慌てふためき、誰が次の魔王になるのかで話題はもちきりだった。
「違う違う、魔王を決めるのは特殊な儀式があるんだよ」
「特殊な儀式……? なんだ~それは、初めて聞いたぞ」
「若い連中が知らないのも無理はねぇよ。なんていったって、今の魔王様が魔王になったのはもう何百年も前の話だからな」
「ひょえ~~!? 魔王様ってそんな前から魔王だったんだ~~!?」
「それでそれで、その儀式ってなんなんだよ。もったいぶってないでさっさと教えてくれよ!」
「そう慌てるな。儀式の名前は『魔王の儀』って言ってな、悪魔が人間界の人間共と契約するんだ。人間共が争い、最後まで勝ち残った人間の契約悪魔が、次の魔王になるってこった」
「『魔王の儀』……? そんなん初めて聞いたぜ」
「でも、なんでわざわざ人間を巻き込むんだ? 悪魔同士で戦えばいいじゃねぇか」
「そうだよな~、なんでオイラ達が人間なんかと協力しなくちゃならないんだよ~」
「バカだな~おめぇらは~。悪魔同士で戦ったとして、あの方達に勝てると思ってんのか~?」
「うっ……無理、絶対勝てない!! 秒で殺されちゃうよ!!」
「歯向かおうとも思わないなぁ……」
「だろ~? それにこの『魔王の儀』ってのは、昔っからのしきたりなんだ。変えちゃならねぇもんなんだよ。そんで人間と契約するっていうのは、悪魔本来の生き方でもあるんだぜ」
「そーいえばそうだな!!」
「忘れてたぜ!!」
「ったく、今時の若い悪魔ってのはこれだからなぁ……。ていうかよ、お前等にだってチャンスはあるんだぜ」
「えっ!? もしかしてワタシ達も参加できるの!?」
「勿論だとも。『魔王の儀』は、どの悪魔だって参加できるんだ。どの悪魔にも、魔王になる資格はあるんだぜ」
「ウッソーーーマジィィィ!? 超ウケるんですけどーーー!!」
「こんな俺でも魔王になれるのか!? すっげーーー!!」
「で、でもさぁ……ワタシ達なんかじゃ絶対無理だよ。どうせ強い悪魔が勝つんじゃん」
「だからこそ人間の力が必要になるんだろ~? 実際に戦うのは悪魔じゃなくて人間なんだ。契約した人間次第じゃ、魔王になれる可能性だってあるじゃねーか」
「なるほど!!」
「そっか~~ワタシ達が戦う訳じゃないんだ~」
「もし魔王を目指すなら、お前等も早く人間界に行った方がいいぜ。じゃないと、めぼしい人間をライバル達に取られちまうからな」
「ええええええ!? それを早く言ってよぉぉ!!」
「こうしちゃいられねぇ!! 俺も人間界に行って人間と契約してやるぞ!!」
「ワタシもワタシも~~!!」
『魔王の儀』。
それは、新たな魔王を決める為の儀式である。
どの悪魔にも参加する資格があり、悪魔達はこぞって人間界に降りていった。
「ついに魔王様が死んでしまったか。これから大変だね、悪魔も……人間も」
そしてこの悪魔もまた、人間界を静かに見つめていた。
「でも、これで君に会いに行けるね」
◇◆◇
『ぅ……ぁぁ』
(……またいるよ)
榊 優真は化物が見える。
便宜上化物と呼んでいるが、“それ”がなんなのかは彼にもよくわかっていない。最初は幽霊かと思ったが、“あれ”が幽霊だと思いたくなかった。
世間一般でいう幽霊は、人魂だったり、足が無かったり、生前に怪我をした人間が薄っすらと見えるイメージである。だが優真が見える化物は、決して人間ではない。
形は大小様々だ。蟻のように小さい物もいれば、人と同じくらい大きい物もいる。ウネウネとした物や、まん丸な物もいる。
なんといえば分かり易いだろうか。
優真が知っている中で例えるなら、“肉塊”と表現するのが妥当かもしれない。
唯一の共通を挙げるとするならば、身体全体が黒一色に染まっていることだろう。
しかしただの黒ではない。禍々しいというか、おどろおどろしいというか、身が竦むような気色悪い黒だった。
精神的に受け付けない肉塊のような見た目と、おぞましい黒色の化物は、見るに堪えない外見だった。
たま~にだが、そうでない化物が見える時もある。
化物と言っていいのか分からないが、それは“光”だった。
形も色もない。ただぼんやりとした淡い光が、宙を漂っているのだ。化物のような忌避感はないけれど、得体の知れない物であることに違いはない。
優真は、物心付いた時から化物が見えるようになった。見えるようになってしまった。
化物が見えるようになった事で、榊 優真の人生は大きく歪んでしまう。
両親からは気味悪がられ、周囲からは煙たがられた。それだけならまだマシだったかもしれない。
化物は、優真に干渉してきたのだ。
直接どうこうしてきた訳ではないが、彼の周囲で不可解なことが起き始めたのだ。
物が一人でに動き出したり、奇妙な声が聞こえてきたり。
その中でも一番最悪だったのは、彼の周囲の人間が不調を訴えたことだろう。
これといった病気とかではなく、身体が怠いとか、気持ちが落ち込むといった小さな不調。
だがその不調も続けば、皆が恐がり、噂が広がってしまう。
――榊 優真は呪われている。
そんな馬鹿げた噂が周囲に広まってしまったのだ。
黒い化物の存在。呪いの噂。その二つによって、優真は苦しめられてしまう。
まずは両親の離婚。
気が狂いそうになった優真の父親は、優真と一緒にいることに耐えられず、彼と母親を置いて逃げていった。
そして母親も――、
『あんたなんか生まれてこなければよかったのに!!』
最後にそう言い残して、マンションから飛び降り自ら命を絶ってしまったのだ。
幼い頃から一人ぼっちになってしまった優真。
呪いの噂を聞いていた親戚は、冗談じゃないと誰も優真を引き取る事はしなかった。
孤児院に任せるという話が挙がった中、一人の女性がやってきて、こう言ったのだ。
『優真はあたしが面倒を見るから』
その女性は優真の親戚で、母親の妹だった。
名前は不和 夏美。
名前の通り、熱く美しい女性だ。
以来、優真は夏美の家で暮らすことになる。
とは言っても、彼女は世界中を渡り歩く写真家なので、余り家に居ることはなく、ほぼ優真の一人暮らしといっていい状況だった。
優真としては、断然その方がいいと思っている。自分の近くにいると、夏美まで不幸な目に遭ってしまうからだ。
そんな優真も成長し、この春で中学二年生になった。
部活に勉強に遊び。恋もそうだ。クラスでは誰君と誰ちゃんが付き合ったなど、蕾のような恋バナで盛り上がっている。
周りが思春期に入っている中、優真は勿論一人ぼっちだ。友達なんて一人もいない。
いや、作ってはいけないのだ。何故なら友達が不幸になってしまうから。
榊 優真は、この世界で一人ぼっちだった。
『ぅぅ……ぁ』
(目を遭わせない。いつも通り素通りだ)
優真は学校に登校していた。
すると、電柱にべったりと張り付いている化物を見掛ける。
彼は決して目を合わせないよう、何もいないかの如く振る舞いながら横を通り過ぎた。
化物と目を合わせてはいけない。
目を合わせてしまうと、ろくな事にならないからだ。
その為の対策として、前髪も目を覆い隠すほど長くしている。
化物への対策はそれだけではなく、ワイヤレスイヤホンで耳を塞ぐようにしていた。
化物は声を発している。それが言葉なのか、何か意味があるのかは分からないが、酷く耳障りな声であった。
聞こえると不快になり、気分が萎えてしまう。
だからイヤホンで音楽を聴き、化物の声を聞かないようにしていた。
(はぁ……朝から最悪な気分だ)
それでも、あんな醜い化物は視界に入っただけで気が滅入ってしまう。
だが、これでもまだマシな方だ。もしそこら中に化物が蔓延っていたならば、それこそ優真は家から一歩も外に出ることはなかっただろう。
基本的に化物は時々といったぐらいにしか出現しない。
それが唯一の救いだった。
潮の風を感じながら歩いていると、学校が見えてくる。
市立湘風中学校。優真が通っている中学校だ。
ごく一般の中学校で、特徴があるといえば校舎から見えるほど海に近い。
「おはようございます」
「「おはようございます!!」」
元気の良い挨拶が聞こえてくる。
校門の前で数人の生徒が並んでおり、登校してくる生徒達に挨拶を行っていた。
(挨拶週間……だっけ)
挨拶をしているのは恐らく生徒会だろう。
確か担任の教師が、生徒会と朝の挨拶習慣に参加して欲しいと募っていた気がする。
まぁ、優真のクラスで立候補する生徒は一人もいなかったが。
「おはようございます!」
「……」
元気に挨拶してくる生徒を無視し、優真はそのまま素通りする。
玄関に向かい、上履きに履き替える。階段を登り、自分のクラスである2―5の教室に入った。
「おは……」
「ねぇ、昨日のドラマ見た?」
優真が教室に入った一瞬、既にいた生徒が挨拶しようとするが、優真だと分かるや否や、自分達の話に戻っていく。
それは当然の結果だろう。
暗い外見。喋るどころか、誰とも関わろうとしない根暗な性格。そんな暗い奴と誰が仲良くなろうとするだろうか。
そんなに一人の世界が好きなら、勝手に一人でいればいい。
優真に対するクラスメイトの反応は、大方そのようなものだった。
彼としては、そうしてくれると非常に有り難い。
有り難いことではあるけれど、寂しくないといえば嘘になる。
本当なら、自分も皆と一緒に仲良くしたい。
しかし、そんな願いは叶わぬ夢だった。
「はい、今日はここまで。ちゃんと宿題やっておけよ~」
最後の授業が終わる。
一日中窓から海を眺めていたら、あっという間だった。
ホームルームが終わり、生徒達が続々と教室から出ていく中、優真も鞄に宿題を突っ込み席を立とうとする。
――そんな時だった。
「ねぇ榊君、今日も帰らないでどこに行くの?」
「えっ、ぁ……」
不意に、一人の生徒が声をかけてくる。
驚いた優真は、声をかけてきた生徒を恐る恐る見やった。
「あ、朝比奈さん……」
生徒の名前は朝比奈 小春。
可愛らしい女の子だ。
明るくて、誰にでも優しくて、勉強ができて、クラスの人気者。
彼女に対する印象は、優真だけではなく他の生徒も同じようなものだろう。
どの学校、どのクラスにもそういったキャラの生徒は一人や二人はいる。
ただ、2-5の場合は彼女だったというだけの話だ。
未だにクラスメイトの顔と名前を全然覚えていない優真でも、朝比奈 小春のことはしっかりと覚えていた。
クラスの人気者というだけでなく、優真としては“それ意外の理由”で激しい印象を抱いているからなんだが。
そんなことより、だ。
彼女は今、なんて言った?
今日も帰らないでどこに行くの? って聞かなかったか?
何故朝比奈がそのことを知っているんだ?
「ど、どうしてそれを……」
「ふふ……だっておかしいんだもん。榊君は私より先に帰ってる時もあるのに、下駄箱に靴が残ってるんだよね。それって、まだ校内にいるって事でしょ?」
(――あっ)
「でも教室にはいないし、榊君はどこで何をしてるのかな~って思ってさ」
「……」
彼女の疑問に、優真は口を開くことができなかった。
言えない事情があるというのもそうだが、自分から言いたくないという心情もある。
「あっ、別に無理して言わなくていいからね! ちょっとだけ気になっただけだから!」
流石優等生。彼の気持ちを瞬時に察した朝比奈は、すぐに言葉を付け足す。
それに対し、優真は小さい声で「ごめん……」と口に出すしかなかった。
「小春~~何してんの~早く行こうよ~」
「うん、今行く~。じゃあ榊君、また明日ね」
廊下にいる友達に呼ばれた朝比奈は、最後に手を振って友達の下へ向かう。
「根暗に声をかけたって無駄だよ小春。あいつは一人が好きなんだから、放っておきゃいいのに」
「そうそ。前髪もあーんなに長くしちゃってさ、誰とも話そうとしないし。中二病ってやつ? 自分に酔ってんだよ」
「そうかなぁ。私はそういう風には思えないけどなぁ」
「も~、本当に小春はお人好しなんだから。それで惚れられたらどうすんのさ~」
どうでもいいが、そういった話は本人が聞こえない所まで行ってから話してくれないだろうか。
周りからそう思われているんだろうな~とは薄々思ってはいたし、大して気にしていないが、聞こえてしまうと心にチクっとはくるから。
優真は一つため息を吐き、席を立ち上がる。
教室から出て、階段を登った。
登って登って、屋上へ繋がるドアの前まで辿り着く。
鞄から鍵を取り出すと、ドアの鍵穴にはめ込み、ガチャリと開錠した。
ドアを開け、外に出ると、一気に潮風が押し寄せてくる。
「はぁ……やっぱりここは落ち着くな」
一言ぼやいて、優真はコンクリートの上にゆっくり座る。
そして、屋上から見える綺麗な海を眺めていた。
本来ならば、生徒が屋上に行くことは禁止されている。
しかし優真は一年生の時に、ある教師と話をして、内緒で屋上を使わせてもらう事を許可されていた。
放課後に屋上に来て、ぼーっと海を眺めるのが優真の日課だった。
彼には友達がいない。
この体質上、誰かと関わるような事もできない。
だからといって、広い家の中に一人で居ても退屈で寂しかった。
勉強でもゲームでもアニメでも漫画でも、もっといえば一人でやれることは世の中に幾らでもある。
今では顔を合わせなくても、SNSなどで誰かと交流することだってできる。
だが優真としては、そういった事をする気力がなかった。
誰もいない屋上で、潮風を感じながら海を眺めることが、唯一心をやすらげる事だったのだ。
「……ここから飛び降りられたら、楽になれるのかな」
物騒な言葉がぽろりと零れる。
やすらげる場所であっても、トラウマが根深い優真は、必ず一回は必ずそんな事を考えてしまっていた。
死ねばいいと、どれだけ思っただろう。
化物が見える。周りの人間を不幸にしてしまう。友達も居ないし、楽しいことなんて一つもない。
この先、生きている意味なんてあるのだろうか。
そんな考えを、今まで何万回としてきた。
だけど、優真は死ぬことができなかった。
何故かというと、単純に恐かったから。死ぬのが恐かったから。
自殺しようと考えたことは何度かあるが、その度に恐怖で身体が震え、実行できずにいた。
実行しようとする度に、母親が飛び降りた光景がフラッシュバックするのだ。
だから仕方なく、つまらない生に汚くしがみついている。
「君は死にたいのかい?」
「だってしょうがないじゃないか。僕は生まれてきちゃいけなかったんだ」
「そんな事はないさ。この世に生まれてきてはいけない人間なんて、一人もいないと思うけどね」
「それは僕みたいな人が今までいな――っ!?」
口の動きが止まる。
全く気付かなかった。
自然に話しかけられ、自然に応えてしまった。
けど、そんな筈はないのだ。
だってここには、自分しかいない筈なのだから。
唯一いるとすれば、鍵を渡してくれた教師しかいない。
でも、会話をしている声は教師のものではなかった。
なら一体、自分は今誰と話をしている?
優真は心臓が鷲掴みされたような感覚に陥る。
ぶわっと、背中に悪寒が走った。
その誰かは背後にいる。そういった気配がある。
振り向きたくない。振り向いたら最後、世界が一変してしまうような、そんな何かを感じ取っていた。
でも、と。
優真は、恐る恐る背後を振り返った。
「やぁ、元気かい? 私はシキ、よろしくね」
羊の悪魔が、骨の手を気軽に振っていた。
お読みいただきありがとうございます!!
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